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出雲 心の旅(その弐)

平城京に710年に遷都しましたね。その初期段階より国際情勢は緊迫していたのですね。順に歴史を眺めてみましょう。

・724年 聖武天皇即位 東北蝦夷反乱 陸奥国に多賀城築く

・728年1月 渤海国使者来訪する(以後34回 来訪する) 渤海国王 大武芸が唐に亡命した弟の大門芸の処遇に関し唐と戦争状態に突入する可能性を通達。

・729年 長屋王の変 藤原4兄弟権力握る 不比等の娘光明子皇后につく

・730年 引田虫麻呂 渤海国より帰国(渤日軍事同盟の提案を受けた形跡あり) この頃唐は統一新羅(以下新羅と記述)に渤海国討伐を命じる

・731年 日本の軍船300艘 新羅を襲撃する(井上秀雄先生”古代朝鮮”典拠,朝鮮側資料)

・732年 新羅使 金長孫来訪し聖徳王の言葉として今後使節は3年に一度しか来訪しないと通告。日本は真意を確認の為に角朝臣家主を同行させる。

日本朝廷は新羅、もしかすると唐連合との戦争事態を想定し即刻、唐王朝の真意を確認すべく遣唐使を派遣する事と戒厳令ともいうべき節度使の任命を行い戦闘準備にとりかかった。節度使とは軍備充実の地方監察官ですね。

・東海東山道 阿部房前 山陰道 多治比真人 西海道 藤原宇合 当時の最高権力者達の顔ぶれであり、如何に緊急事態であったか判る。

・733年 遣唐使として多治比広成が急遽 難波津より唐を目指す。途中、嵐に遭遇し蘇州に漂着する。そこで、既に渤海国の水軍が山東の登州を攻撃し唐・渤海が戦争状態に突入している事実を知る。

玄宗皇帝新羅に命じて渤海国の南境を攻撃させる。(雪のため失敗する)

・734年 大使広成無事に唐での役目を済ませ種子島に漂着する。副使の平群広成の船は難破しチャンバ王国に漂着。

・735年 渤海・唐は和解する、戦争状態は集結する。

・736年 九州から各地に疫病が蔓延する。そして、翌年に藤原4兄弟は疫病で没する。

しかし、少なくとも新羅を襲撃した軍船300艘はヤマト朝廷の軍団ではない、九州の倭寇か中国の倭寇か判らない。ただ、渤海国と国交を持つ事でヤマト朝廷は唐・新羅連合の敵となる危機に直面するのだ。

(北の海つ道 拠点出雲)

さて、このような戒厳令下の出雲はどのような役割をしたのでしょうか。その前に出雲について少し解説です。スサノオが降臨したのは出雲の西部、須佐郷、須賀の地ですね。今の出雲です。宮脇先生は須佐の男(スサノオ)と説を述べておられますが、やたらと新羅と関係が深い神として描かれています。

一方、東部地方、今の松江、玉造、安来地方は意宇と呼ばれていました。宮脇先生の説では少なくとも4箇所に語り部がいたという。大別すると西部と東部の二箇所だそうです。この語り部が語る神話でヤマトに都合の良い部分が記紀に採用され、それ以外は出雲国風土記に記述されたそうです。だから、だぶらないそうです。

最初に西部が吉備・ヤマト連合軍に攻略され、のちに東部の意宇地方も攻略され出雲全てが国譲りとなるのだそうだ。その話は又、後に記述します。

(出雲軍団と役割)

さて、新羅との戦争を想定したヤマトは出雲の西部に神門大軍団を設置、東部に意宇大軍団を設置する。そして、南部に熊谷中団を置く。

島根半島には軍港を沢山整備しました。そして、石塁を築き強弓(石弓)の施設を6箇所設置するなど、防御を固め出雲の成年男子の1/3である2600名常備軍を編成した。

それ以外にも、兵を募り、狼煙は隠岐島から島根半島全域、出雲拠点へと設置された。開戦に備え全ての船に対して臨検を始めたという。

今回は戦争が回避されたが、その後も糸を引き30年後に太政大臣の恵美押勝が新羅と戦争を決意するのです。その話は次回です。

しかし、出雲がヤマトが一番苦手とする新羅との重要な防衛拠点であり、且つ、北の海を守る重要な役目を持っていたのですね。そして何より新羅との人脈ではなかったでしょうか。

朝鮮半島、中国大陸との行き来は頻繁であり、疫病も輸入されてしまったんですね。

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Comments

 Joさん
 ”北の海つ道”、敵は日本海からしかやって来なかったということですか?当時、太平洋から攻めてくる国なんぞ無かった・・・

 ”北の海つ道”、北海道と読めちゃうな~

Posted by: | 2005.12.20 09:29 PM

テッチャン

オホーツク育ちの貴殿には申し訳ない。当時の北海道は殆どヤマトの歴史には出てこないんや。かなり、時代が近世にこないと地図にも出てこない。

だけど、オホーツクの擦文土器とかメチャ古い歴史があるのは判っているんやけど、未だよく判っていないのでは?

ヤマト中心の史観は問題なんやけど、やはり強大な文化と文明がユーラシアでも中国とか北方遊牧民と朝鮮半島なので・・・・。

だから、ヤマトから北方というと交易ルートを指して、若狭湾から出雲へそして朝鮮半島とか渤海になるんやね。

すまんな~~~。

Posted by: jo | 2005.12.20 09:51 PM

日本列島は南北に長いですね

 古代史には余り興味がないのですが日本には興味がある方です。
時々、日本の地図を見ていつも驚きます。
沖縄は台湾より南くらいまで続いているし、北海道なんてあなたロシアもいいところです。

 朝鮮半島がちょうど日本の中心部に位置しますね。
西側や北側は中国、朝鮮、ロシアですが東側や南側には広大な太平洋が広がっています。
西側の日本海や東側の太平洋には流れの速い海流があるのですね。
北からも南からも。

 交通手段がまずは(船)であったとするならば海に囲まれた日本は、四面楚歌じゃないけど四方からあらゆる外国勢が押し寄せたと考えられなくもありません。
当方が心酔している日本語の大野晋などに言わせると日本語の起源はインドのタミールであるというのだから驚きます。
ビックリするくらい動詞とか精神的な言葉で共通するのですね。

 あんな遠くからドンブラコッコと船で流れてきたのでしょうか。
外国からどういう勢力が流れてきて、国内でどういうバトルがあって今に繋がる(国家)が築かれたのか。
それは万民にとって永遠のロマンなのかもしれませんね。

Posted by: ふうてん | 2005.12.21 01:51 AM

ふうてんさん

まさに、亜寒帯から亜熱帯まで連なる世界でも稀に見る列島ですね。Jo君の歴史彷徨シリーズでご紹介しましたが、日本列島の地図を90度左に回転させると、ユーラシラ大陸のまるで海岸線のように見えました。

朝鮮半島がその列島の真中にまるで橋が懸かるように突き出ている。氷河期の頃にはこの列島も大陸と繋がっていたそうなので、北からはマンモスハンターが南下してくるし、沢山の人々が押し寄せたんでしょうね。

大野晋先生の本も読みましたが、南方からも多くの人々が日本列島の島を渡り、又は、タイ、ベトナム、中国の東海岸を北上し辿りついたと考えれば納得がゆきますね。

むしろ、強大な国家というものが出来るとこれらの自由な行き来が出来なくなるんでしょうね。だから、国が弱体化すると人々は又、行き来する。古来、そうでしょうね。

国の権力が貿易を独占するようになるんやね。私はヤマトという国家はもともとが重商主義のような国で貿易とか交易を支配した国で、稲作と土地を大事にした日本は家康以降とちがうかな・・・と、極端ですが考えはじめてます。

ま、それはそれ、韓国のドラマ”チャングムの誓い”で不思議なのが、小麦粉が中国は明国から輸入しており、庶民には手に入らないという場面があり、悪徳、両班がわざと高価な粉を明国から仕入れる話がありました。

なんか、飛行機製造したらアカンとか牛肉買えとか、似たような話が身近にありそうで、海で隔離されていても最近は駄目なようですね。

Posted by: jo | 2005.12.21 01:17 PM

言われてみれば

(私はヤマトという国家はもともとが重商主義のような国で貿易とか交易を支配した国で、稲作と土地を大事にした日本は家康以降とちがうかな・・・と、極端ですが考えはじめてます。)

 とありますね。
今の日本そのまんまやおまへんか。
龍馬はんかなんかそのこと知ってはったのでしょうね。
ええかわるいかは別として今の日本では喰うもん大半は輸入してます。
同時に工業製品の輸出で喰ってます。
これ重商主義やおまへんか。

 日本が国を閉じた平安時代400年と徳川時代250年の間だけは別でしたね。
その他の時代は世界中から日本へ来ていたし日本から世界へ出向いていたんちゃいます?

 大体、日本人程何でも世界中の料理を喜んで食べる民族はない言われまっしゃろ?
それは(味の記憶や混血のせいや)と我がトランペッターK.T.は言いおります。

Posted by: ふうてん | 2005.12.22 02:16 AM

ふうてんさん

今日は冬至だそうですね、wdさんのお話ではカボチャを食べる日だそうです。食べはりましたか?

今日の朝も寒く、富士山が真っ白の化粧をされていました。見事な富士でしたね。この富士山を見てるとホンマ日本人に生まれて良かったと思います。

さて、現在の日本の国の”かたち”の話ですね。米国は私の意見では重農主義の国です。以外と思われるかも知れませんが、農業国なんですね。

その、代表がブッシュさん。牧場主ですね、昔の日本の平安末期から鎌倉にかけての、一所懸命のサムライです。

日本は英国と同じで島国で世間並みな生活をしようと、貿易に頼る国です。しかし、食料を日本ほど海外に依存する危険な経営をしてる国は無いでしょうね。

ふうてんさんが昔から危惧されていますね、食料問題が必ず近い将来日本を襲うと。私もその点に関しては同じ意見です。

食料を工業製品と同じ位置に置くのは間違いだと、私は思います。地球温暖化で異常気象が地球を襲い世界中の農作物が壊滅したら、どうするんですか?

その為には、自給率水準を少しでも上げないとね。

Posted by: jo | 2005.12.22 02:04 PM

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