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フラミンゴ 離陸可能

2005_04300012遂にフラミンゴが完成した。何時でも離陸可能である。

サーボはミニサーボを使用し、エルロンサーボは縦に取り付けた。主翼の中にすっぽり格納出来たので、主翼上面を破る必要は無かった。エンジンはOSFS30の4サイクルエンジンである。

重心位置が気になるが、主翼前縁から1cm位であり、もう少し後ろが理想である。重いエンジンを搭載したので、設計仕様からは離れている。この場合はテールに鉛のバランサーを積むのが常套手段であるが、鉛が無い。

これで、”バレリーナ3号”と”フラミンゴ1号”の2機種を製作した。これで、連休のフライトは万全である。

そして、昨日、”オーラム・スポーツ30EX"の大きな梱包が届いた。これは、夏合宿に備えて連休の間にメカ類を搭載する。OS32SXエンジンを搭載する積りである。

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銀座 再会

2005_04290010今日は37年前に同じ職場で頑張った同期のメンバとの再会でした。場所は銀座4丁目にしておきましょう。

(野球部先輩・後輩)

熊さんは既に引退されていて、テッチャンは最近ココログで”道産子 哲”で活躍。そして、今日の話の主役は一橋大学野球部の先輩後輩の二名のお話です。

同期の浅岡君とは当時、NTTのデータ通信本部様と日本の銀行のコンピュータをオンラインで接続する巨大プロジェクトに参画していた。彼がセンターシステム担当で、私が中継コンピュータのシステムの開発を担当していた。

当時は不眠不休という凄まじい現場であり、体力ある仲間が必要であった。浅岡君は野球部の出身であり、母校のクラブに出向き主将をしていた、後輩の稲○君を強引に職場に連れて来た。ここが、当時の体育会系の素晴らしい風俗である。

その後、このプロジェクトは完成し、浅岡君は父上の御不幸もありお父様の会社に移った。そして、延べ16年間を米国のニューヨークで暮らす事となった。残された後輩の稲○君は会社に残り、金融関係のシステムの役員となった。2005_04290011


(三商大戦)

今も続いていると思いますが、学生時代に”三商大戦”という体育会の大学対抗のイベントが存在していた。一橋大学(旧 東京高商)、大阪市立大学(旧 大阪高商)、神戸大学(旧 神戸高商)の対抗戦である。

三商大戦 関連情報

明治の時代に最初に東京高商が官立として設立され、二番目に明治35年神戸に官立の神戸高商が設立された。そして、大阪は日本の経済の中心でしたし、官を嫌う伝統があり地方自治体が高商を設立した。これが、のちに三商大として成長した。

そして、小樽高商、横浜高商、長崎高商という所謂、三高商が設立されてゆく。日本の経済人の育成の歴史である。

(商神について)

一橋大学、大阪市立大学、神戸大学に共通するシンボルが今も存在する。それは、ギリシャ神話の商売の神であり学問の神であるマーキュリーの紋章です。

一橋大学紋章

大阪市立大学紋章

問題は神戸大学である、現在の大学の紋章は菊であるが、これは菊水紋を引き継いでいる。マーキュリーと関係が無いとおもわれるが、実は今も残る”商神”という明治の頃から歌われている寮歌に痕跡があります。

商神 唱歌

この歌は明治の頃に製作され、今も歌われています。何故に菊水紋を大学が紋章として使用するか、が語られています。

霊杖(れいじょう)遥かに東をさせば

この霊杖はヘルメスの杖です、遥かギリシャの商売の神が日本の秋津島を指し、湊川ほとりに設立された楠正成縁の場所に大学が設立された神話を語っているのです。楠正成の紋は後醍醐天皇より拝領した菊の紋でありますが、恐れ多いと菊を半分で割り下に川の文様を配した菊水紋にしたのですね。

直接にヘルメスの紋章は使いませんでしたが、神話を作り皇国日本の守り神であり、湊川で散った楠正成の紋を大学の紋章にしたのです。

歴史あるものは、些細な事に実は思いがこめられているんですね。今日は、銀座の会合の話から楠正成まで脱線してしまいました。

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六義園 新緑

CIMG0002延々と続く塀の内側が六義園である。私はこの道を隔てた向かい側の事務所で7年前より過ごしていた。ご存知江戸時代は柳沢吉保の邸宅跡である。この写真の右側には現在”フレーベル館”が存在する。アンパンマンで御馴染み、児童文学の出版社である。

(六義園四季)

春の桜が一番有名です、枝垂れ桜が名物ですね。桜が終わるとツツジ祭りです。現在はツツジ祭りであり多くの人々が訪れます。

秋の紅葉もすばらしく、お昼に弁当持参で紅葉狩りとしゃれこんだりしました。事務所は12階とか11階と高い場所でしたので、何時も六義園を見下ろして鬱蒼と茂る森に囲まれた世界を堪能させて頂いた。

お客さんが来ると、会議室にお通しして一番、六義園の眺めの良い場所にお座り頂き、解説しておりました。

夕方になると、銀座方面に出稼ぎに行っていた烏の大群が帰ってきます。六義園の空が真っ黒になる位の数のカラスが舞います。近くのマンションは大変な被害ではないか?と、思う。

さて、江戸時代は元禄の頃ですね。お側用人として綱吉から大名に取り立てられ、権勢を振るった吉保。
綱吉将軍を自宅に招き、庭の池に船を浮かべ宴会をしたそうだ。多分に今の六義園では小さすぎる、当時はもっと広い敷地だったのかもしれない。

(駕籠町 駒込界隈)

ここは駕籠町という地名が残り、江戸時代の将軍の駕籠を担ぐ人々が住んでいた。少し行くと小石川植物園である。赤ひげを思い出しますね。

六義園には都営三田線の千石駅でおりるか、環状線の駒込駅、地下鉄南北線の駒込駅で下車すれば便利である。駒込駅はツツジで有名でして多くの人々が楽しみにしている。

(東洋文庫)

六義園のすぐそばに東洋文庫がある。中国の関連図書だけでなく、東アジアの貴重な文献が収蔵されている。大正6年に当時の三菱財閥の三代目の岩崎久弥氏が建立したそうだ。国立国会図書館の支部も併設されている。

ともかく、このあたりは文化の香りが高い場所であり、事務所そのものが存在する敷地は元、理化学研究所の場所である。この場所で仁科博士率いる科学者がサイクロトロン、アイソトープの研究をしていました。原子爆弾の研究もされていたとの説もあり、戦後米軍によりかなり破壊された、と聴きます。

今でも、敷地にはアイソトープ研究所が存在しますね。

(関東平野一望なり)

周りに高い建物が有りませんので、関東平野が一望できます。遥かかなたには筑波山が見えます。本当に関東平野は広い事が判りますね。京都はやはり、狭い空間である。

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公共サービス 住民票篇

実は、必要になり息子が住んでいる沖縄から住民票を取り寄せる事となった。

(謄本と住民票の取り寄せ)

私の戸籍は生まれたところから、移していないので、未だに関西にある。今回、戸籍謄本と息子の住民票が必要なので、同時に遠隔地の役場に送付依頼をする事にした。謄本は関西の所轄役場へ、住民票は沖縄の所轄役場に依頼する。問題は、沖縄の役場は何処か判らないので、新横浜の役場相談所で息子の住所を教え、何処が所轄の役場かを、教えて頂いた。

(住民票依頼封筒が返却)

関西の役場からは、無事謄本が送られて、来たが沖縄からは、所轄が異なると送り返されて来た。新横の住民サービスの部署の人が間違って教えてくれた、様子である。

しかし、である、息子の住所が入れてあるから、沖縄の那覇市では所轄の郡の役所が判るはずである。何で、
転送してくれないのか?これが、公共サービスなのか?腹が煮え返るくらい頭に来た。

新横の役所の人が、先ず間違った。そして、受け取った沖縄の役所が自分の管轄で無いと言う。だから、顧客に駄目というて返送する。これだけで、どれだけこちらの手間暇がかかっているか!郵便局で為替小切手を買い、封筒に入れて送付している。

(役所とはこんなものか?)

会社だと、担当者とか上司は制裁を受ける。私は最近の郵便局の人々の応対がすばらしいと、感心していたところでした。なのに沖縄の役所は・・・・。

(以前も頭に来た)

7年前の話である、仕事で米国出張となった。しかし、油断していてパスポート期限が切れている事に気がつかなかった。急いで、役所にゆきパスポートの再取得に向かったが、戸籍謄本は関西迄とりに行かねばならず、又、週末も挟んでいたし、ついに出張期日に間に合わず、代理に頼んで社長に同行して頂いた。

日本の公共サービスはその後、住基ネットの展開で随分と抜本的にサービスが向上したと、考えていたが、未だこの有様である。

大体、何で戸籍謄本が必要なのか?何で住民票が必要なのかも私はちゃんと、理解していない。今時、もし必要なら必要な人がインターネットなり何なりで調べれば良い。役所が発行する書類が必要というのも、時代錯誤ではないか?

米国時代の経験では、確か米国では住民票も戸籍謄本も存在しない。ソーシャルセキュリテイ番号だけである。
確かに、国の成り立ちも歴史も異なるから米国と同じにはならないでしょうが、もっとビジネスのスピードが維持できる国の公共サービスを考えて欲しい。

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山の愛唱歌 山の友よ篇

学生時代にはワンゲルで沢山、山に登った。中学生の頃からワンゲル部に入り、テント生活を楽しんで来た訳ですね。

大学のワンゲル部に入り、先ず教えられたのが山の歌でした。クラブで歌集が作られており、それで練習させられた。高学年になると、暗誦しているので歌集無しで歌えた。

多くの、歌の中で私が好きな歌で”山の友よ”という成蹊大学山岳部の虹芝寮 寮歌があります。

山の友よ フル版

短縮版

確か我々は短縮版の方を歌っていた記憶がありますね。

この歌は山岳部やワンゲル部に籍を置いた事のある人なら、必ず一度は歌った事があると思います。

(1番の歌詞)

家族が旅行に出かけたり、だれもいなくなり一人で自宅で自炊生活になるとこの1番の歌詞を思い出します。

薪割り飯炊き
小屋掃除
皆で皆でやったっけ
雪解け水が冷たくて
苦労したこと あったっけ

と歌いながら、米をとぎ炊飯器のスイッチを入れ、食器を洗い、掃除機で小屋(?)掃除を始める。

(2番の歌詞)

これは、冬のスキー合宿とか春山での雪の中の縦走を思いだす。

前傾(ゼンケイ)外傾(ガイケイ)全制動(ゼンセイドウ)
皆で皆でやったっけ
雪が深くて ラッセルに
苦労した事 あったっけ

スキーのオーストリースタイルの経験のある人なら、判りますが、前傾とはスキーで膝を曲げ体重を前方に移動し、外傾とは雪の斜面で谷がわを向き谷側のスキーに体重移動をする事で、全制動とは真っ直ぐ雪の斜面を下るときにボーゲンで両足をハの字に開き、両足の内側のエッジを立てる事です。

未だ、フランススキーが全盛になる前の時代でオーストリースキーが全盛の時代の歌なんです。トニーザイラーが活躍した時代ですね。コルチナ三冠王、映画”白銀は招くよ”そんな時代でした。

(最後の歌詞)

春山の経験は豊富にありました、天候が安定せず、突然の雪に遭遇することはありましたね。

唐松もゆる 春山に
皆で皆んで いったっけ
思わぬ 雪に ワカン履き
苦労した事 あったっけ

ワカンとは忍者が水の上を走るために開発した”水くも”、ではなくて、”輪かんじき” の事。これを装着すると
雪の中に沈みこまない。雪国の人には必須。

各歌詞の最後は常に、山の仲間の事が出てきます。あいつ、どないしとるかな?会社生活は大丈夫かな?
嫁はんとうまいことやっとるかな? ・・・・・・・と、友を偲んで仰ぐ空、友に便りの筆をとる。

曲そのものが単純であり、簡単に覚える事が出来ます。この歌は素朴で、優しさにあふれた歌だと思います。

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フラミンゴ 殆ど出来た

2005_04250009フラミンゴかなり出来ました。いろいろと苦労はあったが、何とかフイルム被覆までこぎつけた。主翼のバルサが薄く、何回か自分の手で破いてしまい、バルサ材を別に用意して、修復した。

フィルムを被覆する前のバルサだけは、弱く少しの衝撃で壊れてしまう。25クラス以上の飛行機では少し厚めのバルサ材で主翼のプランクを行うが、この小型機では1.5ミリのバルサである。

フィルムを被覆すると見違える強度を発揮する。皆さんが乗るジャンボ機をスケールダウンしてラジコン並の大きさにすれば、胴枠の厚さはどれ位か御存知か?なんと、家庭の主婦がお使いのアルミホイルの厚さである。

如何に飛行機はうたかたのような、物であるか?お分かりになりましたか。

さて、フラミンゴのこれからの工程は、サーボの搭載とリンケージが大きな仕事です。肩翼機であり、胴体の高さが低いので、主翼に搭載するエルロン制御のサーボは横向きで設置が必要です。これが技術が必要になる。

主翼の真ん中にエリロンサーボを搭載するが、同じ位置の下部にラダー、エレバータ、エンジン制御のサーボが存在しぶっつかるからです。

これからの、メカ類の搭載と調整が最後の難関であり、これを乗り越えるとほぼ完成となる。しかし、疲れました。

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フラミンゴ 経過報告

2005_04240007フラミンゴ製作二日目である。
胴体と主翼の骨組みは完成した。私は自慢ではないが、仕事とラジコンの製作は人並み外れて”早い”。

問題は、品質である。これが、何時も問題になる。

今回の技術的問題点は、エンジンである。なんせ、10から15の小さなエンジンが搭載される設計である。私は4サイクルの30エンジンを搭載しようと、言うわけです。エンジンマウント(エンジンが搭載される場所)にキットでは小さすぎて、乗るスペースが無い。

仕方ないので、機首部のキットの部品とか仕様を放棄し、独自のエンジンマウントの設備と改造で胴体の開発をした。ここで、問題は重心位置である。飛行機は重心が狂うと飛ばない。というか、暴れる。

昨夜の”紅の豚”の映画は観られましたか?飛行機の設計をしていましたね。飛行機にとり先ず、全てを決めるのはエンジンなのです。エンジンが決まらないと、全ての設計がスタートしない。
ミラノで高性能エンジンを搭載し、アメリカ帰りの少女が戦闘艇の設計をしていましたね。

しかし、宮崎駿さんは飛行機が好きやね。エンジン不調時のチョーク動作とか、Ysさんがご指摘の反転時の翼が光る描写などは玄人ですね。

ミラノで飛行機を修理し高性能化をして、彼女の故郷に帰還した時のアクロバットは面白かったです。思わず、ストールターンとかインメルマンターンとかテレビを観ながら叫んでいましたね。(アホやね)

堀越さんの零戦も先ず、エンジン仕様から、飛行機の設計が開始された。エンジンの大きさから胴体の直径が決まる。速度と運動性能をバランスさせ翼の形が決まる。そして、何より大事なのは軽量化である。

零戦はあらゆる素材に肉抜きをしましたね。そして、操縦席の周りも防御壁の軽量化を図り、運動性能と速度を大事にした。これが、賛否両論の議論となっている。しかし、堀越さんの設計思想は敵より少しでも、性能を向上させようとした。

ここが、”肉を切らせて骨を切る”、設計思想であると私は理解しています。

そうそう、脱線したが、なんとかOSFS30のエンジンを搭載した。

(何故4サイクルの大きなエンジンか?)

この飛行機は昨年、カッチンがOS15CVAのエンジンを搭載し飛ばしていた。このエンジンは普通の25クラスの馬力がある、高価な高出力エンジンである。もう少しで、トルクロールもできそうか?という、按配でした。

そこで、私は低速演技に必要なトルク力に注目した。2サイクルエンジンは馬力は出るが、低速ではトルクが4サイクルエンジンに比較し、馬力が出ない。静止に近い状態で飛行機を懸垂するにはトルクが必要である。最近の多くのアクロ機が4サイクルエンジンを搭載しているのは、この理由である。

2サイクルは一度の爆発での燃料効率が悪い。吸入・圧縮と爆発・排気の2サイクルに較べ、4サイクルは吸入、圧縮、爆発、排気と真面目に燃焼を行う。だから一度の爆発時のエネルギー効率は4サイクルが優れるのである。

(連休中にはフライト可能か?)

このままの、開発工程が進めば連休中に”フラミンゴ”は初飛行可能かもしれない。最大の難関は突破できたので、楽観視している。

バレリーナも成功したし、フラミンゴも成功すれば自信が湧く。


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フラミンゴ 10SR

2005_04220003実は、この小さな飛行機のキットがあるんです。バルサ材から製作するんです。内緒にしていたが、連休はこの小さな飛行機を作ります。

(かっちんの飛行機)

実は、昨年に新横浜でカッチンが飛ばしていた飛行機なのです。

カッチンのフラミンゴ

私は彼のように綺麗に正確に製作は出来ないけれど、挑戦してみたい。新横浜の空を彼の飛行機は
美しく飛んでいました。OS15CVAのエンジンが搭載されていて、馬力ある力強いフライトが堪能できた。

そこで、私はOS30の4サイクルエンジンを搭載して、飛ばす積りです。

テトラのキットは素晴らしいです、問題は製作者の腕やね。(これが心配)


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チップマンク(ラジコン飛行機)

さて、次の飛行機は何にするか、考慮中である。2機は新たに導入する考えである。1機は製作し、1機は完成機を購入する予定である。

連休は金も無いし、予定も無いので、ラジコン飛行機でも製作しようかと考えている。
製作する飛行機にはOSの4サイクル30の小型エンジンを搭載する。(2台余っている)

完成機は既に、注文してしまった。その名は”チップマンク”である。

チップマンク参考1

チップマンク参考2

チップマンク参考3

(機体概要)

・翼長   1メータ46センチ
・機長   1メータ15センチ
・重量   2.6kg 
・エンジン 2サイクル40,4サイクル52

アメリカらしい飛行機である。最近の行動が地味なので、気分転換に少し、派手な飛行機
にした。

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図書館が便利になる

日曜日に港北図書館に出かけた。借りていた本を持って、又、新しいのを物色しに出かけた。

自転車で10分位で行けるので、便利である。

今回は、古代史関連の本と義経関連の本を借りた。何せ今はNHK大河ドラマで放映されているので、司馬さんだけでは、偏るので・・・・。それに、毎放送コメント記事を書いておられる暇人もおられるのでね。

この本は頼朝側ではなく、又、公家社会から武家社会への必然的移行史観を否定し、王朝側というか女性側から義経の公家社会に於ける環境の分析に主力をおいている。真面目な歴史学者の書いた文献である。

それはそれとして、掲示板には素晴らしい告知があった。

10月より、インターネットで本の検索と予約が出来るという話である。

待っていましたね、これを。Googleは米国の有名なスタンフォード、テキサス、オックスフォード等々の大学の図書を検索出来るシステムを開発するとアナウンスを聴いたとこでしたね。

ついでに、誰か家まで運んでくれんかな~~?と思いますが、それはそれ、自転車での運動にもなるから健康によろしい。

皆様の田舎の図書館はどないな、按配ですか?流石に横浜の都会は進んでいるでしょう?(へへへ)

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亀の古代学 

最近は亀に関する古代の勉強をしている。

”亀の古代学”  千田 稔、宇野隆夫(編)  東方出版 

この本は2000年3月26日に国際日本文化センターで開催されたシンポジウム”亀の古代学”の記録に加筆・修正されたものである。

(何で亀か?)
2005_04200001

2000年2月に明日香村の酒船石遺跡の麓において、亀形石造物が出土し騒然となった。そこで、東アジアにおいて亀という動物を糸口に道教、仏教、儒教という思想的な問題を多角的に語るシンポジウムとなった。

(亀の基礎知識)

・浦島太郎は海がめに乗り竜宮城を往復した。
・イソップ物語で兎と亀の物語で鈍重だけど、まじめな亀が勝つ話。
・鶴は千年亀は万年、という長寿の代表選手。
・中国、日本での古代における亀卜(うらない) 亀の甲を焼き占う
・明日香村の亀石(向きが変わると水害が起こる)
・北の守護神 玄武(亀に蛇が巻きつき向かい合う)
・銅鐸に描かれた亀(すっぽん、亀)
・天空を支える亀 天円地方観(亀の背中を天、お腹を地とする宇宙観)
・亀の背に乗る仙人(ここから、ガメラの発想がでる)

さて、皆さんは幾ばくをご存知でしたでしょうか?亀はすべて、瑞祥として
考えられて来ました。悪者ではないんですね。人間の味方なんですね。

(縄文時代の食生活)

興味あるデータが報告されていた。滋賀県の湖底にある粟津湖底遺跡第三貝塚(5000年前)の遺物の分析結果です。

(1)カロリー比
 ・全食料残留物からの推定したカロリー比
  トチノ木(38.9%)
ヒシ  (8.2%) 植物52.4%
イチイガシ(5.3%)
フナ(7.2%)
コイ(4.7%) 魚類20.0%
ナマズ(6.6%)
シジミ(16.7%) 貝類16.7%
イノシシ(8.6%)
シカ (2.2%) 獣類10.9%
スッポン(0.1%)
・圧倒的に植物食の量が多い。そして、魚と貝で殆ど。縄文時代は獣が主で食べていたのは誤りなんですね。

(2) 鳥獣骨の 数量比
  イノシシ(31.5%)
スッポン(17.0%)
シカノイノシシ(9.0%)
ニホンジカ(7.5%)
タヌキ(0.5%)
鳥類(0.3%)
不明(33.2%)
 ・スッポンが好まれて食べられていた事が判りますね。獣ではイノシシを食べていたんです。牡丹鍋でんな。

(逆さ北斗七星)

正倉院宝物に青斑石(せいはんせき)で出来た亀の形をした小物入れが有ります。(注)青斑石とは蛇紋岩
そいつの、背中には裏返しの北斗七星が描かれている。

これは、中国古来の天円地方観によるそうだ。即ち、この世は亀の背中が天空でありお腹が地であり、背中に星をあらわす場合は天球儀にあらわされるのと同じ形になる。

つまり、裏返しで地球からではなく、遥か離れた星の向こうから地球を見た形なのだ。従い、当時の人は天球儀を何時も見ていたのではないか?と,言うことになる。

(酒船石遺跡)

さて、酒船石遺跡の亀形石造物ですが、今の所は小判形というか楕円形の石造水槽に溜めた水を、亀形の水槽に水を導いている。多分、近くに湧き水があり、楕円形の水槽に水が導かれていたと考えられている。

私は、山の上の酒船石から導水されていたと思ったが、違うようだ。清め、祓いの儀式がここで行われたと考えるのが主力のようです。

(注)写真の亀について
 ・この亀は本文とは何の関係も有りません。ふうてん娘がメキシコで購入した土産物です。
  ひょうきんな亀ですね、メキシコ人の感覚です。


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神保町 ミロンガ

CIMG0029神保町はふうてんさんの領域である。初めて紹介されたお店がこの”ミロンガ”である。話によれば、ふうてんさんが高校時代の大学受験勉強中の頃、松山からこの東京の大学偵察に来られた時に立ち寄られたそうだ。さすれば、40年以上前の頃だ。

神保町界隈の風景として、ふうてん老人日記に、私が好きな記事が二つ存在する。

神保町界隈篇 2004年11月7日 

漱石先生の手紙篇 2000年4月16日 

CIMG0030ミロンガは、タンゴの曲と世界中のビールとコーヒーに尽きる。薄暗い店内で屋根が低くアンテイークな雰囲気である。
学生運動激しき折には喧喧諤諤とマルクス資本論を語り、国の行く末を嘆いている学生諸君の姿が偲ばれる。
その彼らも還暦を迎える歳になったろう。
昔,彼女とミロンガでタンゴを聴き、コーヒーを飲んだ諸氏も多いのではないでしょうか。

CIMG0031最近は又、このお店で人と待ち合わせる機会が多くなりました。待ち合わせ時間に余裕があると、近くの古本屋さんをウロウロ徘徊する。懐かしい、学生時代の経済学、経営学の本に出会ったりする。タイムマシーンに乗ってるようだ。

私も学生時代、昭和40年から44年迄神戸の大学に在籍したが、よくクラブの先輩に連れられて、大阪は梅田の裏手の喫茶店に立ち寄った。ワンゲル部だったので山小屋風の喫茶店でした。確か、”山小屋”という名前の喫茶店でしたね。

暗い店内は山小屋風でカウンターにはサイホンが置いてあり、天井からはランプが吊るされていた。先輩と山の話を沢山,尽きることが無く喋った。次はどこの山に行こうとか、合宿地は何処に決めようか?とか、懐かしい。

必ず、カウンターか何処かにワンゲル部とか山岳部の連中が山で歌う歌集が置いてあった。歌声喫茶というジャンルも存在し、確か、”こだま”、という名前のお店があった記憶がある。

秋葉のラジコン屋巡りも楽しいが、昔を懐かしみ、神保町界隈を散策し、古本屋の親父の顔を眺め、昔の専門書の化石に巡り遭うのも面白い。

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上野花見 狂乱続編(爆笑編)

IMGP2112昔、コンテンツビジネスを会社を挙げて邁進した時代があった。この写真は当時の会社の模様を物語っている。

この幸せそうな顔が当時の楽しかった時代を表現していますね。今、奥の深い音楽、ラジオ、映画、ゲーム、等々にインターネットがどうのこうの言う若者がいる。自分が本当に楽しく無ければ、他人を楽しくは出来ない。それが、文化に関わる人間の基本的な大事な事である。

なんて、偉そうに、言いますが、単に仕事が面白くて、このメンバーと音楽ソフトや、ガメラの映画や、幼児のパソン教室や、世界の車窓や、インターネットマガジンや、何じゃらかんじゃらを五里霧中でやった。IMGP2120

この皆さんの馬鹿げた笑顔を見て下さい。面白いことをやろうとすれば、自分達が面白くなければ面白くならない。(何のこっちゃ?)IMGP2125このメンバーはマニアックである。私が記事を書くと後ろから、矢が飛んできそうであるが、負けてはいけない。

最近、梶山君はリプトンの”ミニテイーパーテイ セット”を収集しているらしい。遂に、この宴会の場所の近くで最後の16種類収集が完成したそうだ。
IMGP2138ホンマ、阿呆としかいいようがないが、そこが彼のいいとこでもある。

そんな馬鹿げた連中の次の宴会は秋だそうだ。紅葉狩り in 上野ですぞ、参加しませんか?

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2005/4/16 千葉飛行会

 本日は曇り、風強し、朝8時千葉八千代飛行場に到着。

2005/4/16 千葉飛行会写真集

本日は岩ちゃんは法事で欠席、他のクラブと合同で飛行会となる。私は、皆様御期待の”バレリーナ3 号”の初飛行である。(ワクワク)
2005_04160011結論から言うと、完璧な初飛行でした。強風の中の離陸でしたが、見事に離陸し強風に煽られながらも、安定し、少しのエルロンのトリム調整だけで水平飛行が可能でしたね。

上空は15メータ位の強風でしたが、二回のフライトは無事であり、着陸も横風の強風を受けながらも安定した着陸でした。(失速も無し)

心配された、主翼前縁の曲線加工もこれで、やり直しは不要と判断します。(ヘヘヘ)

わこちゃんの機体は2機とも風下で墜落しましたが、落ちどころが柔らかく、大した怪我も無く無事でした。
水上機を改造した飛行機は垂直尾翼が下にでているので、背面飛行と見間違い墜落となった。

ラジコン親爺は又、新しい飛行機2機を購入し、巨大なファンフライ機を飛ばしていた。4サイクル80クラス。
もう一機は空中戦用(リボン切り)の飛行機で32SXにチューンドマフラーを装着し1万3千回転を引き出し、バトルに強い機体としていた。(夏合宿ではこいつが、強敵となる)

かとさんも、何時ものスタント機で見事な演技をしていた。

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寒中花見 in 上野(記事編)

久しぶりの上野である。今日は雨である、しかも目茶寒い。花見客は殆どいない。桜もだいぶ散った模様である。
上野駅から歩いて、5分くらいで動物園に到着した。

寒中花見 in 上野 写真集

(SAVOIAピザハウス)

動物園の前にピザハウスがある。どうやら、ふうてんの正木さんは近所なので、馴染みのようである。店は7時に閉店されるのだが、特別に、テラスをお借り出来る事となった。ピザ4枚を注文すると、8枚出てきた、流石に顔馴染みである。

電源を使わせていただき、煌々とライトを設置した。三々五々と今日の花見のメンバーが集まりだした。周りは真っ暗になるが、この一角だけが、パチンコ屋みたいに明るい。

ふうてんの正木さんは、自転車に乗り何回も自宅の往復をして、食料を運ぶ。最後に、愛犬けんた、と、アトムを連れて来た。これで、準備完了である。

(寒すぎる)

小雨が降るし目茶寒い、ホッカイロを腰に貼るがあまり効かない。足が寒いのである。花見は我慢が必要だと昔から知ってはいたが、おしっこが我慢出来ない。向かいの、公衆トイレに頻繁に往復する事となる。

時折、前を通過する人々とホームレスの人々が不思議にこちらを眺めて通過してゆく。遂に、9時前に花見はお開きとして、ふうてんの正木さんの自宅に向かう。

(上野は文化の街)

上野は博物館、美術館、図書館、文化財研究所、芸大・・・等々が森の中に佇まい、素晴らしい西洋の香りがする場所である。私はゴザを持たされ、おのぼりさんのような風体で案内をうけながら、正木さんのお家に向かう。

かなり、不安があり、まさかビニールの青いテントのお家ではないだろうな?と、不安ながら辿りついた。

(豪邸なり!)

豪邸である、周りは明治以降多くの資産家と文人、芸術家が住んでいる場所である。ホームレスの家ではなかった。

二階の居間は音楽堂である。大きなグランドピアノがあり、奥様は東京芸大のピアノ科卒業である。ピアノの先生達を教えているらしい、今日は大阪に出張中である。うるさい連中がくるので、察知して逃げられたようだ。

話を聴くと、ふうてんの正木さんは昔、音楽の世界では相当に頑張っていたアーテイストであったようだ。どれだけの、音源とレコード、等々が部屋の中に存在するか。60年代の日本放送の番組録音を聴かせていただいた。

多くの、国内、国外アーテイストと彼はお付き合いをしていたか。知らんかったな~~~。単なる犬好きの親爺ではない。

懐かしい音楽を聴き、ギターでのセッションもほどほどに、11時過ぎにお邪魔する事にした。

今度は、秋の紅葉狩りで又、ここ上野に集まる事になった。あ~~楽しかった!

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通信の仲間達 恵比寿We

2005_04150003先日、恵比寿の古河建英君の経営する”We”で宴会があった。6年前くらいから、お付き合いさせて貰っている、国際通信とかデータセンタをやられている、大手通信会社さんのメンバです。

面白い人々なので、ついついお付き合いが、続き、仕事が直接関係なくなっても連絡が途絶えない。多分皆さんも同じ経験をお持ちだろうと思う。

今回の発見は、山田さんのバックボーンの話であった。元々が四国の大学で猿の研究をされていたそうだ。それが、どういう訳か米国のUCLAの大学院に移り、”モズ”の研究で修士号を取ったらしい。

ロスの東50キロ程度の場所に研究所があり、ひたすら、”モズ"の研究だったそうだ。

そこで、質問、何でモズはアマガエルを鉄条網に突き刺し、ミイラ化させるのか?と、質問した。

彼の、答えは、”遊びです”という答えだった。

勿論、縄張りの示威行為もあるでしょうが、驚いた事にモズが"遊ぶ”そうだ。それだけ、知能が発達してるという証拠なのでしょうか。

大学時代の猿の研究といい、モズの研究といい、その後の社会人になってからも役に立つそうだ。会社の中での群れの研究とか、上司の行動生態の研究とか、公開出来ないけど、面白い。

私は、このコンピュータの業界に入った事がラッキーだったと思う。いろんな分野を勉強して来た連中が集まるのである。心理学、社会学、経済、経営、会計、数学、電気、物理、土木・・・・・・・。これが、面白かった。

20世紀最大の発明と言われるコンピュータを支える業界の連中は多士多彩である。それだけ、応用範囲が広いという事なんでしょうね。

美味しいカルビニソービニヨンのワインを飲んで、再会を約してお開きとなった。


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悠々自適のおにいさん

世の中は不思議だ。我が家のふうてん娘も気楽にブルゴーニュで生きているが、上野界隈でも悠々自適のふうてんのお兄さんがいる。

毎日、愛犬二匹の散歩で広い東京を徘徊しているようだ。上野から自転車で二匹の犬を連れ、代官山近辺まで遠征するらしい。最近は、犬を連れても入れる素敵なレストランとかカフェテラスもあるらしい。

正木家のWANお花見散歩

(ふうてんおにいさんの正体?)

これが、謎である。

昔、そうですね10年前の頃でしょうか、コンテンツ事業の仕事をしている頃に一緒に仕事?をした記憶があります。本職は、もともと外人の演奏家が日本に来ると、音律の調整をしていたという話は聴いた覚えがある。

当時、私も梶山君と”Music City”というプロジェクトを推進していて、お世話になったと思う。ビートルズの全曲をカラオケにしたり、パソコンで映像と同期させたり、いろんな挑戦をしていた頃だ。

毎日、朝にはコジラ取締役が席に来られ、”チャリ、チャリとお金の音はするかな?お金の匂いはするかな?”と煩かった。久しぶりに、米国から帰国されたコジラ親父と昨晩は帝国ホテルのバーで飲んだ。

その後、プロジェクトは解散になりメンバーも解散して、行方知れずとなった。

しかし、上野の花見の儀式だけは、続いている様子である。花が咲けば、上野の動物園の入り口のピザ屋に終結し、花見が始まる。

この行事が始まる、ルーツは当時不思議なメンバーが集結した時に、東急沿線の多摩川園の前の山で花見をしたのが、トラウマになってるようだ。酔っ払い、トイレに立てこもり幾ら説得しても出てこなかった、某、女性がいた。
やっとの努力の結果、トイレより引きずり出し、タクシーに詰め込み、旦那様に電話して自宅迄送り届けた事件があった。

そんな、学生時代のクラブような職場だった。

(その後の正木さんは?)

噂では、この不思議なふうてんのお兄さんは、10年前から仕事をしていないそうだ。そして、二匹の犬の散歩を毎日欠かさず、なされていると言う。

今年も、恒例の上野の花見が雨の中、桜も散ったのに挙行されると言う。開催するほうも変だが、集まる連中も不思議な人々である。ワンチャン二匹も参加するようだ。

正木さんホームページ

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団塊の世代 60代市場開拓?

本日のNHKのクローズアップ現代は、団塊の世代特集の3回シリーズの第一夜であった。

堺屋太一は予言する、700万人の団塊の世代は2年後会社を去る。しかし、彼らの75%は
その後も社会の為に働こうとする。そして、自らが消費者として60代の市場を創りだすであろう。

(団塊の世代基礎知識)

・団塊の世代とは昭和22年生まれ以降である。戦後ベビーブーマーと呼ばれる連中。700万人存在。

・戦争を知らない、連中であり、戦勝国であり自由と豊かな米国を理想とした連中。平等主義。

・義憤の心を持ち、国家に対して学生運動を展開した。所謂、大学紛争。

・反戦、フォークソング、ニューミュージックと新しい、音楽の世界を創造した。(確かに今聴いても
いい歌が多い)
・高度経済成長を支え、日本を世界第二位の経済大国にした連中である。

・押しなべて、子供の頃は貧乏であった。子供には豊かな生活をさせたいと願った連中である。

・高度経済成長を牽引したのは、自動車と家電とコンピュータである。所謂、製造業で新しい
消費スタイルを創造した。

・大学時代は殆どが、マルクス経済、社会主義が理想と考え旧来の日本の政治・思想を悪とした。
此処が、米国を理想としながら、屈折した経済と思想・国体を別に考える矛盾を持っていた。


(さて日本を変えることが出来るか?)

堺屋さんが、面白い事を言う、お子様ランチはあるが、シルバーランチは無い、児童公園は
あるが、シルバー公園は無い。

今まで会社でやりたい事も出来ず我慢して停年を迎えた、団塊の世代は、ローンも無く、子供
は手がかからず、少しは貯えもある、日本の本当のベンチャービジネスはこの”団塊の世代”が
切り開くかもしれない、と、思うし、応援もしたい、というか、私も団塊の世代である。

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バレリーナ完成する

2005_04110002
遂にヒンジ接続を残し、”バレリーナ3号”は完成した。燃料無しで重量1.55Kgであり、重心位置も完璧である。
エンジンはOS25FXの2サイクルエンジンを搭載し、4チャンネル制御方式である。(エルロン、ラダー、エレベータ、エンジンスロットル制御)

普通のスポーツ機に比較して、主翼の巾が広く、1メータ44センチである。従い、グライダーのような飛び方も可能であり、同時に背面飛行も安定している。ロール演技は主翼が長いので、ゆっくりと優雅に機体を回転させる。

2005_04110001

バレイーナ2号は私としては、上手く製作出来た自慢の機体でしたが、残念ながら墜落大破した。昨年の秋合宿ではリボン切りの空中戦を勝ち抜き優勝した自慢の機体でした。今回の3号機体も多分によく出来ている。難を言えば、主翼前面のバルサ加工での曲線がいまいち、であった。

さて週末の、月例飛行会in 千葉ではどのような、初飛行をみせるでしょうか?御期待ください。

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桜満開 7万アクセス

2005_04100001東京は満開の桜となった。写真は何時も通過していた、中目黒の駅近くの桜である。何時も桜が気になっていたが、下車して初めて、桜で有名な事を知った。2005_04100007川に沿い両岸より桜の枝が伸び川を覆い尽している。鴨が三羽、桜吹雪の川面で遊んでいた。

2005_04100009

所で、7万アクセスになりました。今日の朝にそのようになっていました。多くが、関係者の方々と推察しています。これからも、マイペースで日記をつけてゆこうと思いますので、宜しく御願いします。


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だいぶ出来てきた

2005_04090007バレリーナ3号もだいぶ、出来てきた。デザインは2 号と同じにした。機体の上面は白を基本に赤を少しいれる。下面は黄色で統一した。

フィルムをアイロンで熱して、貼り付けてゆく。フィルムの片面に糊がついており、アイロンの熱でバルサ材に接着する。基本ベースのフィルムは被覆したので、仕上げは最後に気分次第で、決める。

動翼を繋げるヒンジ部品が我が家には在庫切れに気がついた。従い、これ以上は、工程が進めない。他の部品は数十機分くらいは存在するが、ヒンジだけは何時も欠乏している。

来週末は月例、千葉遠征の飛行会である。面目にかけて、これを飛ばす。

わこちゃんは、米国からインターネットで取り寄せたバルサ材のキットから製作した、デルタ翼のまるで、マンタのような飛行機を登場させるそうだ。そうとうに、でかいという。(又、メンバーは飛行機の調整で苦労しそうだ?)

千葉のラジコン親爺は、沢山飛行機があり過ぎて、何を飛ばすか悩んでいるそうだ。(贅沢な奴)

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植物で土壌汚染を浄化

2005年4月8日の日本経済新聞の朝刊において、興味ある記事を見つけた。”シダでヒ素濃度半減”という記事である。

”フジタは有毒なヒ素に汚染された土壌にシダ類を植え、濃度を一年間で半減させる事に成功した。”

処理費用は従来に比べて、半額で済むという。工場や鉱山跡地の土壌浄化向けに実用化するという。

(モエジマシダ)

この、植物はモエジマシダというそうで、鉱山跡地に生息するシダだそうだ。乾燥重量の2%迄、根からヒ素を吸収する能力があるそうだ。ヒ素を吸い上げたシダを刈り取り、廃棄し土壌を浄化する。

環境基準の4~7倍のヒ素濃度の土壌を5年かければ、基準値以下になるそうだ。処理費用は1平方メートルあたり、1万5千円程度だそうだ。

関連webフジタ シダ
関連webフジタ ヒ素

(ナウシカを思い出す)

この記事を読み、宮崎駿さんの”風の谷ナウシカ”を思い起した。汚染された大地を植物が浄化する話である。
子供の頃から、植物は窒素、燐酸、カリが養分であると聴かされていた。しかし、シダはヒ素も固定するんですね。

そういえば、恐竜の時代にはシダが沢山繁茂していたんでは、ないでしょうか。長い地球の歴史で植物が果たした役割は大きいのかもしれませんね。

さすれば、新横浜の鶴見川の一角が実は化学薬品で汚染された場所があるそうだ。飛行機を飛ばしていた場所の近くである。今は鉄条網で囲まれているが、ヒ素であれば是非、このシダを植えて浄化して欲しい。

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同期の友からの便り

同期入社の友人から、突然に便りが来た。以下概要であります。

”この度、JICAのシニア海外ボランテイアで南米チリへ4月から1年間行く事になりました。首都サンテイアゴに夫婦で参ります。

私の今までの経験が活かせるならばと新たなる人生にチャレンジします。又、日本とチリとの文化交流を深める事が出来ればと思っています。

しばらの間、皆様にはご無沙汰することとなります。もし、機会が有れば、チリに来て下さい。何時でも歓迎致します。”

(I君の思いで)

彼は大阪大学の工学部を卒業して、同じ、関西人収容所である市ヶ尾寮に入った。長く金融端末のソフトの開発に従事して前橋で活躍していた。物静かで真面目な男でありました。まさか、チリに行くとは想像も出来ない出来事です。しかも、奥様同伴であるようだ。

私は彼の、”新たなる人生にチャレンジします。”という言葉が重いと感じました。

しかも、葉書が届いたのが、4月2日の消印である。旅立ちと同時に、葉書をだしたんでしょうね。彼の、第二の人生の挑戦が実り多いことを祈ります。

(仕事とは?)

改めて、今回の葉書を読んで感じるのは、仕事とは、その仕事をする事で感謝される事で喜びが湧く。無償、有償に関わらず、本質はそこにあるのではないでしょうか?

日本からみれば、地球の真裏に位置するチリに夫婦で挑戦の旅に出る。素晴らしい、夫婦やな~~と思います。
確か彼らはクリスチャンの筈なので、宗教的にも大丈夫かも知れない。

団塊の世代は日本の高度成長を支えた戦士の連中である。彼らが退職し、海外に出てゆく。そして、海外の若者に技術を教える。彼だけではなく、NHKの番組では多くの団塊の世代の戦士が海外に第二の人生を求めている映像を観てきた。

今の日本は将来が危ない状況である。少子化の波と中国の台頭である。しかし、プライドの高い優秀な団塊の世代の人々で生きがいを捜す人々は、日本を去る。これで、いいのだろうか?とも、思う。

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バレリーナ3号 製作

2005_04060006私はこだわり深い性格でしょうか?この前、阿蘇の外輪山で墜落大破した愛機”バレリーナ2号”が忘れられず、又、性懲りもなく3号を製作しています。

1号機は千葉の飛行場で墜落大破し、これで、3号機となります。噂によれば、千葉の大岩先輩も先日、千葉の飛行場で墜落大破したとの知らせが届きました。

現在、製作状況としては、胴体と主翼のバルサは完成し、胴体にサーボモータ3個を既に搭載し、主翼にもサーボモータが1個搭載済みであります。勿論、エンジンもOS25FX を既に搭載し、燃料タンクも搭載している。

あとは、フィルム被覆とエルロン、ラダー、エレベータを接続し、サーボモータと連結ロッドを装填すれば出来上がりであります。しかし、先ほど、写真撮影のためにバルコニーに運搬途中、主翼のプランクされたバルサを指で破いてしまった。(阿呆やね)

(何故この機体が好きか?)

答えましょう、”優雅で品格を備えている”。この一言であります。

”バレリーナ”という機体のキットはテトラという会社が販売している。この会社のキットは概ね素晴らしい機体を世の中に出している。金儲けだけではない!昔の武蔵野模型のようである。設計者の心が伝わるキットである。

一応、サンドペーパーで胴体、主翼ともに磨いた、実は模型飛行機はこの時が一番美しい。バルサの木のぬくもりが伝わり、まさに、模型飛行機ここにある。と、言っているようだ。

此処まで仕上げるのに、どれだけのバルサを削り、家の中はバルサの屑で舞い上がり、家の者に迷惑をかけているか?掃除機をONにしながら、工作するが、それでもバルサ屑が舞い上がる。

人迷惑な話である。しかし、めげてはいけない。いくら、怒られても、文句を言われても、やるのが趣味の世界である。この趣味を私から奪えば、何が残るか?其処までやれば、世の男性諸君、存在価値があるんです。(勝手な方便やね)

しかし、我が家にも法律が有り、8機以上存在するのは、御法度である。だから、先日は2機、泣き泣き廃棄処分した。男は未練が深い。幾ら大破した飛行機でも自分が製作した飛行機は捨てがたい!これが、女には判らん!

ま~~、飛行機のボロ屑で包まれて生活するのも、可愛そうだし、常識ある世間の人と生活する為には仕方ない。
と、まともな社会人は考える。(涙)

そんな訳で、来週末には千葉の月例の飛行会があるので、この飛行機を完成させたい。

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宮崎駿の雑想ノート

2005_04020004宮崎駿さんは飛行機がすきである。彼の作品には必ず風と飛行機が登場する。今日はたまたま、本棚の隅にこんな本が有りました。多分にふうてん娘が昔に購入したものでしょう。

”宮崎駿の雑想ノート” 発行日 1992年 12月 
著者:宮崎駿
発行人:小川光二
編集人:小泉聡
企画:(株)アートボックス
編集:(株)DARTS
発行所:(株)大日本絵画
定価:2300円

(帯情報)

宮崎駿が生み出す 雑学と妄想の世界!
戦車、軍艦、爆撃機、・・・・そして豚!?
虚構と史実が交錯した、世にも珍奇な兵器

強そうで愚かでカワイイ、大人の味の絵本です。

第1章 驚異のウンチク絵物語!

 (1)知られざる巨人の末弟(ユンカースJ-38改四発爆撃機)
 (2)甲鉄の意気地(装甲艦モニターvsメリマック)
 (3)多砲塔の出番(多砲塔戦車 悪役一号)
 (4)農夫の眼(ポテーズ540双発爆撃機)
 (5)竜の甲鉄(甲鉄艦定遠、鎮遠)
 (6)九州上空の重轟炸機(マーチン139W双発爆撃機)
 (7)高射砲塔(12.8cm Flakzwilling 40 連装重高射砲)
 (8)Q-ship(Uボート vs Qシップ)

第2章 狂気のドタバタ活劇漫画!

 (9)安松丸物語(96式艦上攻撃機 vs 英国空母イラストリアス)
 (10)倫敦上空1918年(ツエッペリン・シュターケンR-Ⅳ重爆撃機)
 (11)最貧前線(特設監視艇 vs B-24リペレータ)
 (12)豚の虎(ポルシェ・テイーガー重戦車)

(私の宮崎作品感想)

・私は宮崎さんの作品は殆ど映画館とかビデイオとかテレビで拝見した。富士通のコンテンツ本部時代には徳間さんとのお付き合いもあり、”ガメラⅡ レギオン襲来”の製作に投資し、私自身が投資企業の代表でプロヂューサの一人として参加した。その時の監督は樋口さんで、今、”ローレライ”の監督をされている。

・スタジオジブリは当時は徳間さんが面倒みていたので、少なからず関心が深かった。仕事面ではアニメ分野では月岡貞夫さんとお付き合いさせて頂いていた。東映動画の元祖である。彼から、アニメの基本的な事を色々と教わった。  月岡貞夫さんとの出会い

・宮崎さんも、月岡さんも共通して感じるのは、男の子供の心を今も失われていないという事ではないでしょうか。
宮崎さんは、この本の序章で書かれているが・・・
 ”ようするに軍事関係の事が好きなんですよね。くだらないな~と思いながら、軍事関係の事が好きなんです。なんと愚かなことをするんだろうと、思いながら、なんてバカなんだろうと思いながら、戦記などを読んでいるんです。でも愚かだとわかりつつも、狂気の情熱みたいなもんが、どこか好きなんですね。

しかし、肯定してるかというと、否定しているんです。そういう矛盾が整理されないまま、ず~とこの趣味を40年間続けて来ました。・・・・・”

・男の子は飛行機とか戦車とか機関車とか戦艦とか・・・好きなんです。これは否定出来ない。宮崎さんの作品ではこれらの戦争の武器が何時も、何処か滑稽である、しかし、夢に溢れている。全て旧式であり、手作りであり、機械が大袈裟に動く。ラジコン仲間が彼の飛行機を製作して飛ばしているが、宮崎さんも参加されているようだ。

・宮崎さんも、まさか飛ぶとは思わない飛行機を、ラジコン仲間は製作して飛ばすのである。これも、子供の男の子の情熱でとばすのである。ラジコン雑誌では時折、紹介されています。

・風の谷ナウシカの彼女の乗る飛行機も、紅の豚の水上艇もラジコンで飛んでいる。嬉しそうに、宮崎さんが写真に収まっていましたね。

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ブルゴーニュに行きませんか?

娘夫婦がフランスの東部の田舎である、ブルゴーニュに住んでいる。旦那は人の良いフランス人である。
娘は日本でも”マラカス電気科学”のアーテイストとして活躍している。
昨年4月に日本に夫婦は来た。私は阿呆なフランス人を空海展に案内した。

(ブルゴーニュ旅行サイト)

娘のメールによれば、今度ブルゴーニュ旅行の日本人向けの旅行サイトを立ち上げるそうだ。そして、歴史部門については、私に手伝えと言う。娘は以前にお客様を案内してブルゴーニュの旅を夫婦でしたそうだ。旦那は地元なので、詳しい。そして、シャトーの農夫もしていた経験もありワインにも詳しい。

私は2回ほど娘を訪ねてブルゴーニュを訪問した。Blogにも記事を掲載した。”フランス紀行””joさんのおフランス紀行

私はフランスの田舎は素晴らしいと思う。勿論花のシャンゼリゼもオルセーもルーブルもいい、けど、やはりフランスは田舎である。なだらかな丘陵が延々と広がり、向日葵畑が続き、牧場が広がる。そして、肝心な葡萄畑が連なる。

丘の上には教会かシャトーが存在する。ベズレーにはあの有名な、”ダビンチ・コード”のマグダナのマリア”の眠る教会がある。歴史で言えば、十字軍の決起した場所でもある。

そして、中世のペストの被害から生まれた、スペイン迄千キロの巡礼の旅の起点である。サンチャゴ・デ・コンポステーラの起点である。 ”巡礼の旅”

(ワインと船旅)

ブルゴーニュはボルドーと並ぶワインの産地である。自分の好きな季節に年に一度は訪れワイナリーでワインを仕入れられては如何でしょうか。フランス人は美味しいワインは自分達で飲む。オーガニックもお勧めである。輸出用は工業化、商業化されており、如何なもんでしょうか?

地元の人が飲む本当に美味しいワインを仕入れましょう。わたしは35年以上働き続けた団塊の世代に言いたい。年に一度くらいは田舎に出向き、美味しいワインを仕入れ、そして、奥方にはパリで美術館とかシャンゼリゼの付き合いをする晩年の生活はいかがでしょうか。

ワイン産業のお陰で、ブルゴーニュには運河が張り巡らされている。フランス人は引退すると船を買い、夫婦で船の上で生活する人が多いそうだ。船旅にもお付き合いしましょう。

私は、未だ現役であり完全に娘のパートナーにはなれないが、年に2度程度ならばブルゴーニュを旅したい娘のツアーの人とお付き合いしてもいい。勿論自費の旅ですがね。

数ヶ月後をご期待ください。

(追加記事)

アマチュア無線の昔の仲間である、井上さん(JL1CHV)さんから、貴重なコメントを頂きました。彼は現在でも現役の海外無線(DXCC)の重鎮ですが、本職はワインの輸入を某有名な新宿の百貨店でなされて来ました。

私は素人ですが、専門家のブルゴーニュのワインについて、彼が現地での体験記事をプロとして書かれていますので、参考にして下さい。

 ”ブルゴーニュ地方の美味しいワイン”・・・・・By 井上 隆さん

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