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伏見人形と甲子園球児

私の姉と家内の実家とMuの旦那は木幡にお住まいである。直ぐ近くに伏見稲荷神社があるんですね。そこは深草という場所です。お祭りでは雀のピン焼き(丸焼き)を売っているのが印象深いのですが、実は有名な伏見人形というのがあるんです。

(伏見人形概説)

今は全国各地に土から制作した土人形がありますね。実はその故郷がこの伏見人形なんです。江戸時代の初期にここ深草の陶土を使い製作され伏見稲荷の参拝客に売られたのが始まりだそうです。

考古学者の森浩一先生はお近くにお住まいですが、干支の伏見人形を全て買い求められたそうですね。そして、全国に江戸中期から広まったそうです。

実は、この深草という場所は雄略大王の時代(5世紀)に渡来系の秦氏がヤマト朝廷から陶土が素晴らしいという事で譲り受け、土師氏を住まわせていたそうだ。そういう意味では、土人形を制作出来る土壌があったわけですね。

(何故伏見稲荷では人形?)

これは、森先生の書物によると、参拝する人々が稲荷神社の土を参拝の帰りに持ち帰り自分の田圃とか畑に埋める信仰があったそうだ。神のご加護を得て豊作を祈念する信仰が存在したという。

そこで、伏見稲荷神社にビジネスマンがいたんでしょうね、この稲荷の土を使い土人形を作れば売れるんではないか?雄略大王の頃より陶器を作る技術者は存在するし、土は陶土である。

これが、ヒットしたそうです。土を持ち帰らずにこの伏見稲荷神社の土で出来た人形を参拝者達は買い求め、田圃とか畑に埋めたそうです。発掘すると本当に伏見人形が田圃から見つかるそうです。

(そこで甲子園)

私は、高校球児たちが甲子園球場で何故、グラウンドの土を持ち帰るのか不思議でした。森先生の伏見稲荷と土人形の書物を読んで初めて気がつきました。これは、日本人の先祖から受け継がれた信仰なんだと。

球児にとり田圃は自分達の高校のグラウンドなんですね。そこに、甲子園の土を埋める。誰かに教えられた訳でもないのに、純粋無垢な高校生が行う無意識の行動は日本の古い信仰だったんですね。

そこで、何故甲子園球場では甲子園の土で制作した人形を作る事をしなかったのか?はい、それは砂やからね。陶土とは違うので、嘘がバレバレになるからだそうです。(笑)

しかし、そろそろ年末、お正月には皆さん神道でも仏教徒でも無いのに初詣しますね。この信心を自分では意識していないのに、信者の行動をとるのは外人にとり一番怖い民族であると映るそうですよ~~~~。

参考文献

・伏見稲荷神社

・伏見人形(1)

・伏見人形(2)

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Comments

甲子園の土

 阪神ファンとしては気がかりな記事だったのでGoogleに聴きました。

現在の甲子園の土は、鹿児島県の火山灰を多く含んだ土と、中国・福建省の砂をブレンドしているそうです。この絶妙のブレンドが、水はけが良い甲子園のグラウンドの秘密なのです。

 とありますね。
何故球児たちが土を持って帰るかの解説はJOさんの稲作民族伝承説に任せますが、確かに(甲子園名物土人形)を作るのには向いていない土質のようではあります。
水で捏ねようにも何しろアナタ(水はけが良い)わけですから、どないもならへん。

 しかしねえ、中国・福建省ときましたね。
ち~ともしらんかった。
JOさんの記事のおかげでええ勉強させてもらいました。

 謝謝(シエシエ)。

Posted by: ふうてん | 2005.11.17 03:53 AM

 Joさん
 土信仰・・・日本的で分かりやすいね~ご利益があればどれでも、何種類でも信仰してしまう。お賽銭箱があれば、お寺であろうが神社であろうが、手を合わせて頭を垂れている。信仰と宗教はまた違うんでしょうね・・・

 甲子園の土を記念に所有するのでなく、自分の学校のグラウンドに撒く。甲子園、再出場信仰?

Posted by: | 2005.11.17 11:10 AM

ふうてんさん

甲子園の土は鹿児島と福建省とは知りませんでしたね。水はけの良いグラウンドを作るのは大変なんですね。

私は須磨かどこかの海岸の砂でも使っているのか?と、勝手に考えてました。何事も奥が深いんですね。

最近の都内の学校の校庭には土が見当たりませんよ!舗装されてるようですね。砂煙が立つし、泥だらけになるので土はやめたんでせうか?なんか、淋しいもんやね。

Posted by: jo | 2005.11.17 11:53 AM

テッチャン

テッチャンも正月は神社を梯子する方でしょう?なんせ、仰山のご利益を貰おうとするからなーー?ホンマ、お陰で神社は儲かるけどね。

この、埋納信仰というのはメチャ古そうやね。縄文時代の子供の遺体を竪穴住居の入り口に埋める風習とか、例の銅鐸を埋める風習とか、中世の銭を埋める風習とか、・・・数限りないようやで。

出雲地方では大黒柱の下に玉鋼を埋めるそうやからね。

さて、テッチャンのお家の庭には何が埋まっているんやろ?

Posted by: jo | 2005.11.17 12:02 PM

伏見稲荷、古い歴史があるんですね。
以前興味を持ち、この記事でまた興味が湧きました。

Posted by: Mu | 2005.11.20 02:00 PM

Muさん

今日は帰りに、伏見稲荷はんに立ち寄ろうかと思いましたが、十分な時間が無かったのと、今度、是非、ご一緒に探偵団として謎の究明に御一緒しょうと、思いやめました。

Muさんも、大学の行きかえりの途中でしょうから、是非、偵察しておいて下さい。秦氏と深草と稲荷と土人形についてね。(笑)

Posted by: jo | 2005.11.23 03:21 PM

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