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日本の現状 大きな踊り場(1)

最近、ふうてん親爺からメールを頂いた、彼は現状の日本と自分の事も重ね合わせ”大きな踊り場”と表現していた。登るべき階段を見出せないでいる日本と個人の心の問題である。

この問題は軽軽しく取り扱える問題ではない。これからの日本の行く末と個人の希望との重大事項である。しかし、古代史とラジコンでblogを済ませていては、いけないかも知れない。少しは、真面目な問題に取り組んでみたい。

(最近の受賞文学作品)

先日NHKのクローズアップ現代の番組で若者が次々と文学賞を受賞している現状とその背景について報道されていた。私は文学については、残念ながら見識を語れるほどの素養も才能もありません。しかし、時代を一番感じてそして、これからの世界を切り込んで行くのが文学の世界ではないか、そんな感性の優れた恵まれた天才が活躍する世界であると考えている。

番組によれば、若者は今、目標が存在しない時代であるという。昔は文学の世界では巨匠が存在した、如何に巨匠の壁を打ち破るか?邁進した。今はその壁も存在しない。そして、日本の行く末も見えない。精神的に不安の海の中で浮遊している。

若者は携帯電話のメール手法とか、アニメとか身の周りの手法を使い大胆に表現して行く。これが、若者に活字の世界を普及させる威力を持つ。最近の出版業界は深刻な不況であり、若者が活字離れしているのを、文学賞を受賞する若者が歯止めをかけている。

携帯電話のメールで使用されている、若者の文章は時折テレビで紹介されるが、私は判読不能である。これは、昔の女子生徒がポケベルで数字だけで、伝達していた世界に近い。(ハムの電信の世界)

この現状を見ると、平安時代での女性のひらがなによる文学の勃興を思い起します。漢文の決まりきった男の世界では、自由な表現が出来ない。女性がひらがなにより、新しい世界を切り開いた。今、携帯電話とかパソコンのメールでの自由な幅の広い表現手法を創り出し、挑戦している。

先の見えない踊り場では、色んな階段を創造してゆく時代が今後続く。しかし、私の好きな文学の世界の階段としては、新しい世界を描いていても、忘れていけないのは、その世界を支える古代の精神世界である。森鴎外でもいくら西洋の世界を描きながら実は、精神世界は古代の日本の説話の世界とか、しっかりした土台があった。

私はロンドンで悩んだ漱石の気持ちが少しはわかる。西洋の歴史と日本の歴史は精神世界では異なる。しかし、壁にぶち当たらない限り、本当の悩みは生まれない。

私は日本の若者が従来の漢字とかひらがなとか文字の世界だけでなく、マルチメデイアを駆使して新しい日本の文学を創造してゆく世界を夢見ている。しかし、である、一番肝心なのはDNAである。2000年の日本の心の美を忘れては一時のうたかたで終わる。

(経済という文明の世界)

最近は企業買収で世間は騒がしい、しかし、こんな話は昔から米国では日常茶飯事の出来事であり、買収される側も油断があっただけの話である。

以前にBlog記事を書きましたが、これからの課題は企業と国家とさまよえる資本の関係です。企業は生命体であり限りない増殖を求める、国境は存在しない。企業は国が統治出来ない存在である。もう一つ、厄介なのが国際的に利潤を求めて動く資本である。

これからの構図は企業と国家と国際資本の三すくみで物語は進んで行く。

先ず国家から考えましょう。現在は世界で国家は概略4個+その他しか存在しない。4個とは新ローマ帝国のEUと米国、日本、そして中国である。ロシアには申し訳ないが、もはや経済力の観点でも政治的にも過去の国である。

日本は米国の傘下にあり、正確には3国と表現した方が正しい。EUと米国、中国の三カ国である。この世界環境で日本が最大の国益を上げる戦略が必要になる。そこで、昔と環境が激変してるのは企業が国家の配下でない事である。多分に日本の国際企業数社により海外輸出の殆どを占める状況である。

私の持論は以前記事にしたが、”津ツ浦々連邦構想”である。海の民の連合連邦経済軍事安全保障グループの形成である。韓国、日本、長江文明圏、ASEAN、英国の連合連邦経済安全保障国家である。これぐらいの構想を持たねば21世紀以降は難しい。

・・・・・・続く・・・・・・・

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Comments

 私もクローズアップ現代を見ていました。

 若者の新しい文体というのはわかるのですが、表現方法だけで文学は生き残れるのだろうか、とも思います。
 今ネットで簡単に書く場が与えられています。が、この若者の文学が、果たして何十年後まで読み続けられる作品かどうかは疑問です。

 漱石の文学を「近代古典」と言った人がいます。いまだに漱石の文学を読むと、ハッとさせられることがあります。

「新しい世界を描いていても、忘れていけないのは、その世界を支える古代の精神世界である」
 その通りだと思いました。
 漱石だって、古典・漢文・俳句などなど。どれだけ勉強してたか知れやしません。その上、西洋の文学とまともに取り組んだ人ですからね。

 自己主張だけでは・・。先人から学ぶということも大切なのではないでしょうか。

Posted by: wd | 2005.03.12 04:54 PM

wdさん

多分に私の友人はjoが文学論に触れるとは怖いもの知らずと心配懸念されていると思います。

しかし、この日本の長い踊り場の状況を考え、今後の展望を考えると避けることの出来ない課題なのです。

私は、戦後、戦争放棄の憲法の基に米国の安全保障の傘下となり、無事平穏な江戸時代のような世界を60年間続ける事になった。

これは、異常な歴史であると思います。今でもサマワでは日本の自衛隊が外国の軍隊に守られている。世界の人々は笑っていると思いますよ。

韓国に行けば、北との緊張した軍事環境を感じる事が出来ます。国民皆兵の国ですから、若者は軍隊で教練の経験がある。

無事に暮らせた60年の代償は何であったのか?欲ボケな考えかも知れないが、失ったものが大きかったと思う。

戦後の植民地時代はまだ、続いているのではないでしょうか?自立していない。これが、文学の世界においても”グリーンハウスの中の文学”のような印象を受けるのです。

しかし、戦争のなかった60年は幸せでもありました、けど、世界では戦争が絶えていないのが現状です。

Posted by: jo | 2005.03.13 04:11 AM

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