琉球紀行(1) プロローグ篇
馬鹿息子の大学生活最後のオーケストラの演奏会出場というので、入学式以来の二度目の琉球への渡航となった。
さて、琉球は梅雨も明け灼熱の真夏の気候でありましたね。しかし、同時期に友人のテツチャンはオホーツクへの旅に出て、私は琉球へと旅にでる、何と日本列島は南北に長い列島でしょうか?オホーツクでは夜は暖房が必要だと言うし、こちらは灼熱地獄である。
(無人島へ出掛けた)
那覇の泊港から船で20分程度の距離に浮かぶ、サンゴ礁の無人島にでかけた。朝の9時から3時迄、約6時間滞在したが、死ぬ思いでしたね。誰かが買い占めた小さなサンゴ礁でしょうか、木が生えていないので、木陰が皆無である。この時ほど植物さんの大事さを身を持って体験したのは初めてである。
灼熱なので、しょうがないから海で泳いで体温を下げるしか手は無い。気持ち悪いナマコが沢山いるサンゴ礁でスリッパを履いたまま海に入り、(足を守る為)、海に入るとスリッパを脱いで、両手にはめて水かき道具に変身させてらくらくと、得意の平泳ぎで泳ぐ。
このスリッパ泳法が極めて効率的であり、且つ、海岸に近寄ると足に履いてサンゴから足を守ことが出来るので、極めて理にかなっている。皆様にお勧めである。
顔とか首とか足とか肩には日焼け止めクリームを塗ったが、背中には塗らなかったのが悲劇の始まりであり、今はカチカチ山のタヌキ?の状況である。
(琉球村見聞する)
最後の日は一日中予定も無く、しかも、夜8時の飛行機なのでどう過ごすか?こんな時は博物館に限ると電話すると、休みだそうだ。ホテルも追い出されたので、那覇からバスで1時間半位北上した恩納村の琉球村にでかける事にした。
昔の琉球の民家が移築されており、楽しく過ごせたが、やはり灼熱地獄には参った。しかし、沢山の写真も撮影できたので、少し、記事にしてみようと思います。琉球の民家と生活には色々と興味が湧きました。
まず民家ですが、玄関が無い。敷地の入り口には大きな板状の衝立のような目隠し石が存在する。家は日本の民家に似ているが、雨戸以外は窓ガラスも戸も襖も何も無い、柱だけである。風が四方八方から通過して行く。
これは、涼しい。
部屋の中心には先祖を祭る祭壇があり、隣は大きな部屋がある。区切りは存在しない。庇は長くて縁側も庇の内側に存在する。何処からでもお家に入れる仕様になっている。(縁側の板間経由にて)
家の天井は存在しない、屋根裏が丸見えである。すだれに使うような葦を葺き、その上に土を載せ瓦を載せ瓦の間を漆喰で固める。重い瓦を漆喰で固めて台風で飛ばないように考えられてるんでしょうね。
詳細は記事にしますが、印象としては仕切りの無い風のような住まいである。誰でも入れるし、秘密が無い、オープンな私生活である。食い物が無くなれば、誰かの家に行きかってに上がり、食事をさせてもらえそうな雰囲気である。
琉球については、私も歴史を詳しくはまだ知らない。何回か首里城は訪問し歴史は勉強した積もりであるが、実際にはそこで暮らして琉球の人々と接しなければわからないでしょうね。今回の紀行で色々と感じた事を写真を交えて記事にしますので、読んでご批判下さい。
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Comments
(カチカチ山のタヌキに効く湿布)
唐辛子シップとか塩水シップなんか、気持ちよさそうですね~(笑)♪
「雨戸以外は窓ガラスも戸も襖も何も無い、柱だけである。風が四方八方から通過して行く。」
NHKの朝ドラ”ちゅらさん”の主人公の故郷の小浜島の家もそんな感じでした。撮影しやすいように柱だけなのかと思っていましたが、そういう建て方だったんですね。
食べ物はどうでしたか?「ゴーヤチャンプル」とか豚の耳とか食べられましたぁ?
Posted by: wd | 2005.07.05 12:48 PM
wdさん
背中はもはや、なすすべは、無し。新陳代謝という素晴らしい生命維持機能に期待するのみです。
琉球料理はどうも苦手です。あまりにもわが祖国、北河内とは食風土が異なります。私がその中でも違和感無くいただけるレシピは?
・ジーマミ豆腐(落花生の豆腐)
・海ぶどう(海草か海藻に魚が卵産みつけた?やつ)
・もずく
・ゴーヤーチャンプルー
・島ラッキョ
・紅いも
・ソーキそば
・イセエビ(あたりまえ?)
・豆腐チャンプルー
豚の耳皮の酢の和えもの(ミミガー)はちょっとね。以前、仕事で訪問したときは駐在員の方が、国際通りちかくの市場に連れてゆかれ、二階で食べました。その後も、ここで食べる機会が多かったですね。
Posted by: jo | 2005.07.05 01:29 PM
琉球でしたか、良い所なんでしょうね。
ところで、こちゃらの者は、琉球ではシャツをきたまま泳ぐのが良いと本に書いてありました。
完全な火傷なんだそうですね。
Posted by: Mu | 2005.07.05 08:44 PM
Muの旦那
息子に言われました、現地の人でも日中は外に出ないし、勿論、馬鹿みたいに海で泳がんそうな。しかも、裸で泳ぐとは怖いもの知らずの阿呆タレやそうな。
いやいや、琉球の太陽は恐るべし、北河内では子供の頃は六尺ふんどしか、黒ネコで裸で泳いでいたが、南方では駄目でしたね。
しかし、朝、夕の太陽は水平線でさえぎるものが無いので、巨大でしたね。
Posted by: jo | 2005.07.05 09:38 PM