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故正井君の想いで

明日は久しぶりに大学時代のワンゲル同期の5人が集まる。

残念ながら、同期でともに山小屋を建設した副将であった故正井君は卒業を控えた、夏の山行の奥穂高岳で滑落死亡した。もう36年も昔の話しだ。会えない。その時私は、北海道の利尻富士を登り、大雪の山を登っていた。

(二人で宮之浦岳を登る)

彼との想いでの山行と旅は、屋久島の宮之浦岳と帰りの日本海沿いの汽車の旅である。鹿児島から船に乗り屋久島に渡り、三月の未だ山は雪で覆われた宮之浦岳を目指した。1935メートル九州では一番高い山である。

山を降り、安房の海岸の露天風呂に入り又、鹿児島に戻った。山のパーテイを解散し、私は故正井君と二人で関西まで二人で、日本海を眺めながらのんびり、帰路につく事にした。6人用のでかいテントを担ぎ、鍋も担ぎ、自炊旅行である。

(下関の駅で寝る)

下関の駅で二人で寝ていると、周りがうるさい、目を覚ますと通勤客と通学の学生が私達二人の周りを取り囲んでいる。イカン、急いでシュラフザックから飛び出て、駅の外に出て朝飯を作る。ホエーブスを焚き、飯盒で飯を炊き味噌汁も作る。

飯盒と味噌汁の入ったコッフェルを抱いて、山陰本線の鈍行に乗りこむ。中学生か高校生達が私達を見て、大笑いである。なんと貧乏な連中か、と。笑顔で応え、もくもくと美味しい朝飯を汽車の中で食す。

私達は体育会であり、パーテイは解いても、未だ部活動が続いている、山の制服であり肩口には大学名と体育会ワンダーフォーゲル部と文字が刻んである。しかも、主将と副将の二人である。変な行動は出来ない。

(須佐の駅で下車)

日本海の眺めは素晴らしい、夕方になりあまりに景色がいいので、途中下車することにした。駅名は須佐である。

須佐関係参考

駅員さんが余程珍しいのか、何しに来たか?と、問う。あまりに美しい景色なので感動して、下車したと言う。
彼はとても感動して、君たちは何者だと問う。ワンゲルと答える。判らん?巨大なリュックを背負い重装備である風体が異様であるらしい。

しかし、何時も笑顔の故正井君が、ところで、海を見下ろせる高台で幕営できる場所は無いか?と問う。親切な駅員さんは、私達を近くの高台の公園に案内してくれた。幸い、水道もあった。夕焼けの素晴らしい景色である。

須佐之男命のゆかりの場所である。遥か古代に想いを馳せ、二人で晩飯を作り海を見下ろしながら幕営した。

(大阪駅で別れる)

その後、山陰本線を楽しみ最後は大阪駅で別れた。彼は明石が実家であり、本当に何時も明るい笑顔を絶やさないいい男であった。

彼とは、学生時代は何回一緒に山を歩いたろうか。そして、山小屋建設という大事業を一緒に成し遂げた女房役だった。彼の写真は今でも後立山連峰の鹿島槍ガ岳の山小屋には飾ってある。そして、我々の山小屋建設を始めたときからの山小屋日誌は思い出詰めて残ている。

その後、何年も経過して私も所帯を持ち子供も出来た。息子が言う事をきかない時代があった。ある時に山小屋に連れて行った。息子はこの30年も以上昔の山小屋日誌を見つけ、親爺の学生時代の記録を読み、私に対する態度が一変した。


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Comments

JOさん
1.私も、Joさんへの態度が一変した。
2.Joさんはすばらしい青年期を送ったんだ。
3.屋久島、下関、須佐、そして大阪での別れ。映画をみているような、古典的芥川賞作品をよんでいるような、そんな感動を持った。
4.ものすごい筆力、描写力だと思った。
5.多分、これが「文学」なんだ。

 とても佳かった。
 長生きしてくれ。
以上

Posted by: Mu | 2005.01.13 10:05 PM

Muさん

えらい褒めてもらい、恐縮します。実は、もう一人共に山に登り、下界で遊んだ一つ上の先輩がいるんです。

彼は、もう10年も前に死にました。大阪の北の新地の近くの路地で行き倒れ、朝方発見されましたが、既に身罷っておられました。

一度、彼との雲上での楽しい想いでを書きたいと思います。

Posted by: jo | 2005.01.14 12:44 PM

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