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ドイツ紀行(ゲーテ街道)心の旅(7)

ドイツ紀行では二箇所、ユダヤ民族に対する過去の記念碑とも言うべき場所を訪れた。詳しくは判らないが、ドイツ国内には沢山このような場所が有るのではないか?と、想像されます。ドイツ人が過去の重大な過ちをどのように捕らえているか?どのように、歴史に残しているか?断片の一部であろうが紹介します。

ライプチッヒでの記念碑

CIMG0022CIMG0023ライプチッヒに滞在していた時に訪れた、ユダヤ教会跡における記念碑です。宿泊していたユースをでて息子と二人で早朝のトーマス教会を訪問しようと歩いていた時に偶然に遭遇しました。
最初は整然と並べられた椅子だけが、広場にある。廻りの空気が静まり返っているんです。何だろう?と、少し不気味ですが近寄り其れが、教会の椅子である事が判りました。記念碑にはドイツ語と英語で書かれていたので、幸いにここが何なのか?判りました。

ここに、ユダヤ教会が存在していたのです。そして、このライプチッヒでは1万7千人のユダヤ人が殺害されたのです。整然と並んだ椅子を眺めていると、涙がとめどもなく流れてくるのですね。

廻りに囲いも何も無い、椅子も固定されているとは思えない、雨ざらしの広場にただ並んでいる。これは、毎日誰かが面倒をみないと維持出来ないのでは?誰かが悪さをしないのだろうか?永遠に私達はここで過去に起こった事を忘れませんよ!この椅子一つ、誰かが壊したら街の人々みんなの責任ですよ!何か、そんな気持ちになりました。

ユダヤ民族博物館(ベルリン)

CIMG0050CIMG0053ベルリンでは是非、ユダヤ民族博物館を訪問したかった。写真の建物は旧ベルリン博物館ですが、今はユダヤ民族博物館の入り口になっており、隣に近代的な建物が建っている。この1999年9月9日に竣工した博物館はポーランド生まれのユダヤ人建築家ダニエル・リベスキンド氏により設計された。彼は、家族をホロコーストで亡くしている。

この博物館ではベルリンとユダヤ民族との関係について語っている。私のいくつかの印象について述べてみます。

(亡命と移住の間)

当時ドイツには50万人のユダヤ人が存在したが、終戦時には1万人強しか存在しなかったそうです。多くはホロコーストに送られたり、他国に亡命したのですね。床が斜めになった部屋には当時の亡命した人々のパスポートとか、写真とか手紙が展示されています。床が斜めですので、三半規管がおかしくなり、不安と目の前のものが正常には見えない錯覚に陥ります。ユダヤの人々の当時の不安と絶望を感じさせます。

(ホロコーストの塔)

門番がいて数名しか同時に入れない部屋が有ります。鉄の大きな重い扉を開くと、狭い空間でコンクリートの打ちっぱなしの壁が、四方から斜めに10メートル聳えており、明かりは上部にあるスリットから差し込む僅かな光しか有りません。恐ろしい強迫観念と不安に襲われる気持ちになりました。

CIMG0052(ホフマンの庭)
斜めの斜面に高さ6メートルのコンクリートの柱が49本建ち並ぶ庭が有ります。柱のてっぺんにはオリーブの木が植えられており、真中の柱にエルサレムの土、周りはベルリンの土で育てられています。迷路のような柱の間を歩くことが出来ます。

(シャレヘース) 落ち葉の部屋

この部屋が一番、感動しました。床一面に分厚い鉄板から刳り貫いた顔を踏みつける部屋なのです。部屋は長方形で先に進むとだんだん狭くなり暗くなります。踏みつけると鉄の顔同士が擦れて、音がするのです。顔はさまざまですし、子供と思われる顔もあります。歩いていると、なんだか涙が止まらなく、直ぐに部屋を出ました。

鉄で出来たもの、人間が文明として作り上げたもの、その悲劇なのでしょうか?あの顔の人々は生きた木から枯れ落ちたののかも知れないが、枯れても、鉄の意志で語り継ぐというメッセージなようなものを感じました。

確かこの建物を設計した建築家はニューヨークのグランドゼロの記念碑の建物を設計されるそうですね。私は、過去の悲惨な出来事をこれほど、レベルを高く表現というか、芸術の極地まで昇華した記念館は初めての経験でした。

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Comments

(落ち葉の部屋)

 博物館の隣の写真が、落ち葉の部屋の写真なのでしょうか。

 ユダヤ民族博物館というのは、ユダヤ人の悲しい歴史についての展示がされているもの、と想像していましたが、見学者がそこでユダヤ人の味わった恐怖や哀しみを実体験するような場所でもあるんですね。
 そういう表現方法もあるのかと、驚きましたデス。

Posted by: wd | 2005.09.26 03:27 PM

wdさん

そうです、旧ベルリン博物館の建物の右側の写真が、落ち葉の部屋の写真です。

写真は気持ちでは撮れない状況でしたが、一枚だけ有りました。

当時、日本のリトアニアの外交官の杉原千畝(ちうね)さんが6000人のユダヤ人にパスポートを書き続けて、ナチスから救済した話は有名ですね。

彼の話を思い出しながら、日本人も素晴らしい人がいたんだと現場では考えていました。

大変参考になる博物館?、というか、生きてる何かを強烈に感じました。

Posted by: jo | 2005.09.26 05:16 PM

 ナチス、ユダヤ、キリスト・・・宗教?難しいです。キリスト教も、ユダヤ教もイスラム教もそうですよね、正しい神は自分だけで、他の神を排除?

 宗教に占領?をイメージしてしまう哲です(>_<)

Posted by: | 2005.09.26 08:48 PM

てつちゃん

ところで、ユダヤ人でユダヤ教以外の人っているんやろか?
聞いたことも、調べた事もないけど不思議やね。

以前、blogの記事に書いたけど、昔、考古学者で歴博の館長しょてはりました、(故)佐原真(さはら まこと)さんの口癖を思い出します。

”人間が宗教と農耕を発明して以降、戦争が始まった。”

因果なもんやね。

Posted by: jo | 2005.09.27 09:18 AM

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