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カブトムシと里山

NHKではカブトムシと里山について素晴らしい番組を放送した。番組の前にはクワガタについて幼虫を乱獲する不埒な連中がクヌギの木を破壊する前段があった。そして、輸入されたクワガタ、カブトムシが日本の里山の生態系を破壊する危惧について警鐘を鳴らしていた。

(カブトムシと里山)

そういえば、子供の頃に夏になると北河内郡大字招堤村では里山にカブトムシとかクワガタを採集に出掛けた。しかし、採集できずに、せいぜいアブラ蝉におしっこをかけられて帰るのがおちであった。

むしろ、夜、自宅の家の中にカブトムシとかクワガタは迷い込んで来た。まるで戦闘騎士か鎧を着たサムライのような気品のあるカブトムシには憧れがあった。砂糖水を与え、近所の子供が持つカブトムシと戦わせるのが楽しかった。

不器用な飛び方をするカブトムシには何とも言えぬ、世渡りが下手な無骨な野郎というなんか親しみもあった。番組を観て初めて理解したが、カミキリの存在が重要なんですね。

そういえば、カミキリは無数に家の周りに飛んできていた。こいつは、紙キリだと理解して新聞紙とか紙切れを持ち出し、ホレ、切れ!アカン奴やな、ホタラ、髪を切れ!なんて、残酷な遊びをしたものです。

しかし、このカミキリがクヌギの木に穴を穿ち、そこから甘い樹液を沢山ださせる効果が有り、カブトムシ、クワガタが生存できていたとは、知りませんでしたね。

番組の撮影場所は琵琶湖近くの里山でした。そういえば、私の子供達が幼い頃に野洲の里山でカブトムシを捕獲する作戦を展開した事も有りました。家内の実家の別荘が野洲の里山近くでしたので、夕方にクヌギの木に砂糖水を塗りつけ、翌朝早くに捕獲にでかける。

オトウチャン!ぜんぜんムシの姿が見つからんよ!と、子供達の声。その後、判明したが、クヌギの木ではなかったようだ。どんな木でもいい訳ではないのだ。

(カブトムシの昼の居所)

これは、前回、タガメの番組で冬はタガメは何処で生息してるか?解明のためにタガメに小さな発信機を装着し、隠れ場所を探す番組があった。私も一応、米国・日本双方のライセンスを持つアマチュア無線家ですから興味を持った。

タガメは里山の落ち葉の下で冬眠してましたね。里山がタガメの冬の棲家でした。意外に田圃だけでは駄目なのだ。

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古代国家成立と渡来人

先日の横浜歴史博物館での特別展にて、戸籍に関する古代の木簡及び正倉院文書の複製を眺めていて、如何に国家にとり戸籍は大事か?という、思いがしたのと、誰が記録したのか?文字を知り、数学も判り、記録できる人材である。

現地でしか、作成出来ないでしょうから日本列島の隅々まで書記官が存在した事になります。しかし、縄文時代には文字が存在しなかった訳ですよね?弥生の時代に入り、農耕が本格的に始まり余剰生産物が出来る。そこで、クニと呼べる集団が生まれ、専業化が始まる。

ヤマトの王権の成立過程において戸籍作りは根幹の大事な仕事ではなかったでしょうか?税金が入らないとクニは成立・存続出来ませんよね?そういえば、秀吉も大規模な太閤検地をやりましたね?

(渡来人の活躍)

私は鉄の生産による農具の進化と灌漑土木技術の進化により弥生後期には、余剰生産物が出来る迄日本列島では稲作・畑作が進化したんではないか?と思います。クニが出来る環境が出来つつあったでしょうね。

中学か高校時代に教えられた漢字の到来は552年とか562年と教えられた。私の生まれ故郷の実家から歩いて1時間位の場所に王仁(わに)博士の碑が有ります。562年といえば加羅の国が百済・新羅に滅ぼされた年でありますね。

663年には百済が滅び、668年には高句麗が滅びます。多くの移民をヤマトは受け入れたと記録にあるそうですね。数千人の単位で東国を中心に移住させたとある。

特に専門職の人々は部(べ)に組織され、鍛冶部、陶作部、錦織部、鞍作部、史部(ふひとべ)等々の専門職集団として活躍した。とりわけ、地方から人気があった人材は文字が書ける人材でした。

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諸岡五十戸 木簡と横浜

_128 自宅から地下鉄で直ぐ近くに横浜市歴史博物館があります。博物館感謝デー(11周年記念)で特別企画展があり、無料という魅力もあり見学した。

横浜市歴史博物館

(諸岡五十戸 木簡)

今回の企画展は大変面白く、学芸員の人々が知恵を絞り企画された労作でした。二時間近く説明をして頂き熱意が伝わり感動しました。

実は、諸岡という場所は私の自宅の隣の町で、現在は横浜市師岡町という古代の呼び名の場所なのですね。そこには熊野神社という有名な古い神社もあり、興味が昔からありました。さて、諸岡五十戸と書かれた木簡です。

奈良県明日香村にある石神(いしがみ)遺跡から発掘された木簡なのですね。飛鳥時代には既にこの場所がヤマト朝廷には管轄されていたんです。その後、時代は経過し奈良時代には、武蔵国久良(くらき)郡諸岡郷として記録されています。

そこで、少し奈良時代の大宝律令時代の国郡制と戸籍について説明します。

(国郡制と戸籍)

701年に制定された大宝律令によれば、地方の行政区分として国、郡、里が定められ、この最小単位の里は50戸で形成されたのです。里の代表者として里長(さとおさ)が制定された。

その後、715年には改正され、国、郡、郷、里となり、739年には国、郡、郷と再度改正されたのです。現在の横浜市域は、武蔵国の都筑郡(つずき)、久良郡(くらき)、橘樹郡(たちばな)の3郡と、相模国の高座(たかくら)郡、鎌倉郡で構成されていました。

10世紀に製作された百科事典の”和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)には各地の国、郡、郷の名前が記録されています。私の今住んでる場所は多分、久良郡、諸岡郷だったでしょうね。

(評について)

大宝律令が成立する以前の行政単位として7世紀後半には郡では無く、評(こうり)という郡相当の呼び名があり、郷(里)のかわりに50戸という呼び名が存在したそうです。

飛鳥京跡から出土した”白髪マ五十戸”の木簡は649年~664年の頃と推定されています。既に、その頃にはヤマト朝廷は地方の人々を管理する権力が成立していたんでしょうね。

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4機目のバレリーナ 製作開始

しかし、私もこだわりの人間なんでしょうかね?今回、4機目の”バレリーナ”の製作に取り掛かりましたよ。

一号機 バレリーナ

一号機バレリーナ最後の瞬間(2004年5月 千葉)

二号機 完成する

二号機 バレリーナ 阿蘇にて悲惨な最期

三号機製作中

三号機 夏合宿 元気

(1号機の思い出)

2003年の秋合宿では元気でしたね。岩ちゃんの真っ白な”バレリーナ”の機体を見て私も製作したくなり作りました。しかし、2004年5月30日に千葉飛行会にて墜落大破で破棄処分となりました。操縦ミスでしょうね?残念でした。

(2号機の思い出)

2004年10月24日に第二号 バレリーナの完成です。2004年の秋合宿では良く飛びました。リボン切りのバトル戦ではこの飛行機で優勝したんです!

ところが、2004年末、九州は阿蘇において墜落し、大破破棄となりました。九州に飛行機は黒猫ヤマトさんの、引越し荷物で送り、帰りはゴミの宅配便となりました。

(3号機の思い出)

2005年3月末に完成し、2005年の一年間素晴らしい飛行を見せてくれました。私はこの飛行機は手足のように動かせる迄ものにしたと思います。

しかし、年末に千葉にてわこちゃんと私の二人で墜落させてしまいました。残念な結果でしたね。本当に良く出来た機体でした。

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日本人と背丈の話題

日本列島は氷河期から歴史を紐解けば、北方から朝鮮半島からと、人々は渡って来たんでしょうね。そして、長江下流域からも又、南方方面からも船で渡来してきたと考えて無理は無いと思います。

そこで、日本人のルーツを考えると今迄、頭の形で南方系とか朝鮮半島系とか北方系とか詳細な学問的研究がされて来ました。しかし、背丈についてはあまり書物を読んだ経験が有りませんね。

(戦後急に背丈が伸びた)

どうも、戦後食料事情の変化からか随分と背丈が伸びたようですね。ルーツの民族と関係なく食料事情で背丈は変化すると考えたからでしょうか?あまり、学者さんは邪馬台国議論で背丈の問題は取り扱わないようです。

(学者さんの意見)

岩波新書”骨から見た日本人のルーツ”で形質人類学者の鈴木尚先生は語る。縄文人はかなり背が低くかったそうだ。157センチ程度で、古墳時代になると160センチを超えるようになるそうだ。

この状態が続いて8世紀になる。この時期から何故か、段々と背丈が低くなり江戸時代の日本人は縄文人と同じ背丈になるそうだ。

江戸時代は縄文時代よりは食料事情はいい筈なのに、不思議な現象となるのだ。ある学者は肉食タブーの慣習によりそうなったと言う人もいるようです。

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隅田川 築地風情(2006年1月)

CIMG0170 雪が残る隅田川堤防。遥か築地、汐留、東京タワーをながむる。

しかし、東京という街は水の都という風情ですね。ここは”勝ちどき橋”たもと、眼前は築地市場であり、船着場があります。昔は、江戸湾で捕れた魚介類をここで荷揚げをしたんですね。

最近は全国の港からトラックで築地に運んでくるんでしょうね。家康が大阪は佃から連れて来た漁師をこのあたりに住まわせ、江戸の台所を担務させたわけだ。

CIMG0172 勝どき橋、有名なハネ橋ですね。今でもハネルんでしょうかね?橋の真中あたりが、二つに割れてハネ上がるんですよね?

同行していた、赤とんぼの”岩ちゃん”が子供の頃にこの橋を渡り、魚釣りに走った思い出を語ってくれました。当時は下町の風情が残っていたんでしょうね。

(外人も喜ぶ隅田川 夜景)

昔、仕事で日本に来た外人を連れてよく浅草を見学させ、夕方に浅草から隅田川を下る、船旅の案内をした。皆さんとても喜んで、夜景を楽しんでいましたね。

私はまだ、屋形船には乗った経験がないんですが、一度は宴会をしてみたいものだと思う。なかなか機会に恵まれなかった。

地図参考

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飛行機の修理状況(2006年1月)

_125

(スーパーチップマンク)

スーパーチップマンクの修理が完了した。エンジン搭載部分のラジアルマウントをOS社の純正部品に変更し、搭載した。

一度は間違って、エンジンを下向けに取り付けたが、横向きに変更をした。カウルからエンジンOS FL70 4サイクルエンジンが見えますね。前回の千葉フライトでは綺麗に離陸を始めたのに、エンストで残念ながら墜落しましたが、エンジンの調整をキチンとすれば大丈夫と考えています。

(岩ちゃんと秋葉散策)

先日、赤とんぼの岩ちゃんと、秋葉の散策をしました。エンルートをご存知無いという事で、電動機関連の製品が豊富なエンルートさんを案内した。小さな電動スケール機が沢山展示されていましたね。

他に、数軒のエンジン機中心のお店をひやかしました。最近はインターネットでラジコン飛行機を購入する人々が増えて、お店の経営はどうなんでしょうね。大変だろうな~と思います。

岩ちゃんも中学生、高校生の時にはよく、この秋葉に来たそうで、真空管とか抵抗とか楽しい買い物を楽しんだそうだ。私は、30代の初めにアマチュア無線に懲り、よく無線機関連の機械とか部品を買いに来ましたね。

今は、再開発が進み巨大なオフィスビルや、家電量販店の建物が目立ちますね。しかし、同じような物を売っているようにしか思えないです。昔は、ボロな建物だけど、何か思わぬ発見というか、楽しい買い物を楽しめましたね。

夢が一杯詰まったような街でした。それが、今は近代的な建物であまり面白い、個性のあるお店が減ったような気がしますね。時代の流れなんでしょうかね?

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番組 ”氷壁”青春時代

NHKでは昨年末より新番組”氷壁”の宣伝をしていたので、とても懐かしく青春時代の蘇りだなあと思い楽しみにしていた。今まで、二回の番組をみて随分と小説とは場面設定も異なるし、名前も異なる。昭和三十年代始めから現代に場面設定を変更したんですね。

(井上靖 氷壁) (NHKドラマ)

・魚津恭太ーーー奥寺恭平

・小坂乙彦ーーー北沢彰

・小坂かおるーー北沢ゆかり

・前穂高岳ーーーK2

・ナイロンザイルーカラビナ

参考 大町山岳博物館 氷壁関連あります

(小説”氷壁”の思い出)

学生時代にワンゲルに夢中でしたので、井上靖さんの”氷壁”は必読書?でした。この小説は実際に発生した山岳事故をベースにして、書かれており、一種の社会派的な面も有りましたね。

昭和30年に発生した日本アルプス前穂高岳東壁における、ナイロンザイル切断事故は多くの社会問題となりました。メーカの製造責任問題ですね。メーカと学者は切れないというし、現実には直角の氷壁に擦れると、切断したのですね。

長い裁判事件となり登山家の名誉は守られた歴史があるんですね。主人公の魚津(奥寺)という人物はワンゲル、山岳部の連中にとり憧れの存在でした。ザイルパートナの小坂(北沢)との関係は山男同士の独特の”死ねばもろとも”という深い深遠なる関係として、理解していましたね。

しかし、二人で愛してしまった八代美那子(NHKでも彼女だけは同じにしてる?)との関係はこの小説のテーマであると考えていました。単なる山岳小説でも無いし、社会派小説でもないのだと。小坂(北沢)の妹である、かおる(ゆかり)に対する関係は兄貴と妹という枠ではなかったか、決して美那子さんとの関係とは程遠いように思えた。

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チップマンク修理

_121 前回の千葉遠征で離陸途中にエンストで墜落し、ラジアルマウントを破損した部品を取り替えた。

秋葉の洛西モデルさんで、OS FL70エンジン用の純正部品が有りましたので、それに搭載し飛行機の機首部に取り付けを完了した。

秋葉にはスーパーラジコン、双葉、チャンプ、とエンジン機関連のお店が有りますが、部品の豊富さではこの洛西モデルさんが多いような気がします。

次回の千葉遠征は2月5日(日曜)を予定していますので、それまでにこの機体を完璧にしたい。

_122 (テトラのフロート)

バルサから製作したテトラのフロートである。こいつをどれかの飛行機の脚として取り付け、3月の信州は白馬での合宿に間に合わす必要がある。

雪田での離陸、着陸となりフロートが必要である。橇(ソリ)でもいいが取り合えず、フロートで挑戦のつもりである。

さて、明日の天気はどうだろうか?天気が良ければ、新横は鶴見川で電動機を飛ばしたい。

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雪で大喜びケンタ&アトム

上野にお住まいの正木さん御夫婦のケンタ&アトムは雪で大喜び!

是非、ホームページを参照して下さい。

ケンタ&アトム雪の上野でおおはしゃぎ。動画。

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雪景色 2006横浜

_120 朝起きると、コンコンと雪が降っている。この冬初めての大雪である。

昨晩は或る会合が神楽坂であり、武蔵小杉の駅に着くともう横浜方面の電車が無い!こんな事態は10年振りだろうか?タクシー乗り場は100メータ程の行列である。時間は深夜1時頃である。

2時過ぎに自宅に帰り、空を確認するが未だ雪は降っていない。予報では、深夜から降るという事でしたが、又、予報が外れたと考えて床に入った。

_119 しかし、朝起きるとこないな雪模様ですね。久しぶりの雪である。日本海側では豪雪の冬模様で日本は今、大変だ。

(昨日も○エモン騒動)

東証マザーズで○エモン関連企業の取引が成立しない異常事態が起こっている。株を売りたくても買う人が居ないと取引は成立しない。改めて、上場企業の経営者の社会的責任が問われている。

私も仕事柄、上場したい企業のコンサルとか連結経営の仕事をしてきた人間として、なんとも辛い思いです。日本も再来年からは日本版SOX法が適用される準備に入っているこの時期に徹底的に叩いたと見ます。

アメリカのエンロン、ワールドコムから始まった企業の不正行為に対するアメリカの対応は極めて熾烈でした。資本主義の根幹に関わる事柄であり、厳しい法律が作成され経営者の責任・義務・罰則を明確にした。

東京証券取引所はロンドン、ニューヨークと並び世界三大市場なんですよね。一部上場企業の株に対してほぼ半分の金は海外投資家の金が東証に流入している。国際的なルールを守らないと、日本には資本が流入しなくなるのだ。

ニューヨーク市場では経営者が開示する情報特に四半期単位の開示する財務諸表等々に不正があると、監獄に入れられる。それが嫌でニューヨークでの上場を止めた日本企業も沢山ありました。しかし、日本もやらざるを得ない状況にあるんですね。

今回の検察の行動は世界の人々に対して、断固たる決意で資本市場を守るというメッセージをだそうとした行動でしょうね。

本事件を契機に日本版SOX法の法律に厳しい修正が入る可能性を感じます。企業内統治に関する厳しい義務と罰則が課されると思います。

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赤とんぼ新年会

_118 赤とんぼ新年会が挙行された。

2006年のスタートにあたり、新横浜の某高級居酒屋?で開催である。予算は思い切り、5000円である。リポ電池の値段である。

心配は幹事があの有名なワコチャンである。昨年は2万5千円の赤字を出した金にうとい御仁であるが、何と数千円の余裕がでたのだ。人間成長するものである。

各自の今年の目標が提示された。人間目標が無ければ生きてゆく事が出来ない生物である。ここで、こっそり紹介しちゃいますね。

(ラジコン親父)

180クラスの超大型機に挑戦である。既にウン十万円を投資し機体は購入してるらしい。ホンマ、何処まで行くでんしょうか?ま、技術があるからしょうがないですね。

(三浦先輩)

今年はグライダーに挑戦するそうだ。西郷先輩が仕事で忙しくなかなか参加出来ない。先輩として、グライダーの見本を見せる積もりですね。ホホホ

(カッチン)

今年は電動機で新横浜で遊ぶのが目標である。彼の腕であれば、エンジン機に負けない飛行を実現するのではないか?そんな予感がする。

(わこちゃん)

色んな不思議な機体に又、挑戦するようですよ。ホンマ周りが苦労するね。けど、新しい飛行機の製作に挑戦するのはワコチャンらしいですね。さて、どんなハプニングが生まれるでしょうかね。

(岩ちゃん)

最近、飛行機に自信を失っているそうだ。ヘリコプターは自信があるようだが、今年は千葉のラジコンクラブも変更して、新しいクラブで活動されるようだ。なんせ、悠々自適の生活である。羨ましい身分である、と、周りに言われている。(笑)

(joさん)

ホホホ、内緒だね。さて、今年はどないな、おもろい挑戦するかお楽しみ・・・・!

ま、今年も赤とんぼ健在ぶりを披露しますので、皆さん元気でお願いしますよ。ホホホ

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飛鳥寺と蘇我馬子 ヤマトの国際化

昨夜のNHKの”その時歴史は動いた”の番組を楽しく観ましたが、MuBlogの記事にも早速に感想文が登場した。私も、ついでに少しメモを残します。

(国際情勢の緊迫)

最近は私も韓流ブームに乗り”チャングムの誓い”という韓国の歴史ものの番組にはまり、古代朝鮮半島の高句麗、新羅、百済の歴史を勉強しています。この三国の歴史と日本列島との関係については、12世紀頃に書かれた”三国史記”という歴史書が参考になるそうなので、少しずつかじっています。

さて、昨夜の番組は蘇我馬子によるヤマトの文明開化革命についての事績でした。仏教を国を統治する基本理念とする大陸、とりわけ隋王朝の政治基盤の導入でしたね。概略内容については無理の無い説明でした。

巨大な寺院伽藍を礎石の上に築く工法から建築物、まさにヤマトの人々にとり驚愕の近代建物というか、文明を目の当たりにしたでしょうね。朝鮮半島からは瓦博士から土木工学のプロ、建築家のプロ、ブロンズ像製造のプロ、仏教経典関連の博士、どれだけ多くのハイテク専門家がヤマトに来たでしょうか?

(朝鮮半島の三国がヤマトを必要とした)

文明先進国である、朝鮮半島の三国にとり日本列島は野蛮な国と考えていたでしょうね。しかし、中国に巨大な統一王朝である隋帝国が生まれたのは脅威でした。歴史を振り返れば判りますね、拡張中国王朝は必ず朝鮮半島を攻撃すると考えたでしょう。漢帝国がそうでした。楽浪郡、帯方郡を必ず朝鮮半島に復活させると考えて不思議は無いですね。

(国際派の蘇我氏の台頭)

緊張の高まる東アジア情勢はヤマトも無縁ではおられない、新しい国のかたちを国際的に必要としたでしょうし、朝鮮半島の三国はしきりにヤマトに来朝し説得したと考えます。当時の一番文化文明が進んでいたと考えたのは、高句麗ですね。

高句麗はエースの慧慈をヤマトに送り込んで来ました。彼は、飛鳥寺に入りますし聖徳太子の師となった僧です。彼は、馬子、太子に国際情勢と新しい国のかたちを説いたと考えます。本心は高句麗の国を如何に隋帝国から守るか、ヤマトを味方にいかにつけるか、ヤマトを近代国家?にするか、そのように思います。

歴史の流れは物部氏に不利でしたね、私は蘇我氏が朝鮮半島の三国を味方につけたと思います。そうでなければ、軍事と八百万の神々に仕える物部氏を倒す事は不可能であったと考えます。

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墜落飛行機 回収知恵袋

この30年間、ラジコン飛行機を趣味として楽しんできた訳ですが、どうしても意に反して墜落する事が有ります。原因は整備不良、電波の混信、妨害電波、強風、操縦ミス、太陽で目が眩む、受信機電源切れ、送信機電源切れ、サーボモータ不良、エンジントラブル、リンケージ異常、等々沢山、原因はありますね。

最近は、飛行させるルートと範囲を狭めて飛ばしますので、万が一墜落しても事故にはならないように飛ばしています。飛行させる時は自分の正面で必ず飛ばす事と、基本的には前方空域、横幅は数百メートル頭を動かさず視界に入る範囲、上空は機体が見える範囲です。頭の上とか後方に飛ばしてはいけない。

初心者は先ず、この飛ばし方が出来るまでインストラクターの元で操縦訓練が必要です。電動機であれ、エンジン機であれ同じですね。そして、飛ばす前に飛行機の確認が必要です、リンケージ、動翼動作、エンコン、受信機電池容量、等々の異常が無いか確認が必要ですね。

最近は、送信機はコンピュータが搭載されているので、複数の機体単位で各種操縦パラメータを設定するので、機体番号を間違わないようにしないと、違う機体データで飛ばすと、事故の元になります。これは、最近の墜落事故ではよくある話だそうですよ。

万が一、墜落状況に遭遇すればエンジンを切る、電動機ではモータを停止させ墜落させましょう。送信機の電源は切ってはいけないです。

さて、墜落飛行機を回収しますが、フィールド状況に応じて色んな知恵が有ります、紹介しましょう。

(草むら、ブッシュに墜落)

背丈の高い草が繁茂するブッシュに墜落し、機体の行方が判らない場合は機体に墜落時に備えてブザーを搭載させておくのが一番です。クラブにより義務となっているところも有ります。送信機の電源を切ると音が鳴る仕組みとか、特別チャネルでブザーを起動させるんですね。

ブザーを搭載していない飛行機の場合は、送信機の電源を切らずに持参し、飛行機のサーボを動かして、サーボの動作音で発見する事が出来ます。ブッシュは視界が利きませんので、音だけが頼りになります。

自然界は人工音が存在しない為に、かすかなサーボモータの音でも数メータは届きます。私はこの知恵は、赤とんぼの同僚のカッチンから教わりました。確実に見つける事が可能です。

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鉄道の夢 東アジア環状線

JoBlog 800番目の記事になりました。ここは、記念に私の夢を語りたい。日本が世界第二位の経済大国のあいだに実現したい未来の夢だ。

(鉄道網の夢)

東アジアの地図を眺めていると、私は米国、EU,に対抗する経済・文化圏を作るには東アジア環状線を作るような壮大な計画を立てれば可能かもしれないと、夢想する。

下関から200キロ釜山まで海底トンネルを掘削する。途中、壱岐、対馬、で陸上に顔をだしてもいいかもしれん。この考えは既に昭和15年に弾丸列車計画として日本は計画していたそうだ。当時は東京から京城経由、奉天(シンヨウ)経由、北京の計画だったそうだ。

私は、上海と九州を結ぶ海底トンネルも欲しいと考えています。これは約千キロの距離である。現在、貨物船で26時間も輸送に時間がかかっている、これを、一気に短縮する。

(東アジア環状線)

日本、朝鮮半島、中国、この四か国を環状線で環をつくり通貨も共通にする。日本、韓国、中国の四カ国が経済圏を作れば明らかに、米国、EU,に対抗できる経済圏を創る事が可能であり世界一を目指せるかもしれない。

実はこの構想は現在中国を鉄道で旅をされている、某国の飛行機嫌いなお方の報道を見ていて夢想したのです。ピョンヤンから広州迄、鉄道の旅をされている。思いもよらない発想の転換でしたね。

問題は、千キロの海底トンネルが掘れるかどうかである。海底ガス田の開発をしてるのであれば、ついでにトンネル工事も出来ないのだろうか?それに、上海から九州までの海底は深くないという話を聴いた覚えが有りますね。

(シルクロード新幹線)

話はこれで終わらないんですよ。この環状線はシルクロードをぶち抜きローマ迄繋がるんですね。これでEUキリスト教文化・文明圏と接続しユーラシアを横断する。シベリア鉄道は北まわりの鉄道でありロシアに対抗する。

シルクロード新幹線は始発駅は奈良、東大寺とする。終着駅はローマ、サンピエトロ大聖堂である。

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等々力渓谷

_114 自由が丘から二子玉川駅に向かい3番目の駅に等々力という駅が有ります。駅をおりれば直ぐに、等々力渓谷という散策するには最高の静かな場所があるんですね。

随分と昔から時折、渓谷を散策しております。駅前には”材木屋(ざいもくや)”という和風レストランがあり、松花堂弁当が有名です。散策のあとに一休みして食事をとり熱燗を飲むのは最高ですね。

_112 昔はまともな道は無かったんですが、最近は整備されゴルフ橋から渓谷に下りる階段も整備されましたね。蕎麦屋さんの裏手の竹やぶから渓谷に降ります。

川幅は数メータですが静かですね。谷沢川(やざがわ)といいます。自由が丘には同じ川の名前の老舗の”鰻屋”さんがありますが、何か関係があるんでしょうかね?

川に沿って遊歩道が有ります、昔はところどころにベンチが有りましたが、最近は撤去されたようですね。ネットでも紹介されているようです。参考Web

_111 こんな感じの川沿いの道を渓谷に沿って歩いて行きます。途中に横穴式古墳がありまして、石室を見ることは出来ませんが面白いです。

不動尊迄歩いて引き返すのが何時ものルートですが、周りがこんもりとした森に覆われていますので森林浴になります。自由ガ丘近くにお住まいの方であれば是非、お勧めですね。(大層ローカルな話題になり、関西方面の方々には申し訳ありません)。

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こんな~時代も~♪

CIMG0014   2002年の夏模様ですね~~。息子と一緒に早朝フライトに行くところです。カメラ撮影は息子です。

こんな親の姿は恥ずかしいんでしょうね。笑いながら撮影したようですよ。

2002年の電動機時代の写真がありますので、たまには懐かしいので、回顧してます。

2006年は再度、新しい電動機の世界を楽しみたいと思います。モータも進化し、バッテリーも進化し、スピコン(スピードコントローラ)も進化し、見違えるようになりました。

ついでに、2002年の秋の群馬で開催されたRCエアショーの写真が出てきたので、アルバムに載せました。マイフォト 2002 RCエアショーを参照下さい。

さて、今日は昨晩から降り始めた雨で飛行機を飛ばすのは無理なようですね。残念です。

そういう時は本を読むのが一番ですね。

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最近の江戸風景

CIMG0156 (秋葉原 神田川)

日比谷線の秋葉駅そばの和泉橋から眺めた神田川です。2005年の暮れに撮影しました。かもめが沢山羽根を休めていますね。秋葉原も様変わりしこのような風景は少なくなりました。

CIMG0158 (歌舞伎座)

東銀座での仕事の折、先輩と待ち合わせを歌舞伎座前にしました。私は歌舞伎は全くの門外漢ですが、先輩は昔から松竹さんと仕事をしてる関係で馴染みだそうです。

CIMG0159 CIMG0160  夕方の4時過ぎでしたが、昼の部が丁度終わる頃でしたね、夜の部を待つ人々で溢れていました。大層人気があるんですね。

そういえば、テレビで歌舞伎の元祖であCIMG0161る、出雲阿国の番組が始まるんですよね。

(銀座ファッション)

CIMG0164銀座には世界のブランド店が並んでいますね。これも、有名ブランドのお店のようですが、華やかな香りがしますね。

東京という場所は本格的に都市として拓かれたのは、1600年の関が原以降でしょうから、400年経過したんですね。都心の川は多くが埋められ、道路になりました。お陰で、神田川などは台風の豪雨がくると大変です。

地下の遊水池に神田川から水を逃すそうですが、昨年の夏の豪雨では危機一髪だったそうですね。遊水池も満杯になる寸前だったそうです。

(地球温暖化と都市)

さて、大阪も東京も扇状地に開拓された都市ですが、地球温暖化で海水面が上昇すれば将来壊滅するんではないでしょうかね?地球環境の激変に対する長期的な都市計画の戦略は誰が考えているんでしょうかね?

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厄年だそうだ

同期のオホーツクのテッチャンが厄年について記事を書いている。我が家では三人も厄年である。私を筆頭に長女のMISAYOは寅年生まれで厄年、そして、息子も戌年生まれで厄年である。

確か私の家内も寅年でMISAYOと同じ厄年に息子を産んでいる。これを、厄落としというのだろうか?と言うことは、息子は厄の塊みたいになるな~~~?

娘はフランスにいるから、気がついていないかも知れない。息子も沖縄にいるから、本土にいるのは私だけである。このような年には、あまり変化のある事をしてはいけないのではないだろうか?正月に近所の氏神さんの八杉神社にお参りしたので、これでいいのだろうか?

過去の自分の厄年を考えても特に異常はなかったような気がする。今年一年はあまり無理をせずに、静かに生活をしなさいという警告であると受け止めたい。奈良の大神神社(三輪明神)さんの社務所から厄払いの通知が届いていましたね。

ここで、沢山の神社を梯子して厄払いをしても、何か変だし、厄が来たならそれはそれで運命として受け止める事にする。

しかし、我が家は私がこの3月末で長年お世話になった富士通グループともお別れする時期だし、息子は4年生になるので就職試験の年で否応無く変化せんとアカン年なんですがね。変化の年に厄年が重なりましたね。

(前向きに生活すればいいか?)

根が楽天主義なので、いい事しか考えない性格なので、ま、テッチャンは心配してるようだが、構えないようにしたいと思う。

しかし、例のアイスマンの関係者が7人も死んでしまったというニュースは不気味である。確か、ツタンカーメンの時もそんな話を聴いたような気がしますね。しかし、それでは考古学者になる人がいなくなる。

厄年の習慣は古代より伝わる話なので、出鱈目ではないでしょうね。多分に身体が変化する歳であるとか、環境が変化する歳なんでしょうね。だから、戒めとして習慣を残したと考えましょう。

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築地市場と根津界隈

新年会が連続した。昨夜は東銀座で落ち合い、築地市場の中にあるレストランで新年会でしたね。海外事業関連者の宴会でした。サンフランシスコのフイッシャーマンズワーフで宴会という感じですね。

4人の宴会でしたが、皆さん先輩諸氏であり話は面白かったですね。海外関係者は共通して言えるのは、酒を飲んでもクドクド仕事の話ばかりしない事ではないでしょうかね。仕事の話をしても建設的な話が多いですね。

しかし、築地市場の中にあるこのレストランは二度目である。前回は一月ほど前に昼飯を食べにきた。市場関係者がくるお店なので、新鮮で安くて美味しいのだ。魚だけかと思うとそうではなくて、肉もあるんですね。

家康が江戸幕府を開いたときに、大阪の佃の漁師を連れてきて江戸湾での独占的漁業権を確か与え、魚介類を獲らせ、江戸幕府に収めさせたそうだ。そして、残りの魚介類をこの築地で販売させたのが築地市場の起こりだと思う。

江戸には漁師は存在しなかったんですね。存在しても少ない数しか存在しなかったのかも知れない。そして、江戸時代から綿々とこの築地市場は江戸・東京の台所を担ってきたんですね。

外人をここに案内すると、大層喜ぶそうだ。珍しいんでしょうね。これほど大規模な市場は世界広しと言えど無いんでしょうね。日本人は魚を食して長生きするんだ?と、考えるのかも知れませんね。

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信州豪雪 ライブ雪模様

記録的な大雪に日本は襲われている、多大の被害がでており自然の恐ろしさを改めて認識しました。日本海側の雪は重いのですね、1立方メータあたり200キログラムの重さだそうだ。場所により、3メータ80センチも積雪があるという。

来る3月末には信州は白馬、岩岳で赤とんぼの合宿を予定しているが、大丈夫だろうか?付近のリアルタイムの風景を参照してみましょう。

岩岳 最新映像(1時間、間隔で更新)

白馬(役場)

白馬八方尾根

白馬47スキー場

白馬五竜スキー場

白馬佐野坂

白馬ハイランド

国道148号 佐野

白馬地域関連ホームページ

全国ライブカメラ リンク集

さて、岩岳の山小屋迄辿り着けるだろうか?

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滋賀県立 野洲高校優勝

今回の高校サッカーでは、娘の出身高校である淵野辺高校の試合と、準決勝からの野洲高校の試合をテレビで観戦した。淵野辺は1回戦で負けてしまいましたが、野洲高校は決勝で鹿児島実業を破り優勝してしまった。

野洲は家内の母の故郷であり、別荘も野洲にあり山の上なので、琵琶湖が望める絶景の場所にあり、珍しい野洲高校という因縁で観戦し応援した。準決勝の試合をテレビで観戦したが、相手は山口の多々良学園高校でした。経営母体が倒産してるらしく、何か希望の星のような存在だったようですね。

しかし、解説していたベテランの某氏は明らかに、多々良学園贔屓であり、聞いてて本当に頭に来ましたね。野洲高校は県立であり、私学ではない。調べて見ると元は定時制の農学校だったんですね。

試合のスタイルが観ていて面白い、細かくパスを繋ぎヒールパスを多用する意外な面白いサッカーをやるチームだと感じた。中盤のプレスも早く、ボールを持つと沈着冷静で落ち着いて見事にパスを細かく繋ぎシュート迄持ってゆく。軽快でリズミカルなサッカーでした。

(鹿児島実業)

連覇がかかる試合であり、戦前は多分に野洲は4-0程度で負けると予想していた。しかし、圧倒的に鹿実は優勢でありボール支配率も高く、シュート数も多く、個人的な体力も勝る試合であった。しかし、野洲は勝った、滋賀県としては初めてで、関西では32年振りだそうだ。

42才の山本佳司監督は新しいスタイルの高校サッカーを目指すと言うているらしい。楽しい観ていて面白いサッカーをやるという。個人のイマジネーションを最大に生かすやり方で、ブラジルに似てるのかも知れない。

それでいて、デイフェンスは強いものがあった、冷静沈着な行動が目立ちましたね、決して慌てない動作が印象深いです。どうして、あんな行動を大舞台で出来るんだろうか?どんな、教え方を滋賀の田舎の野洲でやっているんだろうか?不思議でしたね。

調べてみると、2002年にベスト8迄勝ち進んだ戦歴があるんですね。だとすると、山本監督という人がどういう指導をしてるかが、興味が湧きましたね。応援席には滋賀県知事までが応援に来ていました。

(サッカーは根を張り始めた)

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2006年1月8日 早朝フライト

_101 _104 今日はカッチンと一緒に2006年初フライトである。

霊峰富士が遥かに望める素晴らしい場所であり、静けさの中に顔の頬を突き刺すような微風が漂う鶴見川河岸である。

お互いに、電動機を今年は再開する事に決め、ブラシレス・モータとリポ電池のシステムにレベルアップして臨んだ。私は、複葉機ハミングカブ号、カッチンはノバ号を飛ばした。

私は、もう一機、従来のニッカド電池とブラシ・モータで飛ぶスプリースポーツ号を持参し、二機飛ばすことになった。

全ての飛行機は無事に飛行し、今年は幸先がよさそうである。今年を占う意味でも素晴らしい結果であり、霊峰富士も祝福を与えてくれているようでした。

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高松塚壁画古墳と高句麗

飛鳥の高松塚古墳の壁画が発見されたのは、私が大学を卒業して東京に住み始めた3年後の昭和47年でした。当時の衝撃は大変でした、私は記念にあのスカートを穿いた女性群像の大きな額縁入り写真を購入した記憶があります。

その壁画が今や危機的状況にあるのは皆様ご存知の通りであり、日本の保存科学の総力を挙げた取り組みがされている。是非、なんとか守って欲しいものです。古墳の中で7世紀末から8世紀初頭あたりから、21世紀まで1400年も守って来たのに・・・・と、思うと心が痛みます。

最近に高松塚の近くで人物群像の絵画は無いが、四神、天文図、が描かれたキトラ古墳が発見されたのも記憶に新しいと思います。このあたりは檜隈とよばれる渡来人が多く住む場所だったようですね。東漢(やまとのあや)氏の拠点と伝えられている。

(被葬者探し)

高松塚古墳の被葬者探しはこの長い年月の間に色んな人々が候補の人の名前を挙げました、特に7世紀後半から8世紀初頭にかけての人物ですね。天智天皇、天武天皇の御世の頃の有名な人々に的は絞られていましたね。

この檜隈という場所は京大の岸俊男先生の有名な”聖なるライン”の線上にある場所なんですね。藤原京の朱雀大路の南の延長線上にあり、文武天皇陵、天武・持統合葬陵あるいは皇族の墳墓らしきものが集結している場所なんです。

しかし、墓誌銘が出ない限り確実に誰の墓であるかを確定できないのですね。そこで、松本清張さんを始め学者でない人々も参加しておおいに被葬者探しが行われました。(笑)

その中で、今日は司馬遼太郎さんの推理について少しご紹介し、私が司馬さんの推理の多少の疑問点をあげたいと思います。

(司馬さんの高松塚)

結論は天智天皇5年、666年に高句麗の国使として来朝した副使の王族である玄武若光(ぐえんむにゃっこう)ではないか?というのが、推理である。主な理由は・・・

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電動機レベルアップ

_080 遂に電動機のレベルアップが完了した。写真の上部にあるモータはブラシモータであり同時にブラシモータ用のスピード・コントローラである。

2002年の頃はこれにニッカド電池で飛ばしていた。5~6分しか時間は持たないのである。長時間の飛行は不可能でしたね。

さて、下部の写真はブラシレスモータとそのアンプである。これで、上の写真のモータと同じ馬力がでるんですね。重量は1/3程度でしょうか?ブラシモータは接点で火花が散り見るからにエネルギーをロスしていますね。

ブラシレスは接点が無いので、エネルギー効率がいいんです。同じプロペラを回してみれば判ります。そこで、次は電池系統ですが、リチュームポリマー電池になります。

_100 写真の飛行機はスプリースポーツです。左下の電池がリポ電池ですね、これは3セルで11.1Vで1800mAhの容量ですね。右の充電器は4セル迄充電可能なバランサー込みの充電器です。

各々のセルに並列で充電を行い満遍なく均等に各セルに充電する機能を備えています。直列で使用しますので、一つでもアンバランスな電池セルになるとその電池セルに縛られるから均等に充電が必要なのだ。

従来のニッカド電池8セルでのブラシモータとリポ電池3セル1800mAhを比較すると、馬力は明らかにリポの方が馬力があり、長時間持ちます。週末に試験をするが、多分に10分は飛ばす事が可能と目論んでいます。

試験機は複葉機のハミングカブ機です。

しかし、凄まじい勢いで電池の世界も変化していますね。3年前ではニッカド電池で、そしてニッケル水素電池がでて、リチュームイオン電池がでて、ここまでは私も横浜三人組は経験したが、今やリポ電池である。

専門家の話では未だ、このリポ電池は危険であり充電時に電圧電流が安定していないと危険であり、爆発する可能性があるそうです。近くには可燃物を置かない事とか色々と注意が必要だそうだ。

しかし、この電池のセルを沢山使い、強力なブラシレスモータで現在のエンジン機の世界選手権でエンジン機に対抗して飛ばす時代になりました。趣味の世界は大衆世界に先駆けて色んな新しい世界に挑戦しているんですね。

そうそう、ブラシレスモータの利点は墜落して、モータ軸が破損しても簡単に軸だけを置換すればそれでいい。ブラシモータでは軸にコイルが巻きついているので、不可能である、しかし、ブラシレスは永久磁石の小さいものが沢山組み込まれた外側を回転させるので、軸だけが簡単に置き換え可能である。

これは、実戦的である。

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2006年 Jo君の正月風景

_086 ( 元日の風景)

今年は我が家では息子と家内と私の三人で元旦を迎えた。あいにく富士山は曇りでお姿は拝見出来ませんでしたね。

お雑煮と煮しめと熱燗で元日の朝は始まる。恒例である。10時過ぎに年賀状が届く。熱燗を飲みながら年賀状を眺めるのは楽しいものですね。

特に、昨年あたりより年賀状が面白くなりましたね。皆さん、現役バリバリ状態も卒業し第二の人生に入られた人が増えました。だから、面白く無い失礼のないありきたりの賀状は数少なくなりました。

私も来年からは、面白い賀状に挑戦する決意を固めましたね。(笑)

(海外登山、山歩きの賀状多し)

賀状を眺めていまして、気がついたのですがやたらと海外の山を歩いたという賀状が写真も一緒に送られて来る事ですね。何時も、ヒマラヤの山をバックに優雅な山男?山爺?の昔の事業部長さんで、偉くなられた田火田さん。

もうかなりな年齢になられた筈だけど、毎年、ヒマラヤからの写真が届く。米国時代に私は管理職試験の受験中でした、当時の試験官だった彼は米国に出張に来られ、ニューオリンズ迄同行した。私は試験中だから同行をやんわりお断りしたが、ついて来いと命令を受けた。

一ヶ月後に帰国し試験を受けた、試験のあと自宅に招待された、その時に確信しましたね、合格した事を。落ちた奴を自宅に招待しませんよね?私は、山が好きな人々に大学卒業後も色々と助けられました。

ホンマ、芸は身を助けるといいますが、有り難い事でした。

(ポンチャン迄がヒマラヤ)

ワンゲル同期でクラブの同期のメッチェンと結婚したポンチャン迄がヒマラヤに昨年出掛けたそうだ。先輩の賀状にはヒマラヤ紀行の模様が伝わっているが、あのポンチャン迄が出掛けたそうだ。

ポンチャンでも標高5千メータのカトマンズから地元のシェルパをつけてワンデリングできるなら、私も?と、思いましたね。今年は鶴見川をジョギングして体力をつけて是非、ヒマラヤにも行きたいと思う。

(ニュージランド山紀行)

先輩諸氏の間ではニュージランドの山を歩く紀行が流行してる模様である。先輩の紀行文を読んでいると、本当に行きたくなる程素晴らしい。是非、よく調べて体力もつけていずれは挑戦してみたいと思う。オゾン層は大丈夫なんだろうか?

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戌年は南総里見八犬伝

滝沢馬琴の八犬伝、正月に二日間に渡り放映された。二日目はテレビを息子と家内にチャネルを取られたので、ビデイオに録画し深夜にこっそり鑑賞した。(笑)

子供の頃にはこの八犬伝は人気が有りました、誰でも子供は知っていたと思いますね。しかし、最近はめっきり聞かなくなりました。懐かしいので、ついつい観てしまった。

年末に何処かのテレビ局で滝沢馬琴の特番があり、彼の晩年、盲目になってから息子の嫁に文字を教え口述筆記させて完成した、約100巻に及ぶベストセラーだったそうですね。

28年間もかけて書き続けた作品だそうです。ペンネームは曲亭馬琴(くるわでまこと)というふざけた名前で意味はgoogleで訊くと、”遊郭という遊びの場で真面目に振舞う野暮や奴”というような意味だそうですね。(笑)

(当時の道徳)

仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の玉は当時の道徳感を代表していますね。江戸時代の庶民の倫理綱領みたいなもんでしょうか。孝・悌なんて今の小学生に訊いても何の意味か判らんでしょうね。親を大事にし、兄弟は仲良くという考えは最近の韓国番組”チャングムの誓い”で懐かしく思い出される倫理感ですね。

儒教の思想といえば其れまでですが、何か最近の日本では欠けているように思うのですが、如何でしょうかね。

最近の韓流ブームの底流には昔懐かしい、日本人が無くしてしまった儒教の思想が懐かしいのではないでしょうかね?違いますか?

ところで、言いたい事ですが、実はこの舞台になった安房国(あわのくに)の事なんです。

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ノアの箱舟と天の磐船

お正月ですから、熱燗を飲み、煮しめを食べ、ワインを飲みハムをつまみ、喉が渇くとビールを飲む毎日。そして、酔うと布団に入り昼寝する。そうすると、この数ヶ月気になっている旧約聖書のノアの箱舟の創世記の神話の話とヤマトの天の磐船の関連についてアレコレ悩む事になる。

明らかに、遊牧民の思想であると考えられている天孫降臨の神話は無条件で私もそうだろうと考えてきていた。しかし、何で船で山の頂上に降り立つやろ?と、疑問は有りましたし、日本の国土を生む神話も泥をかき混ぜて雫で島を作るくだりなどは、旧約聖書と似てるのではないか?もともとが、何処かの場所で大昔に現実に起こった事件を語り継いだのではないだろうか?と、思うようになった。

(聖書地域の神話)

大英博物館の倉庫で発見された粘土板に刻まれた楔形文字を解読したのは、1872年のジョージ・スミス氏だったそうです。粘土板はイラク北部のテイグリス川河畔のニネベの遺跡で発掘された2万5千枚の粘土板にギルガメッシュ叙事詩、旧約聖書の創世記に記述されたノアの箱舟と殆ど同じ内容を発見した。

結論から言うと紀元前2800年頃にメソポタミアで起こった大洪水を語り伝えた話だそうだ。書かれたのは紀元前668年頃のアッシュール・バニパル王の時代だという。旧約聖書に受け継がれたのはネブカドネザル王のバビロンの幽囚事件ではないか?というのが、定説のようですね。

ユダヤ人にメソポタミアの神話が受け継がれた訳ですね。これだけではなく旧約聖書の創世記の話の地名は殆どがメソポタミアであり、この地は聖書ランドと呼ばれているそうだ。

(世界的な温暖化時代)

縄文海進時代はこれと同じ時代であり、現在より2度は温度が上昇していたそうです。気象異常ですね、それで海面が上昇し、世界的な大洪水も発生したそうです。この時期に海岸ちかくに栄えた文明とか島に栄えた文明が海底に消えたそうだ。日本の西日本の縄文遺跡が少ないのはこの理由だという学者もありますね。

日本では青森の三内丸山遺跡で縄文の文化が花を開いていましたね。同時に、鬼界カルデラの大爆発という海底火山の爆発が西日本を襲うのもこの頃ですね、これで西日本は壊滅したそうです。

(洪水の記憶)

人間の歴史で大洪水の記憶はもっと昔、氷河期が終わる頃に経験していたそうです。氷河が融けて大洪水を起こした経験をもっていたとか。ボスポラス海峡は氷河期には存在せず黒海も湖だったそうだ。そこに、氷河が融けた水が流れ込みボスポラス海峡を形成し、多くの島を海底に沈めたという。

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謹賀新年 2006年

皆様、明けましておめでとう御座います。

昨年はJoBlogではお世話になりました、今年も宜しくお願い申し上げます。

今年は還暦を迎える年となります、昔の人は60年で一つの世界は終わると考えたんでしょうか、それとも60迄生きる人は極、稀だったんでしょうか?残りの人生は儲けもの、と考えて生きる考えもありますね。

残念ながら今日、元日は曇り空であり、霊峰富士のそのお姿を眺める事が出来ません。そろそろお雑煮をいただき、熱燗を一杯飲んで、初詣に行きたいと思います。

今年も平和でのんびりと過ごせる年である事を祈ります、皆様も素晴らしい年であるようにお祈り致します。

 2006年 元旦

       jo

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