« ドイツ紀行(ゲーテ街道) 心の旅(2) | Main | ドイツ紀行 番外編(ソウル) »

ドイツ紀行(ゲーテ街道) 心の旅(3)

今日は、憧れのハイデルベルグに行きましょう。6時に起床し6時30分には朝食。7時前にはフランクフルトの駅に到着です。荷物は夕方まで、ホテルで預かって貰う事にしました。

フランクフルトから南に約1時間程南下した路線にハイデルベルグ駅は有ります、時刻表を見て出発です。ここで、あらかじめ、ライン川の配置を説明すると、ライン川はアルプスを源流にドイツの西側を南北に流れています。南がアルプスですね。

フランクフルト近郊においてMainという川がライン川に注いでいます。フランクフルトはそのMain川の合流近辺に出来た都であり、ライン川を再度南下遡上すると、そこにNeckar(ネッカー)川がライン川に合流します。その合流近辺に出来た都がハイデルベルグなんですね。

さて、写真はマイフォトを参照して下さい。ドイツ紀行 ハイデルベルグ編

CIMG0051この写真はハイデルベルグ城からネッカー川とハイデルベルグの街並みを見下ろした景色です。
何かイタリアのフィレンチェを思い出す風景ですね、しかし橋はベッキオ橋ではなく、カール・テオドール橋です。
この城は14世紀から建造されているので、約800年間は見下ろしている勘定になりますね。この街にドイツ最古の大学がこの城と同じ頃に創建されあまたの研究者と芸術家を生み出したのです。

CIMG0054城は、一人3ユーロで入れますし、日本語の携帯説明器具は3.5ユーロで借りる事が出来ます。すこし、しつこい説明ですがグループで一台借りると便利です。
この城は14世紀から幾度となく増築、改築されロマネスク、ゴシック、色んな様式がごちゃ混ぜですね。しかし、巨大な砦の塔の中ではシェクスピア劇が演じられ、ネッカー川を見下ろすバルコニーでは毎夜、宴が催されたそうです。

CIMG0064巨大なワインの樽が城の中に有りました。これだけあれば、我が家では何年もつでしょうか?説明では、あまり美味しくなかったそうです。
しかし、中世の権力者はとてつもない事を考えるようですね。戦争しても毎日、酒だけは豊富にある!心に余裕が出来るんでしょうかね?
日本の城ではどうだったんでしょうか?信長はお酒が飲めないから駄目ですね、秀吉は大阪城で巨大な酒樽を備蓄していたとは聴きませんね。

CIMG0077さて、ハイデルベルグ大学の旧校舎ですね。今も図書館とか宿舎とかに使われているそうです。あまたの、日本人の大学関係者はここで学んだわけですね。必死に勉強したんでしょうね。使命感があったと思います、遣唐使とか空海、最澄が長安に学んだのと同じでしょうね。
それとも、毎日、ビールばかり飲んでいたんでしょうか?私ならきっと遊んでばかり、していたでしょうね。

ここには哲学者の道(Philosophenweg)という名前の小道が有りますが、京都の哲学の道もここがルーツなんでしょうかね?

CIMG0083これは、学生牢の内部です。
大学は治外法権であり、自治組織で管理されていました。したがい、悪い事をした学生はここに閉じ込められたわけです。学生の気風としては、一度は牢屋に入らないと箔がつかないそうで、競って、牢屋に入ったそうです。そして、記念の落書きをしたそうですよ。机も、小刀で彫り込んでありましたね。
旧制高校の寮を見る思いですね。まさに、”ダウンタウン・ヒーローズ”の世界です。

このネッカー川のほとりに育まれた古都、ハイデルベルグは何処か京都に精神的には共通するものを感じましたね。お寺の代わりに教会があり、御所の代わりに城があり、賀茂川の代わりにネッカー川があり、先斗町の代わりにハウプト通りのビヤホールがあり、盆地の代わりにバレーがある。

素晴らしい、予想通りの古都でした、これで今回の旅行はこれで十分であり、終わりましたね。ビールは美味かったです。

注記:貧乏旅行者の為に費用概算
   ・ハイデルベルグ市内自由バス券 8ユーロ(5人迄一日中利用可能)
   ・ケーブルカー 5人迄利用可能 13ユーロ
   ・城の入場料金 一人 3ユーロ
   ・城の説明器具 一台 3.5ユーロ
   ・昼飯 一人 6ユーロ(プラス、ビール代 3ユーロ)
 ハイデルベルグ地図参考

|

« ドイツ紀行(ゲーテ街道) 心の旅(2) | Main | ドイツ紀行 番外編(ソウル) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

 ウワッ~。ハイデルベルグの町並みって、美しいですねぇ。図書館の前の通りも、整然とした雰囲気で、A型人間が多い国っていう感じですねぇ(笑)。鴎外もこの地に来たんでしょうか?

 看板の面白い写真がありましたが、それほど日本人観光客が多いってことでしょうか。駅の中で、歯医者さんの道具が売られているんですか~。あのおじさん目が怖かったですね(笑)。

 ドイツのことを全く知らない人間にとっても、わかりやすい素敵な案内、ありがとうございました♪

Posted by: wd | 2005.09.16 08:48 AM

wdさん

森鴎外は最初はドレスデンという古都(ライプチッヒから1時間程度の場所)から、南部のミュンヘンに移り、最後はベルリンの有名な、フンボルト大学で学びました。

ベルリンでは森鴎外の史蹟を巡るコースもあるようですよ。あの舞姫との出会いは何処か知りません。多分、ベルリンではないでしょうか?

そうそう、森鴎外と言えば、先日の読売新聞の記事で文芸評論家の田中美代子さんの最新の評論集”小説の悪魔 鴎外と茉莉”(試論社)の解説記事を読みました。

ドイツ留学中中の日本人が体験した恋の挫折を描いた”舞姫”は自らの離婚を言い訳する為、実体験と勘違いされるように、あえて書いたのではないか?鴎外は情よりも智の印象が強いが、本当は衝動的な性情を抱えていた・・。

そして、三島の専門家だそうで、”阿部一族”と”憂国”、”仮面”と”仮面の告白”、三島由紀夫は鴎外をよく読んでいた。三島の生活スタイルは、鴎外を見習ったところがあるのではないか・・・。と、そんな記事でした。

Posted by: jo | 2005.09.16 12:33 PM

 欧州は地震とは全く縁の無い大地なんでしょうか。昔の石造りの建物が現在の社会、景色の中に溶け込んでいますね。

 この景色、100年経っても変わらないってこと?それに引き替え、日本の景色は田舎も都会も変わり過ぎ?

 小泉さんには、自民党は壊してもらってもいいが、長持ちする社会基盤を作って欲しいですね!

Posted by: | 2005.09.16 12:33 PM

テツチャン

僕の印象ですが、欧州もアメリカも街の建物の概観は変えないんです、中身はガンガン近代建築にするけどね。

ボストンでも今でも美しいレンガの街並みが残っている。イタリアもフランスも、イギリスも、ドイツもね・・・。

アジアはアジアのゴチャゴチャの雑踏の良さはあるけど、随分と欧米とは違いますね。

日本では古都は是非、古代の風景、概観を残して欲しいと思いますが、街全体でコンセンサスを得ないと出来ないのでしょうね。

Posted by: jo | 2005.09.16 12:51 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference ドイツ紀行(ゲーテ街道) 心の旅(3):

« ドイツ紀行(ゲーテ街道) 心の旅(2) | Main | ドイツ紀行 番外編(ソウル) »