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2005年 大晦日

2005年の大晦日が来ました、早朝6時に携帯電話が鳴る。枕元に置いていた携帯電話から、カッチンの声である。”joさん 風が強いです、様子をみましょう。”という電話である。

私は5時半には起床し、既に読売新聞を寝床で読み終わっていた。確かに窓枠のアルミサッシがガタガタと音をたてています。防寒用のズボンを履いてキルテングを羽織り外に出ると強風である。

天気予報はたまには、当たるようですね。昨晩の予報では強風だと告げていました。既に昨晩のうちに、ニッカド電池3個は充電が完了している。そして、エンジン機のフラミンゴのオイルタンクにも給油済である。

(新しいマシーン)

今年の夏休みに購入し、放置されていたパソコンのキットは遂に息子が昨日、完成させた。WIN XPにレベルが上がり、マシーンも高速であり見違えるように高速である。キーボードも軽くて滑らかである。最後まで、インターネットの接続で苦労していた様子であった。

息子も来年は大学4年生である、進路について話し合った。私は早く就職する事を勧めた、好きな事をするにしても自立するのが大事である。勉強は一生出来ると私は思います、好きな分野は趣味にした方がいい、自由に何時までも勉強できます。

(鶴見川師走模様)

年末に秋葉のエンルートで購入した、ブラシレスモータとアンプを先日着陸で機首部を壊したハミングカブ号に搭載した。お店ではリポ電池の充電器が売り切れなので、未だリポ電池は購入していない。

機首部をバルサ板と航空ベニヤで修理し、ムサシノ540モータ(ブラシモータ)を取り外し、置換した。アンプもブラシレス用に置換した。

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皆様良いお年をお迎え下さい

今年も残り数日となりました。一年間時折はJoBlogを読んで頂いた方々に感謝致します。

皆様も来年は良い年である事をお祈り申し上げます。私は戌歳なので、あたり年であり還暦を迎える記念すべき年となります。今までの事は水に流して又、新しい人生に挑戦する積もりです。(毎年、暮れには過去を水に流して来たかも知れません。(笑))

近況ですが、私もくれの大掃除を頑張り窓ガラス、網戸、全てホースで水をかけガラス掃除洗剤をかけて頑張って掃除しました。(お陰で頭から水を被りビチョビチョ・・・慣れない事をやると駄目ですね。)

息子は昨日からパソコンの組み立てに取り組んでいます。さて、何事にも中途半端な息子ですがさて、完成するでせうか?時折、覗いては激励しています。(アタシャ判らない)

さて、残りの数日とお正月は新しい時代の電動機に挑戦する予定です。ブラシレスモータ・リポ電池システムに多額の投資を行い、最先端の電動機に挑戦なのだ。それと、エンジン機の修理が沢山あります。

本も読みかけ、再度読んでいる本、が沢山あるんですね、特に古事記を再度、注意深く読んでいます。それに、ノアの大洪水に関する本も再度、読み直しております。考えてみれば紀元前数千年前から栄えたメソポタミア文明も今は試練の時を迎えているんですね。

長い歴史からみれば、ほんの些細な一時の災難であるだけかも知れません。大洪水ではなくて爆弾の嵐をうけただけかもしれない。今まで幾多の困難を乗り越えて来たメソポタミア文明ですから、又、復活すると確信しています。

さて、海外旅行ですが、昨年はスイスの山のトレッキングをやりました、今年はドイツのゲーテ街道でした、来年はどうするか?今の所、行きたい場所は何箇所も有ります。候補は以下の通りです。

・ニュージランド トレッキングの旅(ワンゲルの先輩諸氏が素晴らしい報告)

・北欧の旅(フィンランドを中心に北欧を旅し、オーロラを見る)

・九塞溝天空の楽園(是非、この世の世界とは思えない七色の池、川)

・中国西域の旅(シルクロードを辿る旅 敦煌、トルファン、等々)

・チャングムの里(李朝の時代の朝鮮王国の史跡と料理)

・欧州川下り(ドナウ川、オーストリア、そのあたり)

さて、どうなるか来年の話は判りませんね。皆様も良いお年をお迎え下さい。

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正倉院の謎

最近、由水常雄さんの”正倉院の謎”という文庫本(中公文庫)を読んで、これは仮説としては面白いと思った。

(正倉院成立の理由)

・藤原4兄弟は天然痘で身罷り藤原氏の権力独占に赤信号が点灯した。そして、聖武天皇までが崩御された。藤原氏の頂点に立つ光明皇太后と藤原仲麻呂はクーデターを企画した。

・聖武帝七七忌を興福寺(藤原氏氏寺)で開催し、百官を集め同じ日に聖武帝遺品及び武器・薬等々を大仏(東大寺)に奉献した。

・東大寺献物帳には勅書でもないのに天皇御璽、印が489箇所も押印されている。

・光明皇太后は唐の則天武后に深く傾倒していた。

・東大寺献物帳の最後に署名されている連中が紫微中台(しびちゅうだい)の官位を持つ人々である。(解説・光明皇后が従来あった皇后宮職を発展させて作った独特の官庁であり、原型は中国の則天武后が作った官庁を模倣)

・聖武帝の遺品を東大寺に納める事を大義名分に天皇御璽を太政官府より奪った。その後、聖武帝遺品を少しずつ、法隆寺とか各、寺寺に献納する為に天皇御璽を返還しない行動にでた。

・天皇印が仲麻呂の手に渡り一年後、橘奈良麻呂の乱が起こる。

・薬と武器を献納する事は国家を制する事であった。武器は百人の精兵が戦える最新の武器であった。(事実、光明皇太后が崩御され後ろ盾を無くした仲麻呂は称徳女帝と道鏡にこの武器を使用され敗戦するのだ)

日本史に於いて以前より、光明皇太后の紫微中台政治という天皇を無力化し、律令体制を無視した政治構造が存在した事実はよく知られた事実でした。しかし、それを実現するには天皇御璽を持つ事と駅鈴(徴税権)を持たないと不可能でした。

それを、実現する為にこのような事が企画されたと考えれば、推理小説としては納得の行く話でしたね。

ところで、当時献納されたものは1/4しか残存せず150点しか無い。しかし、その後献納品は増加し現在1万点だそうだ。天平時代に聖武帝の遺品関連は僅かしか無いというそうだが、どうなっているんでしょうね。

元々が天皇家より寄進されたものが、現在は宮内庁の管轄というのも変であると、著者は述べています。

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2005年クリスマス千葉飛行会

遂に2005年度最後の赤とんぼ千葉飛行会が開催された。その模様の写真はマイフォトを参照して下さい。

2005.12.クリスマス千葉大会

何時ものように、朝6時に起床し横浜三人組は千葉は八千代の飛行場を目指した。快晴であり、右手の京浜工業地帯の工場群から登る朝日の黄金色の風景は見事であり、この世の最後のような感じがした。

残念ながら、写真機はカバンの中なので、撮影が出来なかった。キューポラのような荒廃した真っ黒なシルエッツトに煙が立ち昇り、背景が真っ赤である。映画の場面のようでしたね。

2005_12250077 千葉のラジコン親爺が仕入れた新しい複葉機である。テトラのキットのようですね。OSの古い4サイクルエンジンを搭載してるようだ。80か90らしいがウルサイ音がする。

見事な飛行性能でしたね。この一年、ラジコン親爺は腕を上げましたね、ナイフエッジもバッチリでした。

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今日はクリスマス・イブ

今日は世界的にクリスマス・イブですね?我が家は寂しい二人だけのイブになりました。思うにキリスト教文化圏の人々は、静かな一日を送るのがこの日だと思います。

という訳で、晩御飯は”鶏肉のトマト風味煮込み”になりました。

(制作解説)

・皮付きの鶏肉を二人なら二個用意する。サイズは自分で食べれる大きさにして下さい。俎板の上でフォークを刺して、味がしみこむようにする。これは、大事ですぞ。

・塩、胡椒をふりかける、そして小麦粉をふれかけ、両面に小麦粉をつける。フライパンを熱してオリーブオイルを入れる。

・そこで、コンガリと鶏肉の両面を焼くのだ。2分程度だろうな~~。そこで、料理しながら飲んでる赤ワインを鶏肉の上に入れる。香りをつけるのと肉を柔らかくするためなので、飲んでるグラスの半分程度でよろしい。

・ワインが鳥肉に吸収されフラパンが肉だけになると、小さな鍋に移しかえる。何故かというとフライパンでは大きすぎるのだ。そこで、カップ1/3程度の水を入れ、コンソメ1個を入れ、トマトケチャップを入れ、ウスターソースを入れる、そして煮込むのだ。

・今日は、ついでに小さなタマネギを一個、1/4に切り投入した。普通は野菜類は別に温野菜として用意するのが正式であるが、あたしゃ邪道で小さなタマネギを一緒に煮ることにした。

・同時にワカメスープを制作した。昆布と鰹の出汁を作りワカメとネギを入れて最後に卵とじを上空30センチから落下させてスープを作る。酒と醤油と塩で味を調えるのだ。

・結果ですが、ケチャップの量が難しいと思う、本当は新鮮なトマトを使用しケチャップを少し加えるのが正当ではないだろうか?缶詰のホールトマトを使用してもいいかも知れない。

・少しは、クリスマスの雰囲気のでる夕食になった。デザートはバームクーヘンでした。

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出雲 心の旅(参)

奈良時代の初期に於いて、藤原4兄弟が政権を握った頃の緊迫した新羅とヤマトの関係を見てきました。そして、国防上、対新羅に対しての出雲の重要性とヤマトからの期待を少し眺めたわけです。

唐と渤海の和解によりヤマトは戦争に巻き込まれる危機からは脱する事が出来ましたが、天然痘という疫病で国土は惨憺たる状況になり、九州と西海道を押さえ九州王朝を樹立しようとする藤原広嗣 の乱が起こります。

聖武天皇は彷徨の遷都を繰りかえし始めます。ヤマトは統治能力において不安定な時代に入るわけです。同時に飢饉も頻発し大変な時代になるんですね。

そこで、何とか国をまとめる事は出来ないか?大仏建立の事業はまさに国家鎮護、仏の力により国家を再度まとめる為の国の存亡をかけたプロジェクトが起案されたのですね。

大仏開眼供養会に新羅国王の招聘と金の供出を朝廷は要求するが、国王は来朝せず、王子が供養会に参列の為に来訪。朝廷は参列を許さず、新羅の無礼を非難する。

754年 遣唐使、大伴古麻呂帰国し唐朝廷での新羅との抗争を報告する。同時に唐において安史の乱が発生した事を報告。(この時に鑑真和上も来日)

その後、藤原仲麻呂が恵美押勝の姓を賜り太政大臣に登りつめる。759年には新羅征討の計画が押勝により進められるが、渤海国王が新羅と同じ国王として唐に認められ、奈良朝廷と軍事同盟を結び新羅と戦う路線より離脱する。

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大寒波到来 12/22日

2005_12220099 2005年12月22日は大寒波が到来する。

幸い関東は快晴であるが、空気は氷の如く冷たい。朝のベランダから眺める富士山は真っ白なお化粧である。関西方面、日本海沿岸地域と東北、北海道は大雪だそうだ。

奈良のほかもさんのBlogでは朝の雪の状態を、時間を追いながら写真で報告されている。これも、Blogの凄いところですね。

京都のMuBlogでも京都の状況が報告されている。

話では、昭和22年以来の大雪だそうですね。名古屋空港も閉鎖されているそうだ。名古屋も雪が降るんですね。

皆様も風邪を引かないようにして下さい。この三連休では静養されて来週少し頑張ればもう、お正月の休みが来ますね。

2005_12220102 (娘の花が来た)

娘の会社が閉鎖になり、生徒さん達から頂いた花ではないだろうか?その娘も孫を連れて何処かに静養の旅にでた。おかげで、家内は猫2匹の面倒をみなければならない。

(秋葉散策 師走模様)

三連休に備え、夕方に秋葉を散策した。電動機関連の装備の視察である、エンルートというお店を偵察した。しかし、親爺が留守で店の鍵がかかり入れない。と、同じラジコン趣味の方が来られた。

どうやら、新潟から御出張のようで、ついでに立ち寄られた模様。お互いにラジコン趣味の話をするが一向に店主が帰って来ない。遂に、お互い暫く何処かの店をひやかしましょうと、別れた。

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ソウル便り 韓国美人編

昔、祇園の御茶屋さんの息子としてお生まれになった、高貴なMさんというお方が職場の同僚でした。

彼は韓国はソウルに赴任され、昔の同僚は巣鴨の居酒屋”おかか”での楽しかった思い出に、当時、”おかか”で宴会を繰り返した仲間が集まり”おかか同窓会”を結成している。私もその仲間である。時折、グループで近況を伝え合う楽しい仲間です。

そこで、ソウルからの楽しい又、日本では判らない色んな韓国事情を伝えて頂いている。私と”おかか同窓会”のメンバだけが、この素晴らしい報告を享受してるのは勿体無いと思いますので、公開上問題ないと判断した部分をJoBlogの責任で公開します。

(Mの旦那の面影)

・久々の師走の便り Fromソウル

寒い日が続いてますね。
韓国は、最低気温マイナス13度、最高気温マイナス7度なんて日もありました。
ほとんどの物が凍っています。
23、24、25と日本からヨット仲間が来韓し、クリスマスパーティです。

おかか同窓会の皆さんにもあいたいな~

 By ソウルの M 

・京都育ちの、はんなり親爺からソウルへ

Mさん

 韓国生活はもう馴染まれましたか? テレビで時たまドラマを見ますが
向こうの美人は昔、街で見た人たちとちょっと違うような印象を受けます。
7~8年前とは違ってきたのでしょうか。まあお互いの存在を特別にしない
時代になって良かったんでしょう。私もChoijiwooのファンです。

By はんなり親爺

・ソウルより、はんなり親爺へ

はんなりさん

韓国は美人の国ですね。男性は小柄だけどがっちりした体格(徴兵制のため?)です

女性は、すらりとして、背が高く、スタイル抜群です。顔は整形(目、鼻が中心)で
す。
統計によると、美人で有る方が就職に有利と考えている人が過半数を占めています。
街中にチェ・ジウがうようよ歩いています。目の保養に来てください。

By ソウルのM

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出雲 心の旅(その弐)

平城京に710年に遷都しましたね。その初期段階より国際情勢は緊迫していたのですね。順に歴史を眺めてみましょう。

・724年 聖武天皇即位 東北蝦夷反乱 陸奥国に多賀城築く

・728年1月 渤海国使者来訪する(以後34回 来訪する) 渤海国王 大武芸が唐に亡命した弟の大門芸の処遇に関し唐と戦争状態に突入する可能性を通達。

・729年 長屋王の変 藤原4兄弟権力握る 不比等の娘光明子皇后につく

・730年 引田虫麻呂 渤海国より帰国(渤日軍事同盟の提案を受けた形跡あり) この頃唐は統一新羅(以下新羅と記述)に渤海国討伐を命じる

・731年 日本の軍船300艘 新羅を襲撃する(井上秀雄先生”古代朝鮮”典拠,朝鮮側資料)

・732年 新羅使 金長孫来訪し聖徳王の言葉として今後使節は3年に一度しか来訪しないと通告。日本は真意を確認の為に角朝臣家主を同行させる。

日本朝廷は新羅、もしかすると唐連合との戦争事態を想定し即刻、唐王朝の真意を確認すべく遣唐使を派遣する事と戒厳令ともいうべき節度使の任命を行い戦闘準備にとりかかった。節度使とは軍備充実の地方監察官ですね。

・東海東山道 阿部房前 山陰道 多治比真人 西海道 藤原宇合 当時の最高権力者達の顔ぶれであり、如何に緊急事態であったか判る。

・733年 遣唐使として多治比広成が急遽 難波津より唐を目指す。途中、嵐に遭遇し蘇州に漂着する。そこで、既に渤海国の水軍が山東の登州を攻撃し唐・渤海が戦争状態に突入している事実を知る。

玄宗皇帝新羅に命じて渤海国の南境を攻撃させる。(雪のため失敗する)

・734年 大使広成無事に唐での役目を済ませ種子島に漂着する。副使の平群広成の船は難破しチャンバ王国に漂着。

・735年 渤海・唐は和解する、戦争状態は集結する。

・736年 九州から各地に疫病が蔓延する。そして、翌年に藤原4兄弟は疫病で没する。

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出雲 心の旅(その壱)

出雲という存在は、私が死ぬまで追い求める大いなる課題の一つです。日本の国家起源に関わるテーマであると思います。マキムクという場所で日本を統一するであろうクニが生まれたのは最新の考古学の発掘成果でほぼ間違いがない。

そのマキムクで神の存在であったのが三輪山ですね。その神は大物主(大国主)神と言われている。これは、出雲の神である。

そして、日本書紀・古事記では神話の時代の記述で1/3が出雲について書き記されているというではないですか。一体何があったのでしょうか?これらの歴史書は奈良時代初期の頃に編纂されました。

712年に古事記は太安万ロ、稗田阿礼(口述)で編纂、720年に舎人親王編纂で日本書紀成立ですね。その後に出雲国風土記が成立している。

ほんの20年前までは出雲からはこれという遺跡が発掘されなかったので、歴史家・考古学者の殆どはこれらの歴史書は虚構であると信じていた。しかし、昭和59年(1984年)出雲の荒神谷遺跡が発掘され銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が発掘され衝撃が走った。

しかも、平成8年(1994年)には荒神谷の南東3キロの加茂岩倉遺跡からは銅鐸39個が発掘された。

出雲大社の庭からは古代の柱が発掘され、三本束ねた柱は16丈とも32丈とも伝えられる高さの神殿が存在していた事を証明した。これで、出雲という存在が古代の日本列島に於いて如何に重要な場所であったか、新しい研究が始まったと思います。

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シモヤケ、アカギレの思い出

この週末は大寒波が日本列島を襲ったようだ。日本海側では積雪が凄いようですね。この冬はどうなるんでしょうか?心配です。

ところで、子供の頃を思い出すと冬になると、母とか姉二人はひどいシモヤケになっていました。勿論私も少しはシモヤケになり赤く腫れて指の太さが二倍位に膨らみましたね。姉二人は可愛そうな位にひどいシモヤケに罹っていました。

そして、それが割れると赤ギレというて血が滲んだり、とても痛そうで包帯を巻いていました。北河内の昭和20年代とか30年代はそんな風景が冬にはつきものでしたね。

夕方になると練炭に火をつける作業とか豆タンの火付けとか子供の仕事でした。米国に駐在した頃にバーベキューで豆タンを使用するんですが、久しぶりに豆タンに出会い、子供の頃の厳しい冬を思い出しましたね。

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師走の週末

師走の週末は皆さん御多忙のご様子である、が、私は暇である。

(電動機を飛ばす)

昨夜は可憐な女性の銀盤をみていた。15歳の少女の演技は確かに可憐でしたね。飛んだ時の姿が素晴らしい。年齢制限でオリンピックには出場できないそうだ。何でやろ?と、思いますね。

そんな訳で、今日は眠たくて早朝フライトにはならず、9時過ぎに新横浜の鶴見川に向う。太陽が眩しいので、サングラスというかゴーグルみたいな怪しいメガネで複葉機を自転車に載せてでかけた。

今日はプロペラのサイズを色々と試行錯誤で試してみた。電池が8セルの場合とか7セルとか6セルとかで段々と小さめのペラを試した。ラダー機なので、のんびりと静かに飛行させて楽しんだ。

(エンジンの始動テスト)

2005_12170097 実は今年最後の赤とんぼフライトが12月25日のクリスマスに千葉で開催される。そこで、昼に飛行機を専用バルコニーにだして、エンジンの始動テストを行った。

燃料を給油タンクに入れて、スロットルを最大に開き、スタータでプロペラを十秒から二十秒回転させる。そして、プラグヒータを点火プラグに接続し、スロットルを最小に開きエンジンの始動をかけるのです。

一発で大丈夫ですね、FL70エンジンが低い4サイクルエンジンのサウンドを鳴らしました。そして、スロットルを少しずつ開いて回転数を上げてゆきます。これで、大丈夫のようです。近所迷惑になるので、直ぐにテストは終了させた。

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2005年度 赤とんぼ写真集

2005年度の赤とんぼの合宿関連に関する活動記録は既に記録した。

2005年 赤とんぼ合宿総括記録

合宿を含む千葉での飛行会を含む写真集の総括目次について記録します。

2005年度赤とんぼ活動写真集(目次)

・1月9日  千葉飛行会

・2月12日 千葉飛行会

・3月20日 千葉飛行会

・3月26日 冬合宿

・4月16日 千葉飛行会

・5月連休 フライト

・5月30日 千葉飛行会

・6月19日 千葉飛行会

・7月15日 夏合宿

・8月27日 千葉飛行会

・11月3日 RCページェント尾島

・11月11日 秋合宿

以上が2005年度の活動記録写真目次になります。ほぼ毎月一度はフライト会を開催していた事になりますね。ご苦労様でした。

2005年度は未だ終わっていません、最後の大会は12月25日クリスマス・フライト 千葉が打ち上げになります。一年間、赤とんぼと愉快な仲間達にお付き合い頂き、有難うございました。

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師走の銀座模様

CIMG0149 CIMG0150 (銀座界隈)

寒波が襲来している今日この頃、東銀座で仕事をして同期の忘年会の会場である銀座4丁目にむかった。

シャネルのクリスマスツリーとか花屋さんとか、日本ではないような上品な風景が続く。銀座は昔からどこかエキゾチックな雰囲気を持つ場所である。30年前の未だ独身の頃には絵の好きな友人がいて銀座の画廊めぐりをよくした覚えがある。

CIMG0151 CIMG0152 見事なミキモト(真珠)さんのクリスマス・ツリーである。数名の若者が携帯のデジカメで撮影している光景に遭遇した。

このような光景が銀座にはそいらじゅうに展開されているのだ。そして、足早に出勤される夜の銀座のお姉さま達。

さて、今日は仕事のあとは昭和44年に入社した金融のオンライン仲間の忘年会である。

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12万アクセス記念記事

JoBlogを開始したのが2004年の4月ですから1年と8ヶ月経過しました、そして師走の12月に皆様からのアクセスが12万アクセスとなりました。一応、区切りと考えて記事を記します。

(Blogの思い出)

最初はniftyの社長の古河さんに勧められて、半ば強制的に始めたような記憶が有りますが最初はMuBlogのMu先生とか、ふうてん老人日記のふうてんさんに文章の添削をお願いしました。今でも、過去の記事の修正をしていますが、時折ミスをしてしまいます。皆様には申し訳ないと思っている。

この歳になると、昨日の事さえも忘れる危さですが、日記に記せば忘れませんね、これは凄い事だと思います。もっと昔からBlogを始めておれば、楽しかった思い出も残せたのに、と思います。

Blogで今でも悩む事はプライバシーの事とセキュリテイの事ですね。最近のご時世は怖い世の中ですので、孫の事や家族の事そして友人のプライバシーとセキュリテイです。これが一番難しい悩む事ですね。

非公開であれば、何でも書けるような気がするし本音とか裏情報とか色々と面白い事も書けるんでしょうが、公開ですし、自分を明らかにして書いていますので、パブリックが前提となる発言しか出来ません。

私のように日本で育った人間は子供の頃からの教育であまりパブリックという意識の教育を受けた記憶が有りませんので、難しいんですね。米国で一時期住んでいましたが、米国では子供の教育でこのパブリックという意識の教育がされているように思います。

そういう意味では還暦近くになって遅ればせながら、訓練を積んでいると考えています。勿論仕事の分野では私もパブリックという立場を否応なしに経験しましたし、法人としてのパブリックは経験しました。

そういう意味では、Blogは日記というよりも自分がこの娑婆の世界でめぐり合った縁のある人々とのパブリックな関係記録として成長する分野なのかな?所謂、連歌の世界が展開される場と記録というものになるのかも知れない。

   

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ラジコン往来

先日にハイドロフォームの自作機を頂いたグライダーの沖川三郎氏のホームページに不思議なリンクが張られた。

鉄道模型 ジオラマ

ドア一枚分相当の大きさのジオラマを制作されている。懐かしい給水塔であるとか、古い民家も再現され懐かしい世界に引き込まれそうである。今まで、沖川氏からは鉄道模型の趣味について聴かされていなかった。

どうもラジコン飛行機を作る趣味の人と鉄チャンとは同じ人種なのだろうか?私も子供の頃から蒸気機関車には憧れたものである。しかし、此処までジオラマを制作し自分の憧れの世界を制作するまでは行かない。

ホンマ、驚きましたね。

(中国製ハイテク電動機)

今月号のラジコン技術誌で以下の広告がでていた。

         

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関東晩秋模様

CIMG0146 CIMG0147 冬の季節が訪れると、空気が澄み遠方まで眺めが良い。巣鴨のビルの13階からの眺めである。左は上野の不忍池方面を眺めた写真である。

右は東京ドームが真中に見えますが皇居方面である。左右で一枚の写真とみて頂いて結構です。しかし、建物が多いですね、こないに東京は建てこんでいるんですね。

CIMG0148 この写真は地平線?に幽かに筑波山が見えるのですが、写真では判り難いですね。冬になると筑波山がくっきりと見えるんですがね。

場所は巣鴨といいましたが、正確には文京区の六義園の隣の建物です。今回は六義園の写真は有りません。

江戸幕府が開かれた頃でも未だ湿地帯が広がっていたんでしょうね。しかし、上野の山から高台はここ六義園の柳沢吉保の邸宅まで続いていたんではないでしょうか?

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モータパラグライダー

昨夜はNHK特番で今回の”新シルクロード”の目玉であった、モータパラグライダーからの撮影について楽しい番組が放映された。

(パラグライダー)

パラグライダーは何時も赤とんぼが夏合宿を開催する栂池スキー場で教室が開かれている。大きな落下傘のようなパラシュートにぶら下がって斜面を降下してくる。しかし、実はパラグライダーとは名前の通りにグライダーなのだ。

パラシュートに見える部分は翼の形をしていますね,クラークYの翼形をしています。従い浮力が出る構造なのですね。そして重心位置に人間が存在するという構造です。飛行機で言えば全翼機に分類されるんでしょうね。

(モータパラグライダー)

背中に200ccのエンジンを背負い推力50キロ程度のプロペラを回してパラグライダーを飛ばすのを、モータパラグライダーと言うそうだ。パラグライダーでは高度を上げるににはサーマルという上昇気流を捕まえるしか方法は無いが、これだとエンジンを噴かす事で上昇可能となる。

NHKの番組では10キロのハイビジョンカメラを持っての飛行なので、エンジンと合わせると30キロから40キロになるのでは?と思う。しかし、一度浮上すると重力は人間に懸からないので、しんどい事は無いだろうと思う。

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最近巷に流行るもの

最近、仕事の関係でブライダル市場を少し調べる事になった。少子化が進み数年前は年間に110万組程度が結婚式をしていたそうだが、今や70万組程度まで低下してるそうで、厳しい世界とか。

おまけに、披露宴にもお金をかけないカップルが増え、業界が厳しいそうだ。結婚式は教会で行う人々が70%を超える現実に私は驚いている。結婚式は教会で、初詣、七五三は神社で、葬式が仏教なんでしょうかね。妙な国ですね。

(ゲストハウス・ウエデイング)

2005_12110095 2005_12110096 最近の新横浜の鶴見川のフライト場所付近を通りがかると写真のような建物ができたようだ。

これは、最近のブライダル市場で急成長を続けているゲストハウス・ウエデイングの建物である。

会場を貸しきり、若い新婚さんの個性ある結婚式と披露宴を演出できるという事で人気をはくし全国に広まりつつあります。

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早朝の籤引き W杯組み合わせ抽選会

今日は朝の5時半に起床し、ドイツのライプチッヒで行われているW杯組み合わせ抽選会のライブを観た。ライプチッヒは今年の夏に滞在した場所でもある。

ゲーテ街道の旅 ライプチッヒ

(日本はF組)

対戦国は初戦が6月12日にオーストラリアである。場所はカイザースラウテルンである。今、手元にはドイツ紀行時に購入したワールドカップの開催地図が手元にあるので、点検する。ホホ~~、フランクフルトの西南方向でルクセンブルグとフランス国境に近い場所である。

2005_12100099

この写真では判りにくいが、左下のサッカーボールの図の場所で、ルクセンブルグとフランスの国旗が描かれている場所の一番近い場所のボール位置である。ドイツの西南の場所ですね。

6月18日にはクロアチアと戦う、場所はニュルンベルグである。ドイツ最南端にあるミュンヘンとフランクフルトの中間地点である。予選最後はブラジルである。

場所はドルトムントである。場所は西北部のケルン近くネザーランド国境近くである。

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金平糖

CIMG0141 今日は久しぶりに同期の和田浜さんと凌霜クラブでお会いした。夕方には先輩と帝国ホテルで待ち合わせ、ラウンジで仕事の打ち合わせをして、帝国劇場に向った。

先日、NHKの”プロジェクトX”では宝塚の救世主”ベイルサイユの薔薇”の話をしていたので、ついでに宝塚劇場に立ち寄り、どないな盛況ぶりかを観察した。丁度、幕が下りた時刻なのか仰山な人々が玄関から出て来られていた。

殆どが中年の女性と見受けられましたね。そして、キップの売れ行きを観察すると来年の1月迄殆ど完売の様子である。安い席は少し空いているがSS席は完売の様子である。

来年には、5年振りに”ベルサイユの薔薇”が企画されているそうだが、キップを獲得するのは大変だろうな~~~と、思った。この人気は何なんだろうか?

帝国劇場でも芝居が開催されているが、これも人気である。そこで、地下2階に下りて神戸大学の”凌霜クラブ”のドアを開けた。既に、引退されたようなOB諸氏が同窓会をされていた。ここは、出光佐三氏が寄贈されたように聴いているが、詳細は知らない。

(金平糖の話)

和田浜さんが来たので、食事と酒を注文し久しぶりに再会の宴を開催した。話は、帝国ホテルが近いので、ついつい先日の紀宮さまの婚礼の話になった。そして、金平糖の話である。

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追悼記事(2005)

今年も、昔の仲間と先輩が身罷り追悼の記事を書く事になった。もう来年は還暦を迎える歳なので、だんだんとこのような記事が増えるのも仕方ないのか?と思います。

・故正井君の思い出

・筒井六広君追悼の辞

・ふうてん老人特別寄稿 ”同僚の死につき編”

・巨星 中原さんの思い出

・32年前の課員名簿

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個人的な事(2005 下期)

2005年は個人的には波乱の年でした。来年は戌年なのできっといい事が起こると安心しています。そう、来年は還暦を迎えるのです。

・個人的な事(2005 上期) 目次編

・個人的な事(2005 下期) 目次

・梅雨はどうなった?

・今日の料理 スルメイカ編

・謎の衝立戦闘機

・無駄な一日だった

・お盆も終わりましたね

・10万件アクセス記念

・700番目の記事

・急に寒くなった

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昔懐かしい話(2005年版)

新横浜のラーメン博物館は人気があるそうで、昭和30年代の懐かしい風景を再現しているらしい。ちびまる子ちゃんの世界も確 か百恵ちゃん、ヒデキの懐かしい時代が背景である。最近は昭和の時代が皆さん懐かしいらしく、映画とか色んな分野で評判である。

そこで、昔懐かしい話を少し集めてみました。

・山の愛唱歌 山の友よ編

・昭和20年代の風景

・お茶の花

・何故世界中で動物の鳴き声が異なるのか?

・銀杏あれこれ

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人物往来(2005下期)記録集

一期一会の出会いから長く縁が有りお付き合いさせて頂く人もあり、生きているのが本当に幸せと思う時があります。人の出会いは宝です、お金を積まれても人の出会いは出来ない。

・人物往来(2005 上半期)記録集

・人物往来(2005 下半期)記録

・台風一過オリーブ去る

・PARFAIT雑貨店 開店

・オホーツク紀行 読後感想

・感謝の会 至弘さん

・友人の息子の国際結婚

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日本人の精神風土(2005 下期)

海外の人と一緒に生活するとわかりますが、空気のように感じていたものに大事な事が有ります。そんなものを、日頃考えておりまして、大事に育ててゆきたいと考えています。

・日本人の精神風土(2005 上期) 目次編

・日本人の精神風土(2005 下期) 目次

・鳥居について

・聖水信仰

・伏見人形と甲子園球児

・理想の家庭 漫画の世界から

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世間時評(2005 下半期)目次編

2005年という年は、日本では色んな事がありましたね。衆議院解散とか異常気象とか個人の株投資への加熱とか、色々ありました。

・世間時評(2005 上半期) 目次編

・世間時評(2005 下半期) 目次

・黒潮大蛇行

・jetBlue Airways

・株から経済を勉強しましょう

・Deep Impact 彗星に命中する

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古代史(2005下期版) 目次編

今年も古代史関連の記事は多く書きました。今年も考古学の分野では多くの発掘成果が有りましたね。

最近では、蘇我入鹿の邸宅跡の発掘とか、実験考古学では継体大王の陵墓として考えられている、今城塚古墳迄、はるか瀬戸内海航路を使い古代船で阿蘇の凝灰岩で出来た石棺を運ぶ一大プロジェクトも有りました。

2005年の古代史関連記事について目次を編成しました。

・古代史(2005年 上期版)目次編

・古代史(2005年 下期版)目次

・イワレ彦と磐と柏 信仰

・磐之媛民間第一号皇后

・蘇我蝦夷・入鹿の墓

・日本の人口と歴史

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猛暑お盆奮闘記(2005) 目次編

2005年の夏は猛暑であった。お盆休みは京都の家内の実家に夜行バスで帰省し、奮闘する事になった。その時のJoシェフの奮闘記である。

・お盆が近い

・炎天下 倒れそう、猛暑なり

・お盆休みします

・熱いお盆の故郷

・お盆始末記(2005) その1

・お盆始末記(2005) その2

・お盆始末記(2005) その3

・お盆始末記(2005) その4

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旅関連(2005上期)

誰にでも何処かに、旅にでたいという気持ちがあるのではないでしょうか?近くの場合もあれば遠方の場合もあるでしょうね。ず~~と憧れていて、未だ実現しない旅もあれば、資料を集めて旅に出た気持ちになったり、空想だけで旅を満喫する場合もありますね。

子供の頃から、ボーイスカウトやワンゲル部に入部したりして旅が好きであった私はこの歳になっても旅に憧れます。

・九賽溝 憧れ

・巡礼の旅について

・神保町ミロンガ

・ブルゴーニュに行きませんか?

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日本人の精神風土(2005上期)

日頃気がつかない空気のようで、当たり前に考えている事が海外の人々からは、不思議に思われることが有ります。これは、精神風土というものではないでしょうか。

海外生活を経験した人には、心あたりがあると思います、説明が論理的に出来ない場合が多いのですね。けど、その背後には長い日本列島での環境と歴史が控えている事が多いと考えます。

2005年上期の関連記事をまとめました。

・日本人は何故、土産が好きか?

・JALパックのルーツ

・兔狩りの思い出

・文明と老人

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個人的な事(2005年上期)

時折、自分の身の回りの事を書きます。しかし、自分のことは書いても自分で責任は取れるが、身内の事にはなるだけ触れないようにしている。(時折筆がすべり叱られる)

・故郷の道

・歯痛の話

・母校 枚方第三中学校

・Jo貧乏料理 冷やし中華編

・趣味の料理人 Jo

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世間時評(2005上半期)目次編

時折、世間の事について語りました。2005年上半期の関連記事の目次です。

・世界の老後生活観

・経済合理主義と古代精神文化

・平成の国際戦国時代

・夢の美術館

・もののけパソコン 幻想

・日本の現状 大きな踊り場(1)

・日本の現状 大きな踊り場(2)

・公共サービス 住民票編

・図書館が便利になる

・国歌随想

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古代史(2005上期版) 目次編

200年度上期における古代史関連の記事の目次です。

・週末の書斎

・平安京以前の京都は?

・平泉を偲ぶ

・日本人と稲作

・鳳凰と長江稲作文明

・龍の文明・太陽の文明

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人物往来(2005上期) 記録集

2005年も縁がありて、何人かの人と知り合いになれました。時折、歴史の人もおられますが、人物往来という事で記事を纏めました。2005年度上半期になります。

・極北の哲の田舎には負けた

・気功の藤田さん

・サロベツ原野育ち 哲ちゃん

・悠悠自適のおにいさん

・同期の友からの便り

・職人気質 池波正太郎

・40年前のラジコン飛行機

・菜の花の好きな親爺

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宴会(2005上半期) 記録集

さて、2005年度も沢山の宴会に恵まれた。(笑)沢山、有りすぎて上期版を纏めてみた。

・ワンゲルと同期5名 in 蒲田

・友 西安より帰国する

・歓送会多し

・本橋さんソウルに赴任する

・下北沢界隈

・海外駐在者の会合

・銀座再会

・通信の仲間達 恵比寿We

・京都からの客人

・狐の嫁入り

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Jo君の歴史彷徨シリーズ 目次編

私は子供の頃から歴史が好きでした。生まれ育った環境が招堤村という場所で、樟葉、長尾、田辺、石清水、交野、枚方、と古代史に登場する大和朝廷の根幹に関わる重要な場所で生まれ育ちました。

恐れ多くも、皇室系譜において、歴史学者が確実に辿れるのは継体大王までと多くの学者が意見を述べています。それ以前は王朝が交代した可能性が大きいと言われています。その継体大王が即位されたのが、樟葉の宮であります。

そんな環境で育ちましたので、日本の古代史に関しては還暦を迎えようとする歳まで、延々と憧れと憧憬が続いたのですね。そこで、これから10年かかるか判りませんが、私の考える、私説、古代史を記録したいと思います。

・Jo君の歴史彷徨(1)

・Jo君の歴史彷徨(2)

・Jo君の歴史彷徨(3)

・Jo君の歴史彷徨(4)

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三輪山セミナ(2005) 記事目次編

今年も、三輪山セミナーに参加した。昨年より年に一度は東京でセミナーを開催していただけるので、楽しみにしている。

・昨年のセミナー 三輪山セミナー2004 "出雲と三輪山”

・三輪山セミナー(2005) 御案内

・三輪山セミナー(2005) その壱

・三輪山セミナー(2005) その弐

・三輪山セミナー(2005) その参

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邪馬台国への旅 古本より(2)

NHK取材班が調べた30年前のドキュメンタリーで面白い事実が数箇所有りました。主に朝鮮半島西部、南部の習俗と海岸の自然です。

(干満の差が11メートル)

帯方郡があった今のソウル近郊の仁川(インチョム、空港がありますね)の港から船は朝鮮半島の西側を航行するが、何と、干満の差が11メートルもある。世界第二位の落差の潮の干満差だそうだ。

それが、6時間間隔で繰り返すので、一時間で2メートルも海面が上下する。引き潮で海に漕ぎ出し、満ち潮で陸を目指す航法でなければ、古代の船は航行できない。ジグザグに沿岸を航行する。

昔、百済救援に向った船団が扶ヨ(百済の王都)の錦江、白村江の海戦で敗れたのもこの朝鮮半島西海岸の干満の差を熟知していなかったからなのかも?と、推理がされますね。

世界地図を眺めると確かに黄海は大きな湾である。朝鮮半島とユーラシア大陸に挟まれた湾である。そこに、黒潮というか赤道から北上する潮の流れが入り込むようだ。古代の船では航行が大変であったと想定されますね。

(モガリの風習)

記紀によれば神話の時代から歴史時代まで、延々と大王を始め王族が身罷るとモガリを行う風習が有りました。何年間も遺体を埋葬せずに棺桶のまま葬送の儀を続けるのだ。実はこの風習が朝鮮半島には古くから存在するそうだ。

李朝末期まで広く朝鮮半島では存在していた。三年ほどして綺麗に洗骨の儀式をして埋葬するそうだ。しかし、これは台湾、江南地方にも存在する風習であり何処がルーツか究明されていないそうだ。今でも珍島では草墳といい遺体に藁を被せて数年間放置する風習が残るという。

しかし、変死者や年少者の場合は行わないそうだ。即刻に埋葬するそうである。そういえば、蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇は即日に埋葬されたと記録にありますね。

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テレビ・新聞感想 2005年下期版

2005年度、下期のテレビ・新聞関連の記事をまとめました。しかし、琉球への旅とか、ドイツへの旅とか夏合宿、秋合宿とイベントが多く、テレビはあまり観てないようでした。

・大王のひつぎ実験航海

・大王のひつぎ実験航海 遂に

・出光丸 番組感想

・イランに勝利 国民新党旗上げ

・近代登山と山信仰

・ドンマーインさまのご結婚

・700番目の記事

・新説 地球の歴史

・甘樫丘東麓遺跡 建物跡出土

・紀宮内親王ご結婚

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テレビ・新聞感想 2005年上期版

2005年度の上期に観たテレビ番組とか新聞記事に関する感想記事の目次です。テレビはあまり観ませんが、NHKの番組は時折面白い番組が有りますので、観ています。

・NHK大化の改新 楽しむ

・NHK新シルクロード 楽しい(1)

・龍の文明・太陽の文明

・鳳凰と長江稲作文明

・今日のテレビ番組

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2005年 赤とんぼ合宿総括記録

2005年度の赤とんぼ合宿を総括したい。以下関連記事を記録します。

・新春赤とんぼ評定(新年会)

・岩岳”ちんぐるま”想いで

・冬合宿について

・冬合宿 準備

・2005冬合宿 始末記(1)

・2005冬合宿 始末記(2)

・夏合宿2005 迫る

・2005年 夏合宿始末(速報版)

・2005年 赤とんぼ夏合宿

・2005夏合宿 事件簿

・2005夏合宿 (続)事件簿

・2005夏合宿 三浦写真館

・明日はRC航空ページェント

・2005年RC航空ページェント報告

・2004年秋合宿回想と今年は?

・晩秋の北安曇村

・明日より2005秋合宿

・2005秋合宿報告 速報版

・2005秋合宿 事件簿

・2005秋合宿 YSさん写真集

・赤とんぼ写真集 三浦編(1)

・赤とんぼ2003年の想いで 

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琉球紀行 記事目次編

2005年、夏、琉球大学に在学している息子のオケ部が演奏会を開催するので出かけた。大学在学時代としては、最後の演奏会になるかもしれないという事もあり、重い足を向けた。

息子はバイオリンに凝っている、最近は随分と上達したそうだ。誰も今では信用しないが、実は私も小学校の低学年の頃にはバイオリンを習っていたのだ。母がバイオリンが好きで無理やり私を習わせたようだった。

ともかく、琉球でついでに夏休みをとる事にした。以下記事では息子のオーケストラの話はでません、私の夏休み記録になりました。

 ・琉球紀行(1) プロローグ編

 ・琉球紀行(2) 暮らしと生活(1)

 ・琉球紀行(3) 暮らしと生活(2)

 ・琉球紀行(4) 暮らしと生活(3)

 ・琉球紀行(5) 無人島編

 ・琉球紀行(6) 道ジュネー

 ・琉球紀行(7) 最終回

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電動機 再開する

2005_12040094 (ブラシレス、リポに進化)

カッチンさんと早朝フライトで新横浜です。今日から電動機を再開しました。しかし、システムはブラシレスモータと電池はリポ電池です。

昔のノバ機のQRPのニッカド電池の400クラスモータを取り外し、新しく購入したQRPのブラシレスモータに置換し、スピコンもブラシレス用に変更した。

写真の電池はリチュームポリマー電池3セルである。約11ボルトである。これで、15分は飛ぶ筈である。

2005_12040096 昔の400クラスモータ(ブラシモータ)よりも小柄なモータであるが、垂直上昇が出来るほどに力がある。グイグイと機体を引っ張るのはまるでエンジン機のようだ。

大きな演技も可能であり、久しぶりにノバの見事な飛行を堪能できた。これで、2万円程度でレベルアップ出来たそうだ。Ysさんの助言による。

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邪馬台国への旅 古本より(1)

先日、師走の神保町の古本街をウロウロしていた、忘年会の時間待ちの為である。面白い本を見つけたのである、しかも100円の古びた本であった。

”NHK取材班 邪馬台国への旅” 昭和50年9月に最終回が放送された歴史ドキュメンタリー番組の製作者達が書き残した記録である。卑弥呼の時代の船を再現し仁川から福岡までの航海を再現する旅である。

昭和50年というと私が大学を卒業して入社したのが、昭和44年ですから28歳の頃、今から数えると、え~~と、59歳引く28歳だから31年前位の時代である。丁度、ベトナム戦争でサイゴンが陥落した頃ではないでしょうか?

最近NHKがとやかく批判を受けているようですが、私はNHKのドキュメンタリー番組を制作する連中には素晴らしい人材が揃っていると今でも確信しています。

歴史学者がいくら魏志倭人伝の書物を読んで、アレコレ研究しても所詮は机上の話である。その点、当時の古代船を埴輪から復元し、実際に漕いで海を渡ろう、そして、途中の島々の古い古俗と歴史の痕跡を探り歴史の遡る糸口を見つけようという態度には賛成である。

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鯖と根菜の味噌煮

見た目は悪いが、美味しい煮物が出来た。

2005_12010096 (制作プロセス)

先ず、鍋に昆布を入れ水をカップ4杯程度を入れて、沸騰させる。そして日本酒を適当に入れて再度、沸騰させる。そこに一匹の鯖を四等分に切り投入する。同時に生姜も輪切りにして投入する。

そして、鯖が表面が白くなると、筍と大根と木綿豆腐を投入する。暫く様子を見て弱火でじっくり煮込み始める。

砂糖を入れ、酒を追加で注ぎ味噌を入れる。これから、じっくりと煮込み始めるのだ。一番弱火にして煮込み、時折、気が向いたら酒を入れる。(最近、我が家では味醂が無いのでテカリは酒に任す)

一時間半ほどすると写真のような、ブサイクだけど凄い旨い”鯖と根菜の味噌煮”が出来てしもうた。これは、私のオリジナルですが結構、美味しくて成功でしたね。寒い日で鍋に飽きたときには是非どうぞ。なんてね。

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銀杏あれこれ

CIMG0136 CIMG0137 文京区の旧理化学研究所跡地の立派な銀杏です。

実がならないので、雄株だと思いますが、立派な木で惚れ惚れしますね。先日は三四郎池と東大構内を散策しましたが、東大のシンボルも確か銀杏の葉であったと思います。

(銀杏の歴史)

先日、テレビで銀杏の歴史を特集した番組が有り興味を覚えました。銀杏は生きた化石と言われるほど古い、恐竜時代に繁栄したそうですね。その後、恐竜の絶滅と同じく地球上から姿を消す寸前まで危機を迎え、僅か中国の一部で絶滅を逃れたそうです。

日本には中国から平安時代、鎌倉時代あたりに伝来し、17世紀末に長崎出島に来ていたドイツ人ケンペルが1693年にドイツに持ち帰り、伝えたそうです。彼は銀杏(GINKY0)と聴いた音のスペルを間違いGINKGOと書き記し、そのまま今に伝わるそうだ。

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