« August 2004 | Main | October 2004 »

風流高校生

今から41年前の高校生時代の思い出について,少し触れてみます。丁度、舟木一夫の”高校三年生”がヒットした時に私も、大阪府立寝屋川高校三年生でした。

(親友を得る)

当時の寝屋川高校は自由な校風の学校であり、今のような受験、受験で追われるような生活ではなかった。元々が女学校だったそうで、女性が幅をきかす感じがあった。

同じクラスに何時も、”ボーとしてる馬ずらの男”がいました。彼は柔道部であるが、気が弱く何時も試合では負けていました。得意は”日本史”のみ、それ以外は全く駄目な人間でした。しかし、不思議と気が合い、その後彼とは終生付き合う仲となりました。

(風流を解する会)

彼とはその後、数百通の手紙をやりとりする仲となり、彼の面白い手紙は姉や母の楽しみとなりました。時に、巻紙に墨で書いてよこす、不思議な人物でした。彼の筆名は”鴫沢隆成”という名前であり、私は”陽舜坊順慶”の筆名で往復書簡がダンボール一杯になる程でした。

ある時、”風流を解する会”を作ろうという事になり、但し会員は二名に限ると。彼の車で二人は着物を着て、生駒山にでかけ名月を鑑賞したり、私市の散策にでかけたり、百済寺にでかけたり、奈良は法隆寺に柿を食いにでかけたり、そして俳句とか和歌を作る生活を送った。

二人が憧れた世界は”方丈記”の世界であり、世捨人の世界でした。お互いに平家物語に憧れ、暗誦するくらいに平家物語を読み、漢詩をむさぼるように覚えお陰で日本史と古文だけはお互いクラスで一番でした。

二上山を仰いでは大津皇子のお姉さんの歌を詠い、三輪山では卑弥呼を遥か思い箸墓古墳では悠久の邪馬台国を語った訳です。

(彼は三浪する)

残念ながら彼は、三浪する事になります。お家は、鴫野にあり食堂と弁当屋さんをご両親はされていました。私は大学の帰りとか、山の遠征から帰ると彼の家を訪ね、弁当の配達を手伝い、お客の相手をしたり、彼の受験の相談に乗ったり・・・・・結局彼が大学に入るのは私が4年生の時になりました。

浪人中も柔道だけは続け、何回も応援に借り出され、遂に彼は柔道五段になった。その後、日本楽器に就職し合歓の里、担当になり、それからは屋久島に行き、鬼界ガ島にホテルを建て極楽鳥を飼い航空会社を買収しレジャー事業に邁進した。

(テレビ報道で驚く)

最近の話であるが、テレビを何気なく見てると不思議な光景を見てしまった。それは、九州は南のとある島のレポートである。倒産したホテルが飼育していた極楽鳥を放してしまい、今や島中が極楽鳥であふれ丸で、熱帯のアマゾンの森のようになっている。

青春の思い出は尽きないが、親より友人が大事である、特に多感な年齢はそう本当に思う。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

徐福船団

日本各地に徐福伝説が残っています。黒潮が流れる場所に限られる事も特徴のひとつですね。秦の始皇帝が求めた
不老不死の薬を求め、遥か東方の海の彼方の蓬莱山を目指して徐福船団は船出をしました。

(茂在寅男 もざいとらお 先生の説)

『古代史を語る』 朝日新聞社編 朝日選書450 1992年5月 第1刷発行

"徐福は日本にきたか" の題で茂在先生(東京商船大学 教授、東海大学教授)が船と航海の専門家として、語られております。

・エジプトで長さ45メートルもある4500年前の実物の船が発掘された。(1954年 発掘)

・日本の記紀の記録では長さ10丈(30メートル)の船があったと記述
『常陸風土記』では15丈(45メートル)の船について記述されている

・1986年 橿原考古学研究所が天理市の清水風遺跡で発掘した、弥生時代の土器片に船の線刻画発見。
弥生中期~後期の時代の土器片である。茂在先生が復元すると、36本の櫂と1本のマストを持つ25メートルの
37人乗りのゴンドラ型外洋船であった。

・中国の文献においては、春秋戦国時代に既に巨大な船の存在記述が沢山ある。
"秦の西に大船あり粟を積んで楚に到る三千里、船に50人と3カ月の食料を積み・・・"

・中国より黒潮のハイウエイに乗れば日本に到着する

・日本においては水中考古学が未開拓である。海が高速道路であった訳であるから、何故に古代の港の海中を発掘しないのか? どんどん埋め立てて破壊している。

(感想)

先生は、船と航海の専門家です。ハード面では状況証拠として可能であったと結論されています。巨大な船団で日本に到着したとなると、いろんな場所に辿り着いたと考えておかしくないですね。先生は、吉野ケ里遺跡は徐福船団の一部が到着して土着化したのではないか?と仮説をたてておられます。

古代といえば、筏とか丸木舟しか想像しなかった、今迄の常識は捨てねばなりませんね。私は、縄文人は弥生の人々以上に海のハイウエイを往来していたと考えます。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

山の仲間の便り 火祭り

私は中学時代からワンダーフォーゲル部に所属していました。インターネットの普及のお陰で、特に大学時代の山の仲間の掲示板とか、メールで先輩、後輩の行動を知る事が出来ます。大学のクラブの現状もホームページで知る事も出来ます。

(山小屋が中心になる)

本当に、大学時代に山小屋を建てて良かったと思います。先輩諸氏が現役を引退し、俄かに最近は通信が活発になりました。山小屋に集まる連絡が飛び交います。私より、7才上から5才上の諸先輩達が昔の、ワンゲル部員のように楽しそうな山小屋集結の案内とお互いの連絡をして、おられます。

何月何日に山小屋(後立山連峰 鹿島槍ガ岳 山麓)に集結命令である。

(楽しみはキャンプファイヤー)

彼らの通信を傍受していますと、楽しみは山小屋の前でキャンプファイヤーをする事なんです。丸太の木を井桁に組み天を焦がす勢いで火を焚く事なんです。学生時代の思い出は、辛い縦走を終えて山を下り、色んな山脈を縦走していた各、パーテイーが山の麓に集結し”お祭り”をするんです。

2週間程は縦走しますので、髭もじゃ、真っ黒、ドロドロ、汚い、ヨレヨレ、クタクタ、そんな状態で集結地に辿り着きます。しかし、これで終わりではないのです。最後に夜を徹した”火祭”の儀式があるのです。

縦走中の各パーテイは”スタンツ”という劇を”火祭”で披露しなければなりません。縦走中に各パーテイでは誰かが劇作家になり、議論を重ねて作り上げて行きます。多分、体育会に属しながら、極めて文学的なのも”ワンゲル”の特徴でした。

卑猥な路線に走るパーテイもあれば、純情ロマン派もあれば、ギリシャ悲劇を演じる連中もあれば、縦走中の出来事をモチーフに面白おかしく纏める連中もあれば、芸がないので裸踊りで局面を打開する連中もおれば、様々でした。

(何故キャンプファイヤーか?)

近くの森を焦がさんばかりの炎の柱の周りに、車座で座る。酒盛りが始まる。炎で仲間の顔が揺れる、酒で揺れる、
そして”劇が始まる”やんやの喝采。 何か、あめのうずめ(岩戸神話)思いだすな~~。

大きな仕事をなし終えた”祭り”に相応しい儀式でありました。そして、朝方には一升瓶を枕に顔を真っ黒にした連中が、”焼豚”のように転がっている。

野蛮と思われますが、これが神聖なのです。この学生時代の馬鹿げた記憶が、先輩諸氏の”心の故郷”だと思います。そして、山小屋に集まる。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

潜水艦型 空母

日本はかの大戦において,現在のミサイル原潜の発想を持つ『潜水艦型 空母』を持っていたそうです。
先ず、参考Webを見て下さい。

『晴嵐』

日本海軍の水上機と飛行艇

伊400特殊潜水艦

特殊潜水艦

(概略説明)

大型潜水艦に組み立て式の水上機を搭載し、敵地近くで水上機を組み立てて、攻撃に出る。残念ながら作戦途中で
終戦になったそうです。さて、どの様に、組み立てたか? 海上で組み立てたそうですね。この水上機は『晴嵐(せいらん』と呼ばれ、敵機と遭遇するとフロートを切り離し、戦うそうです。帰りは胴体着水なんでしょうね。

『晴嵐』はこの作戦用に専用に開発された、飛行機だそうです。しかし、海上で組み立てている時に攻撃されたら悲劇ですね。しかし、発想は素晴らしいですね。現在のミサイル原潜に通じると思います。

日本は大型潜水艦を沢山保有していましたので、このような発想が生まれたと思います。しかし、現在、原子力空母が潜水艦だと、ビックリするやろね。突然に空母が海上に現れたら驚くやろね。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

歴史観 鄭和の船団から

最近は孫を一人で預かることが増え、孫にテレビ放映された”となりのトトロ”を見せる為にVTRをセットした。
ところが、途中から突然に”不思議発見”の番組録画が現れた。何時放映されたか、判らないけれど、孫と一緒に見るはめになった。

(世界一周は中国人である)

その番組では、明の永楽帝の時代に7回に渡り、巨大船団が2万人を超える中国人が世界航路発見の旅に出たと。
私も、一応歴史好きなので、鄭和の船団として知識がありました。しかし、常識ではアフリカの東海岸迄は辿りついたと記憶していた。しかし、番組では大胆な喜望峰を廻り、アメリカに到達しカリブ海からカリフォルニア迄遠征したと報道されていた。

(ガビン・メンジース)

どうやら、最近に英国の海軍士官で歴史学者の”ガビン・メンジース”という人が、世界の常識を覆す中国の鄭和船団の歴史を発表したそうです。船乗りの目から鄭和の残した、世界の海図を分析してオーストラリア、北米・南米の存在を明らかにしたそうです。

マゼラン世界一周、コロンブスアメリカ大陸発見の100年前だそうです。どうやら、マゼランもコロンブスも鄭和の世界地図を持っていたそうですね。ベニスの商人が明時代の中国の鄭和の地図を持っていたそうです。そう言えば鄭和は色目人(イラン・イラク系)であり宦官でしたよね。

番組では最近の米国でのこの当時の中国人が上陸した、遺跡について数点報告されていました。

(歴史史観)

戦後の教育では私を含めて、学んだ科学史にしても世界史にしても、西洋から見た歴史観であるように覚えます。
明らかに15世紀は中国の造船技術は世界一であり3000トン級の船を製造していました、マゼラン・コロンブスの船は僅か80トン級の船です。

私は、南極大陸の発見もこの鄭和の船団が既に15世紀初頭に実現していたと、考えます。既に、ベニスの商人は南極の地図を持っていたと、昔何処かの番組でやっていましたね。

何故この鄭和の業績が抹殺されたのか、これからの研究と調査が必要ですし、世界各地に残る中国人の足跡・船団の遺跡発掘が待たれます。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

ゴミについて あれこれ

私の3万回アクセス記念の週のトップの検索語は”ゴミ収集車”でした。そこで、悪乗りして現在環境問題の最先端である、ゴミについて考えましょう。

(米国西海岸サンノゼ)

まず、生ゴミは出ない。何故かというと、各家庭の台所には”デイスポーザル”という機械が設置されており、生ゴミを粉砕して下水に流す。そうですね、シンクの下水への出口にマシーン(ミキサーみたいなやつ)があり、料理のプロセスで発生した大根の切れ端とか、葱のへたとか、玉ねぎの皮とか、なんじゃらかんじゃらはミキサーにかけて、粉砕して流す。

これが、実は問題でありまして、私はよくスプーンとかフォークとかをミキサーに入れてしまい、故障しました。機械の修理が必要になり結構面倒くさいですね。

下水のパイプがよく、詰まります。トイレの下水とか詰まるんですね。そうすると、電話で専門のおじさんが車で飛んできて、屋根に登り屋根の上に突き出した、下水のパイプの端から煙突掃除のような針金(ワイヤー)を突っ込みパイプの詰まりを取り除きます。

私は建築家ではないので、よう判らんけど、サンノゼの平屋の民家の下水のパイプ設計は、詰まる事が前提でどうやら設計するようです。屋根の上には下水のパイプの端が何本も各部屋の上に出ているんです。その縦に立てたパイプに各部屋の下水パイプをどうやら、接続するんですね。

わかりました? わからんやろな~~、一度西海岸の家庭の家の上を見てください。パイプが仰山でとるです。
暖炉の煙突は、ところで違うよ、念のため。

え~~ゴミやったな、前庭の前の道路沿いに巨大なバケツに蓋がついたようなゴミ箱にゴミを入れて置きます。
日にちが決まっています。それから、粗大ゴミは数軒(3~4軒)に一箇所鉄の箱のような一辺が2~3メータの箱があり、そこに放り込みます。そこで、私が、以前にレポートした”スイスのツエルマットのゴミ収集車”が現れて,二本の腕で鉄の箱を持ち上げ、一気にゴミを食べてしまいます。

(最近の日本の住宅街)

江戸時代の方が清潔でしたね。ちゃんと、長屋には木で出来たゴミ箱があり数軒で共用していたんでしょ?確か、昭和の初期の頃も下町でもゴミ箱がありましたよね。最近は、道のかどに無造作に積み上げています。カラスが攻撃します。何でこないな日本になってしまったんやろ?汚いと思うし、不潔やね。

地域コミュニイテイが崩壊したんやろか?犯罪も多いし、昔の5人組制度を復活させられてしまいそうやね。

スイスのゴミ収集車写真

| | Comments (2) | TrackBack (0)

3万アクセス 記念

今年の3月末より開始したJoBlogも早、半年が過ぎました。3万アクセスだそうです。(プロに移行してからカウントですから、多分4月末頃からの計算です)

(現在のblogの状況報告)

・使用デイスク容量・・・・・81.63メガバイト(もはや54%使用済) MAX150メガバイトだそうです。
・平均毎日アクセス・・・・・214件アクセス

9月13日(月) ~9月19日(日) 1週間のアクセス記録は以下の通りです。

(1)ゴミ収集車・・・・・・・30件(何でや? 多分ツエルマットの不思議なゴミ収集車が人気か?)
(2)ラジコン・・・・・・・・・25件(これは、判りますね、ラジコン記事が中心やから)
(3)法隆寺歴史・・・・・・19件(これが常時アクセスがあります、人気です)
(4)ラジコン技術・・・・・・16件(これも判ります、けど、あまり技術については書いていません)
(5)写真・・・・・・・・・・・・16件(写真が多いblogですよね)
(6)赤とんぼ・・・・・・・・・16件(blogの登場人物とクラブ活動報告ですから、判ります)
(7)動画・・・・・・・・・・・・15件(フライト風景動画)
(8)おわら風の盆・・・・・12件(季節もんですね)
(9)英会話上達法・・・・・11件(責任感じるな~~、いい加減な記事やさかい)
(10)カルマート・・・・・・・8件(ラジコン飛行機の名前)
(11)秦氏・・・・・・・・・・・8件(歴史もんですね)
(12)京都・・・・・・・・・・・7件(京都は京都でもど田舎の話ばかり)
(13)宇佐神宮・・・・・・・7件(歴史もんやね)
(14)水遊び・・・・・・・・・7件(JO少年の貧乏な子供の頃の阿呆な話やね)
(15)飛行機・・・・・・・・・7件(ラジコンですね)
(16)へそ・・・・・・・・・・・6件(何やろ? 何でへそなんやろ?)
(17)台風の恐怖・・・・・6件(今年は、台風で皆様大変でしたね、参考にはなりませんでしたね)
(18)歴史・・・・・・・・・・6件
(19)風の盆・・・・・・・・6件(季節もの)
(20)サンノゼ・・・・・・・5件(米国西海岸の情報やね)

友人のMuBlogの親爺は同じ頃に初めて、6万アクセスですから、私のJoBlogは半分の人気やという事ですな。
しかも、彼のアクセス上位には『ダ・ビンチ・コード』で検索にくるのが、ダントツだそうです。高尚なblogという事がそれで判りますね。

それに引き換え、私のblogの最大のアクセス検索語は『ゴミ収集車』やさかいな~~~~。えらい、差です。
今週のアクセス検索語では『ふんどし』やさかい、品位が問われますね。

これからも、宜しくお願いします。のんびり、やります。徐々に、品位を上げてゆきます。
最後に、何時もコメントを頂く、Mu親爺、wdせんせ、羊はん、これからも宜しく。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

襷とはちまき

日本人が発明した普遍的なものは、”襷(たすき)”と”はちまき”である。

これは 対談 ”中国を考える” 司馬遼太郎、陳舜臣 文春文庫 で両名が述べている言葉です。

一本の紐で和服は戦闘服になりますね。女性が、台所で戦う場合も襷をします、大掃除でも、農家の庭先で働く女性も襷をしておられる風景が懐かしいです。口で片方の紐をくわえ、右手で紐を襷がけにする風景は子供の頃には良くみかけました。しかし、これが日本の発明とは知りませんでした。

鉢巻もそうなんですね、これも戦闘衣装であります。たぶんに、起源は判りませんが兜を被ると湿度の高い日本では頭がむせる、そこでさかやきを剃る。長い髪を束ねたのでしょうね。古墳時代にはすでに鉄で出来た兜がありましたから、古い歴史を持つと思います。

(はちまきは紐か?)

子供の頃、運動会で紅白に別れて戦った訳ですね、その時は必ず紅白のはちまきを締めました。最近は知りませんが、運動会と言えば、鉢巻でしたね。

汗をはちまきが吸収して、目に入らない効用がありましたね、記憶があると思います。そして、気分が引き締まりますね。何で、外国の人々は思いつかないでいたんでしょうか?不思議ですね。

もともとは縄ではちまきを締めていたんでしょうかね。しかし、死を賭けた戦いで、はちまきを締める風俗はもっと古い歴史があるように、思います。

(野辺の葬送)

滋賀の安土の”オイソ”という場所での、葬送に立ち会った経験があります。親族の男衆がはだしで白衣を着て、棺桶を担ぎます。墓地までの田んぼの畦道を担いで、土葬にするわけです。

額には三角形をしたものをつけ、真っ白な鉢巻きを締めます。私は、鉢巻きと”死の儀式”との関係が太古より日本人には関わりが深かったのではないかと思います。

私は、卑弥呼はんも、はちまき をされていたと思いますが、どうでしょうか?

| | Comments (4) | TrackBack (0)

高知 一本釣り鰹たたき

2004_09240001.JPG

おお~~先程、土佐の高知から、一本釣り”鰹のたたき”の宅配便が届いた。
わら焼きである。たれも、ねぎもついとる。

嫁はんは、残念やね~~。朝方、日本一周の長い旅に出よった。敬老の日で母さまへの”なんじゃらの旅”やね。

ところで、賞味期限は明日や! 近所に住む貧乏な娘と孫に食わすしかない。

しかし、誰が高知から送ってきたんやろ~~~?

まあ宜しい、届いたもんやし、賞味期限は明日やし、食ったら終わりやね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

人生模様

私は今まで二人の仲人しかしていない。もともと苦手な世界なので、関わらないようにしている。仲人するほど立派な人生を送ってきていないし、申し訳ないと思う。

(数奇な二人の仲人)

最初は”ジョイル リー”君でしたね。米国から帰国して情報処理事業本部の第七計画課長で帰任した。そこに”変”な奴がいた。MACおたくでパソコン通信のおたく青年がいました。激しい性格でパソコン通信では色々問題発言をするし、私は何回もあやまりに各方面を走り回る毎日でした。しかし、こいつが憎めない。ただ、若さの激しさが、時に暴走するわけです。

もう一人は、繊細な技術屋でしたね。秀才でしたが、”ヘビメタ”で化粧をして激しい音楽の世界の顔を持つ人間でした。潔癖症で、普段おとなしいけれど、仕事場で正義を踏みにじる野郎がいると、激しい喧嘩をやる。

最初の”ジョイル・リー”君の結婚式は参列者が殆ど、チマ・チョゴリの正装の韓国の結婚式でした。私の家内は”おとうさん、ここは日本というより、ソウルではないでしょうか?”と言わせる程でした。そして、主賓が、一番の喧嘩相手のあの、OASYS日本語ワープロの生みの親であり、パソコン通信の神田親父でした。

ヘビメタは学士会館で挙行されました。東北大学の連中が集まり、職場の連中が集まり楽しい結婚式でした。

(昨夜の人生相談)

昨夜は久しぶりに若者から人生相談の依頼を受けた。相手の女性は”お嬢様”こちらは、片親で且つ母も再婚している。私は本当に驚いた、今どき身分の違いが存在すると言われたことである。

そんな事なら、私の娘どもはどうなんだ?一人は、世界を又にかける定職を持たない旅人であり、もう一人は5才の子供を抱え離婚しとる。馬鹿息子は何回も落第して今は琉球の大学でバイオリンを弾いとる。

ここは、日本でありヨーロッパの階級社会ではない。身分に差などはない。問題は、本人同士の強い繋がりである。
昔、梅安さんが名言を言っていた、”愛は反社会的である”、”過酷である”と。

お互いが”過酷な道を一緒に歩む覚悟”があるかどうかやね。私も,歳(よわい)をかさねたもんやね。

| | Comments (6) | TrackBack (2)

スタータと『花火』

Cimg0002.jpg

エンジンを始動するには、スタータを使います。昔は、15クラスや19クラスのエンジンの始動は手でプロペラを廻し、始動させました。スタータを使うと、小さな排気量のエンジンには負担が大きく、クランクシャフトを痛めたりします。

私は、最近は安全の為(手の指をプロペラで負傷しないように)に必ず、スタータを使用するようになりました。12ボルトのバッテリーから給電して使用します。時折、12ボルトバッテリーも充電します。

この階段に座り、一服してるところです。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

晩夏 夏草もおわり

Cimg0001.jpg

猛暑も終わりました。草むらに横たわるのは、私の派手な『ファンフライ機 花火』です。 花火の季節もそろそろ終わりですね。

背景の『ワールドカップ大橋』の後ろの背の高い円筒形のビルは、新横浜プリンス・ホテルです。このホテルに宿泊されれば、私が優雅(?)に飛行機を飛ばしているのが、観察出来ますよ。

もう秋がそこまで来ています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

BACCARA30 修理完了

2004_09210001.JPG

水上機”BACCARA 30"の修理が完了した。

(水上機仕様)

エンジンはOS MAX 32SXエンジンである。消音器は”ハットリ チューンド サイレンサー 2C32"である。

プロペラは 10X6.5 サイズを使用。サーボは4個使用、エレベータ、エルロン、ラダー、エンコン。

写真ではカウル(機首部のカバー)を外した状態である。フロートの先端はバルサを整形してフィルム被覆である。
ピンクの在庫が無いので、黄色使用した(みっともない)(笑)

垂直尾翼は水中舵の役目を行うので機体中心線より下についている。(フロートの重量と空中でのフロートの空気抵抗の関係で)

さて、そのうちに千葉で飛行させます、請うご期待!(え?どうせ墜落大破? 離陸せずに湖底へ沈没?)

| | Comments (2) | TrackBack (0)

ボロ飛行機

2004_09040004.JPG

ボロ飛行機”カルマート25 スポーツ”がぶら下がっている。エンジンの消音器(マフラー)には紙で栓をする。オイルが落ちてくるからである。

鍵のホルダーの板は馬鹿息子が幼稚園時代に製作したものですね。

右上の黄色の異様な鼻の作品はミサヨが大学時代に製作した”変”なやつ。不気味やね。

写真は、馬鹿息子と次女が京都の実家の庭で掃除をしながら、”ふざけている場面”である。

左の太陽の仮面はミサヨがメキシコ時代に購入した”変”なやつである。

貧乏な侘しさが漂う、部屋の壁である。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

機体の修理で一日終わる

今日は一日風が強く、飛行機を飛ばす訳にいかず、一日中家の中でゴロゴロと過ごす。

(水上機の修理)

フロートの先端が両方の脚ともに欠けており、バルサ材を購入し、三枚のバルサを重ねて整形し、フロート先端を製作する。エポキシで固めて、その上からフィルムを被覆する。アイロンで熱しながらバルサに接着してゆく。

垂直尾翼の翼端と水平尾翼の翼端も少し、欠損しており、バルサを整形してはめ込み、エポキシで固める。その上からフィルムを被覆する。その他、エンジン出力制御のロッドを修理するがうまく行かない。ピアノ線が太すぎる、細いピアノ線の我が家の在庫では短すぎる。これが、大変である、頭から汗を流しながら修理するが、失敗する。

明日又、知恵を絞ろう、今日は諦める。

(スカイビンボー修理)

燃料タンクがおかしい。オイル漏れと空中で時折エンジンが停止する。千葉での飛行を反省し今日はオーバーホールすることにする。燃料タンクを機体からはずす、これが、面倒である。機体の胴体には色んなメカが搭載されているので、それらを取り外す必要がある。家の床は燃料が漏れ、ベトベトである。

今回は燃料タンクを190ccの大きなタンクに仕様を変更する。本来この飛行機は15クラスのエンジン仕様であるが、25クラスを搭載しているので、燃料タンクは大きい方がいい。心配は重心位置の影響であるが、大丈夫でしょう。

(ファンフライ”花火”の修理)

土曜日に鶴見川で飛ばしたが、胴体がやはり折れている。エポキシで接続しているが未だ補強が足らない。
胴体の下部に補強材を接続することにする。見た目に悪いが、丈夫がなによりである。これで、少しは、もつであろう。とにかく、4サイクルエンジンは振動が激しいしい、いくら”フローテング・マウント”の上にエンジンを搭載していても振動は機体に伝わるものである。

このエンジンは新品の為に、未だ回転が上がらない。新横で飛ばすぶんにはちょうど、良い。

あ~今日は一日、飛行機の修理で終わった、土曜日から続いているので丸二日である。エンジン機はオイルがベトツクので手がベトベト且つ、指に小さな傷がありそこからメタノールとニトロメタンが沁みこむ、痛いのである。
今日は赤トンボの仲間は皆さん、墓参りである、約1名はバケーションでオーストラリアへ旅行に出かけた模様である。私は彼がお土産で”カンガルーの金玉袋”を持ち帰るのを期待している。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

ダ・ビンチ・コード読む

MuBlogにて”ダ・ビンチ・コード”の書評が掲載され、面白そうなのでぜひ読みたいと思い、読めた。
プロのミステリー読者は是非MuBlogの書評を読んで頂きたい。キリスト教の色んな歴史について、垣間見る事が出来ると思います。

(原始キリスト教)

私はキリスト教に関しては無知である、従いBlogで信仰につて記述資格はない。しかし、宗派を超えて心が繋がる思いが強く感じた。日本の片田舎の路傍に佇む石仏と変わらない普遍の信仰というものが底流に流れている。
遥か手の届かない神よりも、もっと身近な尊敬できる人が大事であり且つ、生命を生み出して頂ける女性の崇高な存在が本当の神なのではないか?ミステリー小説について語るのは、ルールがあるそうである、種は明かしていけない、最低限のルールだそうです。

(親鸞とダ・ビンチ・コード)

私は本を読んでいて、何時の間にか親鸞を思い起こした。司馬さんの親鸞に関する何処かで読んだ記憶が蘇えって来た。私は今までキリスト教とかキリストとは縁もゆかりもない人物でした。ルーブル美術館とかイタリアのフィレンツエの美術館で宗教画をみても、単なる美術品として見ていた。しかし、今回の小説を読む事で何か身近な庶民的なキリストに出会えたような気がする。それは、私における親鸞ではないでしょうか。妻帯しても良い、罪深い人間こそ救われる。何かそんな感想を持ちました。

(正十字とシオン城)

この小説ではシオン修道会がメインテーマであります。偶然ではあるが、今年の7月にスイスの山の旅をしましたが、途中で懐かしの”レマン湖”の東岸に立ち寄り”シオン城”を訪れていた。バイロンの悲しい詩が世界の人の目をこの”シオン城”に釘ずけにした。宗教戦争である。古のキリスト教の正十字はこのスイスの国旗になっている。

MuBlogのお陰で”ダ・ビンチ・コード”小説を知ることが出来た。私は、フランスにいる娘にこの本二冊(上・下)を郵送するつもりである。ルーブル美術館には気をつけろ!とね。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

古河さんとブロードバンド

nifty社長の古河さんがblogでブロードバンドでのVOD(ビデイオ・オン・デマンド)の思い出を語られている。私は僭越ながら本人が語れない裏話とドキュメンタリーを記述します。

(突然の解任と浪人生活)

私は自分の主張と会社の方針が異なり、突然に部長職を解任された。私は電話を取り上げ友人の梅安さんに電話を入れた。”梅安さん、悪いけど隣に明日から俺の席とあつかましいけど、部下のメタルの為に席を用意してくれんか?” 突然の電話に彼は当惑した。

次の日はもう新百合の彼の事務所に私と部下1名はいた。世に言う野に下るである。廻りはマルチメデイア・パソコンの設計部隊のいる事務所でした。毎晩のように場末の酒場に通い、これからのコンピュータの設計の事とインターネット時代の来るべきブロードバンド時代の夢について語り明かした。

(古河さんに再会する)

1年後、丸の内で偶然に古河さんと再会した。彼は、慌しく経営会議に出席するために資料を持参していた。”古河さんその資料悪いけど少し見せて?”と頼んだ。私は数分真剣に読んだ、”古河さんこれはまったく駄目だ”と私は答えた。彼は暫く私の目をあのギョロ玉の目で睨んでいた。何も言わず彼はその場を去った。

(特別プロジェクト部長拝命する)

数日後、私は副社長の部屋に呼ばれた。君は明日から本部長格である、当社の社運をかけた極秘のプロジェクトを任すと言われた。数日後、私はニューヨークの巨大な7~8人は乗れるバーも設置されてるリムジンの中にいた。
米国RBOCの巨大プロジェクトである30万所帯単位で蜂の巣を作りVODインフラを構築するプロジェクトの設計責任者として扱いを受けた。彼らの差し向けた巨大なマフィアが乗るようなリムジンに一人乗り、テームズ川の風景を眺めながらレキシントン通りのホテルに帰った。

(大規模開発が始まる)

古河さんが総指揮をとり通信部隊、デイスク部隊、OS開発部隊、システム開発部隊、コンピュータ開発部隊が集結し一大プロジェクトが船出した。まず、世界で最初に中野CATV局を使い中野でブロードバンドによるVODと広帯域インターネットを家庭にサービスしよう。私は通信路を除く全ての開発の責任者として古河さんの下で指揮をとった。

梅安さんは右腕の宗像君を家庭に設置するセットトップBOXの開発責任者として送り込んでくれた。友情である。
米国では次々と開発を断念する情報が入った。問題はMPEG2のエンコーダ・デコーダの開発が研究所で間に合うかどうかが鍵になった。そこにも侍がいた、梅安さんの友人の切れ者がいた。絶対間に合わすと、世界初を目指すプロジェクトに梁山泊はいたのである。

(映画素材をどうする)

私は”ガメラⅡ”のプロヂューサをした関係で徳間書店の元”大映”のメンバーと知り合いが出来ていたので、徳間さんに掛け合い、映画200本をMPEG2でエンコード出来る権利を得ることが出来た。不安は”市川雷蔵”とか古い映画ばかりである。最先端の技術の開発と古の映画とはどうもチグハグである。彼は只でいいとプロジェクトに賛同した。

(成功する)

世界初のブロードバンドによる中野CATV局管内での4MBPSによるMPEG2でのVOD(ビデイオ・オン・デマンド)と広帯域インターネットを家庭にサービス出来た。これは、世界初の出来事でした。

もう15年も前の話である。世界初に挑戦するプロジェクトの指揮官としては古河さんが似合っていたし、梁山泊が集まるものであり、それを影で支えるシンパが仰山いる。何のために毎日稼いでいるのか?一握りのメンバに世界初をやらせる為に多くのメンバが働いている。これが、健全な生命体、企業の”かたち”である。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

豊かさとは?

現在プロ野球の業態のありようについて、議論が高まっている。多くの球団経営において財務内容が厳しいようだ。
オーケストラの運営においても、サッカーの球団においても同様に厳しい。

(芸術・文化の育て方)

歴史を振り返ると、概ね権力者が芸術家を養ってきた。レオナルド・ダ・ビンチにしても宮廷音楽家にしても、日本の大和絵にしても源氏物語絵巻にしても・・・・・。芸術家が目先のお金と損益計算書を意識しては、世界に輝く芸術の創造は出来ない。GDPの何パーセントがこのような芸術・文化に携わる人々の為に割り当てるかが国の『豊かさ』のバロメータと考える。これは国民の品格に依存すると考えている。

(決めるのは国民)

国が予算で芸術・文化の為に確保する事も大事であるが、本当は国民の税金で『芸術・文化必要経費』を認めて頂くと有り難い。私は源泉徴収で国家に税金を納め、地方税も横浜市に多額(?)の金額を納めている。地方税でいえば今や夫婦しか居ない訳ですから、水道とゴミと警察と図書館くらいしかお世話になっていない。なのに、収入に応じて巨額の地方税を納めている。何でや? 俺にも、意見を言わせろ! と思います。

(企業が球団経営出来るか?)

企業とは利益を追求する集団であり、芸術・文化に関わるのは難しい。結論は金持ちが道楽でやるべきです。そうか、サッカー100年計画のように文化と考えて地元で祭りにする。南河内の『だんじり祭り』は歴史にねずいている。
野球は伊予松山の正岡子規が惚れ込み、四国・大阪で芽生え歴史にねずいている。高校野球が関西方面が伝統的に強いのには歴史がある。企業は30年が寿命である。(例外もある)

(憧れのスターに賃金闘争は似合わない)

子供たちが憧れるスターはお金に疎遠であって欲しい。結果として巨額の金を得るのは素晴らしいが、金を目指してはいけない。これは、日本人の美意識と言うか、歴史が許さない。

焼け野原のかの大戦後、食い物も無い時代に生まれた私は今の経済大国日本の芸術・文化へのかかわりについて、もう少し、何とかならんのか? 昔に比較して、食い物はある。『衣食足りて礼節を知る』状況にあるのに、焼け野原の時代の方が日本人の『精神』は健全で豊かではなかったか? 子供の頃の野原でザリガニを釣る生活の方が豊かに覚えるのは私だけか?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

カンブリア紀と企業生命

5億数千年前の”カンブリア紀”に生命の大爆発があったそうだ。これは今でも謎だそうだ。地球環境に激変が訪れたんでしょうね。生命と言えば、企業も生命体である。企業を取り巻く環境が激変している。

(企業生命体)

昔は、株式会社といえば総務部、技術部、営業部が最低必要であった。しかし、今は世界に誇る”Only One”が一つ持てばよい。米国のシリコンバレーが生まれた頃のように、素晴らしい技術を持ち製品を持てれば会社を設立出来る。今はインターネッツトの進化と企業の機能分散でいくらでも、株式会社の必要機能をアウトソーシング出来る。
むしろ、総合企業の凋落が激しいし、グループ解体が進んでいる。

簡単に言えば、強い心臓があれば、他の臓器は他人の物を拝借すればいいのである。しかしその心臓は特徴と競争力が無ければ成立しない。

(間接部門は存在しない)

昔は、間接部門の概念が存在した。今は存在しない、何故ならサービスビジネスとして専門の会社が存在するからである。総務サービス、人事サービス、購買サービス、代理購買、何でもござれである。サービスで対価を得る。

(カンブリア紀に似てる)

既存の株式会社という組織概念は今や、仮想のネットワークにより不思議な生物として爆発している。これは、カンブリア紀に数種類の生物しか存在しなかった地球に、突然に1万種の生物種類が発生したのと似ている。
これからは、この混沌とした会社間の競争に勝たねば生き残れない。どのような生命体が生き残るか不明である。

しかし、私たちは5億数千年後の地球に生きている、誰が生き延びたか知っている。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

少年と探偵小説

最近は京都方面のミステリー小説作家の『某氏』のMuBlog影響を受け、『ミステリー小説』に少しずつ、興味が沸いて来た。考えてみると、子供の頃には江戸川乱歩さんの『怪人二十面相』とか、月刊少年誌で少年探偵団とかおおいに夢中になった時代があった事を思いだすようになった。

(秘密を持ちたがる)

人は何故、秘密を持つのであろうか? そして、その秘密を人は暴きたがるのか? 不思議である。私は、子供の頃に愛犬『メリー』と過ごしたが、彼女は時折せっせと穴の堀り、大事なものを埋めて隠す性癖があった。本人は、何処に埋めたか本当に覚えているんだろうか? 埋めた事を記憶しているんだろうか? 少年時代に疑問であった。

犬のDNAには食料を備蓄する厳しい自然環境と戦って来た歴史がそこにあるんだろうか? しかし、少年の運動靴を土中に埋めてもあまり意味はないように思えた。

(秘密を暴きたい)

少年探偵団では秘密を暴く頭脳訓練がよくなされた。校庭の大きなヒマラヤ杉の影が午後4時頃に影を落とす、先端を見つけ、そこから90度右に歩幅30歩歩いて、其処を掘る。そうすると、瓶の中に指令書があり、又、謎が書かれている。わくわくしながら、謎を解く。今『ダ・ビンチ・コード』を読んでいるが似たようなものである。 基本的に子供っぽい謎解きのゲームである。しかし、これが面白い。

(宗教が絡む)

聖杯とかキリスト教の歴史に絡む謎解きは西洋の人は好きそうだ。映画でもハリソンホードとかインデイーシリーズではよくテーマになる。人間が数百年、数千年秘密にするだけの価値があるのはやはり『宗教』がらみなのでしょうか。
日本にも叙事詩『古事記』『風土記』『民話』が沢山残されているが、実は中身に秘密が隠されているんでしょうか。
ミステリー小説を読んでると、廻りのものが小説のように、思われて来ますね。

え~~結論は、ないですが、言いたい事は『大人が読むミステリー』も実は子供の頃の自分が読んでる気持ちになるな~~と そんな感想なのです。何か、子供心を揺り動かす小説が本当に面白い。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

離陸

Cimg0036.jpg

千葉のラジコン親爺のスケール・アクロ機 YS64 4サイクルエンジンの豪快な音と砂煙を蹴って離陸です。
見事な演技を見せてくれました。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

三度目の正直 千葉飛行会

Cimg0017.jpg

三度目の正直、2004年9月12日(日曜)は快晴。早朝より、千葉に遠征した。

(メンバ)

大岩先輩(1年半振りの飛行)、千葉ラジコン親爺、以上は千葉組み。横浜より、かっちん、娘さん、わこちゃん、jo.
マイフォトに写真を掲載しましたので、暇な御仁は見て下さい。

上記写真は、私が、千葉のラジコン親爺から譲り受けた中古の水上機です。フロートの先端が破損してるのと、垂直尾翼が少し、欠けています。サーボは高級サーボが3個も搭載されており、あと、エルロンサーボを搭載すれば、良いだけです。 エンジンはOS 32SXという高級2ストロークのほぼ新品のエンジンが搭載されています。これに、チューンド・サイレンサーを接続する予定です。

今回は、大破も無く、私の飛行機が水溜まりに着水した程度の御期待に沿わない? 大会でした。
しかし、炎天下 ホンマ疲れた、脱水症状でした。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

300番目の記事

早いものですね、これが3月から始めたJoBlogの300番目の記事となりました。

(光陰矢の如し)

最初は、blogの操作も判らず、よちよち歩きでした。
幸い、MuBlogの先生や梅安さんなどの厳しい、添削が続き、少しは人さまに読んで頂けるblogになりつつあります。

内容は、赤とんぼの仲間とのラジコンが中心です。それに、好きな古代史が時折顔を出すという案配です。

趣味は今はラジコン一筋ですが、過去には『アマチュア無線』(日本、米国)、『将棋』、『山登り』、と色々浮気をしてきました。

これからも、宜しくお願いします。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

国民自ら企業を育てる風土

これからの日本の行く末を考えると、個人がもっと『株』を買わねばいけないと思う。日本の風土として『株』は投機という考えが強いし、『株屋』とかあまり宜しくない、風潮が有ります。しかし、これでは、根本的な日本の再生はあり得ないと思います。

(株式会社の歴史)

資本主義の歴史は東インド会社からその萌芽が見られますね、本格的には英国での産業革命からと歴史家はいいます。さて判りやすい株式会社と決算の概念は船で説明しましょう。船を建造し航海にでるには膨大な資金が必要になりますね、株を発行して投資家を募り、船を建造し貿易の品を買い込み航海に出る。貿易が終わり船が帰国すると、そこで決算が行われます。所謂、決算処理ですね。利益は投資家に投資した株数に応じて分配します、これが配当です。

(日本の資本主義の歴史)

日本は資源も資金もない国でした、明治政府はそこで、官僚主導の資本主義の育成にあたります、資本を集中させ国際的に戦える企業を分野を集中選択して効率の良い企業育成を行ない、成果を出した。産業資本を育てる為に金融資本主導の資本主義を進めた訳ですね。先の大戦後も焼け野原からこれをやり、世界第二位の経済大国へと登り詰めた訳です。

(世界環境の激変)

バブルの崩壊後、企業を取り巻く環境は激変しました、資本移動の自由化、国際会計基準の適用、国の財政赤字の膨大化、市場の国際化、中国の台頭、EU連邦市場の登場、・・・・・・企業は厳しい環境に置かれ、間接金融から直接金融への移行、CASH Flow経営、連結経営、利益率の重視、株主への経営の透明化、外国株主への配慮、持ち合いの解消・・・・等々、今迄の100年間続いてきた日本の経営手法は根底より問いなおす事態となった。

(企業を国民が育てる)

官僚が企業を育てる時代は遥か昔に捨て去らねばならなかったのに、それが続いた。又、産業資本が育たずに金融資本が日本の経済を支配した。しかし、欧米先進国の資本主義はとっくに産業資本が成長している。
これからは、国民が企業を育てるようにならねば日本の資本主義は危うくなる。即ち、貯蓄も必要だけれど株式を購入して企業を育てる事をしなければいけない。小学校から株について教えるべきである。

株を買うには企業を知らねばならない、又、会社は企業活動の内容を公開しなければ株を買って貰えない。会社の透明性が推進されるし、国民は企業の事を詳細に知る事が出来る。これが、本当の資本主義の国の形ではないでしょうか?

| | Comments (2) | TrackBack (0)

三度目の正直 週末飛行

週末の千葉飛行会が台風で二度、流れた。今週末12日(日曜日)予定する。

(西郷さんは不参加)

残念ながら、グライダー親父は都合により不参加だそうです。千葉のラジコン親父は水上機を大破させたので、今回は水上機は無しです。

(何で週末、台風は来るのか?)

今回も、実は台風が危ない。しがない、サラリーマンの週末の楽しみを何で台風は奪うのか?何で、国宝の厳島神社を破壊するのか?何で、日本ばかり今年は襲撃して破壊するのか?

(台風を温帯低気圧にする方法)

誰か発明してくれんやろか?南方海上で台風の赤ちゃんが出来た時に、何とか始末は出来んもんやろか?要は入道雲の巨大化した奴だから、巨大化する前に成長しないように、”手”は無いものか?

日本の若者諸君、発明して”ノーベル賞”を取ってくれんか?

| | Comments (4) | TrackBack (0)

秦氏が気になる

どうも、宇佐神宮の話あたりから、最近は日本の古代から平安時代迄の歴史で、秦氏の存在が気になり始めた。
歴史を少し、平安京遷都以前へ逆戻りしながら、秦氏を考えてみましょう。

(平安京遷都と秦氏)

明らかに、山城の国、近江の開拓を行ない、ほぼ治水事業も完了した京都に遷都させる力は秦氏にありました。桓武天皇のお母さんも渡来系です。藤原式家を表に立てて秦氏は政権を動かした。

(壬申の乱から奈良時代終焉迄)

天武天皇の乱は近江朝に対する乱であり、天智朝に対する反乱であった。秦氏は天智朝に仕えていたので、敗戦後の天武朝から聖武天皇及び奈良朝では殆ど、顔を出さない、臥薪嘗胆の時代でした。渡来系としては東漢(やまとのあや)氏が天武朝の裏方を支えたと考えられる。

(大化の改新の裏方は)

蘇我氏、東漢氏を滅ぼした天智天皇と鎌足を支えた、渡来系勢力は秦氏ではなかったでしょうか。蘇我氏は百済系に近く又、東漢氏も百済系であり新羅系の秦氏は蘇我時代には歴史の表に出れない不遇の時代であったのでは。
ここで、秦氏は天智朝と密接な関係を持ち渡来系勢力としては、基盤を益々拡大した。

(聖徳太子と秦氏)

蘇我氏全盛の時代において、聖徳太子は秦氏と緊密な関係をもたれた。広隆寺の弥勒菩薩も秦河勝に授ける。
要は、聖徳太子の先生も高句麗系統、秦氏の新羅系統と明らかに蘇我氏、東漢氏の百済系統と対立している。
朝鮮半島の政情が反映した、バランスが国内で存在した。

秦氏に関しては、以前blogしましたが、歴史家は応神天皇の時代に朝鮮半島より渡来となっている。日本の政治の表舞台には立たないが、巨大勢力として政治を動かした渡来系勢力の存在は、気になります。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

ラジコン親爺 水上機やで!

Dscf0001.jpg

生まれて、初めて、今日はラジコン親爺(千葉のYOはん)が水上機に挑戦する。 機種は『シーハンター』である。
OS 46エンジンを搭載し(少し古いエンジンでベアリングが錆びてる)、チューンド・サイレンサー(消音器)をエンジン排気に接続し精悍な飛行機である。

ゴムボートも買うたし、JOさんの分の飛行機もオークションで落札したし、万全。

さて、どうでせうか?

| | Comments (10) | TrackBack (0)

滑走領域に向かう

Dscf0006.jpg


エンコン・スローにて岸を離れ、滑走する水域に向かう『シーハンター』水上機。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

千葉ラジコン親爺 水上機Try

Dscf0010.jpg

赤とんぼの千葉ラジコン親爺が、水上機を開始した。昨日、日曜日の早朝に撮影した写真である。
『シーハンター』という機体である。ラジコン世界では有名な機体であり、美しい姿に人気がある。

見事に離水して、約40メータタキシングとプレーニングに必要としたそうです。送信機のエルロンのエクスポーネンシャルが80%も入っていて、(間違い、他のファンフライ機の仕様)エルロンが効かず、上空での姿勢制御に困難をきたした。

着水時は角度30度で突っ込み、大きくバウンドして再度、上空に撥ね上げられ、姿勢制御不可にて最後は土手に激突したそうです。(主翼大破、破棄処分)

合掌

注釈: エクスポーネンシャルとは送信機の操舵オペレーション動作をした時に人間動作を過少評価して、機械がゆっくりと動作する仕組みの事です。従い、80%もエクスポーネンシャルが設定されてると、殆ど、操舵指示をしても急激に飛行機の動翼は効かない! ファンフライ機のように動翼が大きい機体の場合はこの機能を使用します。

あ~~7万円が1回の飛行で消滅やね。噂では次期水上機は既に、千葉ラジコン親爺は用意してるそうな。阿呆やね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

何事も受け入れる文化

日本は島国である、南北に数千キロに達する弓のような列島である。多くは、モンスーン地帯に属する国である。
日本人は何でも受け入れる事が出来る、特殊な民族ではないでしょうか?最近は特にそう思えるようになった。

(実は過酷な自然にいる)

列島全体が火山の上で暮らしている。昨夜も、浅間山が噴火した、火山弾が飛び散り火山灰を吹き散らす。噴火の時の雷は不気味である。幸い火砕流は発生しなかったが、日本の歴史では幾多の噴火を経験したのでしょうね。
縄文時代には鹿児島の南の鬼界ガカルデラの大噴火により、西日本は壊滅したと歴史家は言う。西日本に縄文遺跡が存在しないのは、この噴火による壊滅と説く。

台風も難儀である、80%を山で覆われたこの国は台風が来ると、鉄砲水と川の氾濫そして、山崩れにより幾多の人々が犠牲になったでしょうか。そして、地震、台風による海岸地帯の被害。それはそれは、美しい自然に囲まれた国ではあるが、実態は過酷な自然環境の中で生活してきた民族である。

(うけいれる文化)

自然の猛威に対して、人間は無力である。受け入れざるを得ないのが人々の生活ではなかったでしょうか。私は砂漠の宗教といわれるものは、過酷な自然環境がもたらした宗教ではないか?と言われているが、本当にそうだろうか?最近は、むしろ日本の”八百万の神々”の宗教の方が実は過酷な自然がもたらした、人間の知恵ではないだろうか?と、思うようになっている。

自然界の神々を怒らせてはいけない。鎮まりの思想はむしろ、過酷な自然環境が私たちの先祖を誘導したのではないか?と、思うようになった。生きる知恵が宗教である。全てを受け入れ、そして逆らわない、自然と共に共生する。

(独自なものを生み出す文化)

独自な文化を生み出す日本民族の特性は何処から、来たんでしょうか。漢字を輸入し、かな、カタカナを発明し大和ことばを表記でき、漢字のいい点を其の侭利用する。鉄砲は種子島に入り、すぐに信長は中世から近世への扉を開いた、鉄砲と近代軍隊制度の導入である。私は、情報鎖国であるが為に自分で考えるしかなかったからだと思います。島国が幸いしました、海という文化の障壁が独自の”考える”文化を醸造させてくれたと考えます。

(課題は島国同士の連携)

異なる文化との連携の経験に乏しい民族は、どうして今後、島国同士で連携してゆくかですね。ここに、新たに挑戦が必要です。点同士が如何に共存してゆくかですね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

国家とはなんだろう?

昨夜はテレビでロシアで起こった悲劇の結末を中継していた。胸が痛い。チェチェンには石油がある、イラクには膨大なこれ又、石油がある。どうしても、大国には必要な地下資源が紛争の原因である。どうして、人を殺して許されるのか?罪も無い子供達まで、殺して正義がなりたつのでしょうか?

(欧州の新しい国家連合)

国家とは突き詰めれば、安全保障と経済と文化・文明に集約される。EUは安全保障(NATO)と経済を統合し、あたかも一つの国のように機能する。文化・文明は従来の国を尊重・認め合い独立した国として存在する。経済・安全保障に関してはEUとして、あたかも一つの国として行動する。巨大な米国市場と軍事力に対抗するには、これしかない。

(島国連合、津々浦々連合、連邦国家構想)

以前、Blogで紹介しました。日本国が生きてゆく為の一つの案として、紹介しました。朝鮮半島の海岸都市、中国の海岸都市、ASEAN諸国、オセアニア諸国と連邦を組む安全保障と経済を統一し、文化・文明は各国を尊重する考え方です。友人の梅安さんは英国も島国がから仲間に入れろと言われる。貨幣は子安貝にしますか?(冗談)

(歴史と文化を尊重する)

およそ、生き物はDNAで先祖の記憶を子々孫々伝えている。歴史という時間軸の中で、常に新しい文化・文明を創造して来たのが誇りである。この、誇りが国という形態を作り出して来た。しかし、安全保障と経済はもっとグローバルである。昔は、船しかない、その後、第一大戦から飛行機が登場し、今や軍事衛星を使えば世界中の国に対して一瞬に攻撃できる。経済も同じである、昔は、三輪山のツバ市で物々交換していた閉鎖ローカル経済でしたが、今は世界が小さな坩堝である。

(米国への感謝)

日本は戦後、日米安全保障条約のお陰で、米国の軍事力に頼り経済に集中出来た。もう50年も経過したわけです、そろそろ恩返しをする時期です。日本の国は日本人で守るという当たり前の事を考える必要と、この50年失ってきたものを考え棚卸する必要があります。日本は現在軍事予算額でいえば、確か第三位ですね。しかし、本当の軍事力ではどうなんでしょうか?

(外国の人に銃口を向けてはいけない)

如何なる理由があろうと、日本民族は海外の諸国の民に銃口を向けてはいけない。安全保障連合軍の立場では仕方ないかもしれないが、過去の歴史を振り返り、現在の憲法で規定されてる、紛争を武力で解決しない精神はこれから生き延びてゆくには、一番大事である。

現在、世界各地で紛争が存在する、日本もテロの標的だそうです。もともと何故、テロの標的にならねばいけないのか?今後の50年を考え、新しい枠組みを真剣に考える時がきました。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

今週土曜日 千葉飛行会(予定)

先週末の飛行会は、忌まわしい『台風』の為に順延となった。 今週末に再度、土曜日に挙行予定である。

(バレリーナ登場か?)

風の噂では、大岩先輩が『バレリーナ ENYA25BB 』を登場させるそうな。このエンジンは模型ファンにとり、懐かしいと思う。独特の超高音の響きというか、叫びを持つエンジンであり、最近は影を潜めた。オールドマンにとり、懐かしい音である。真っ白な機体『バレリーナ』は夏の大空にきっと『舞う』でしょう。

(水上機 シーハンター登場か?)

千葉のラジコン親爺は二人乗り、『ゴムボート』を4万円で購入し、水上機『シーハンター』を登場させるそうな。お蔭で私も、ゴムボートの半額を負担させられる事になっつた。お互い年寄りなので、丈夫で沈みそうにない高級『ゴムボート』であるらしい。電動ポンプで空気を入れるそうな。私も、水上機のエンジンの始動試験を行う予定である。

(電動グライダー2機登場か?)

西郷先輩が夏合宿では屈辱の結果であった。(栂池のスキー場の木の上に不時着事件) 今回は屈辱挽回戦である。
エルロン機とラダー機の2機を持ち込み、再度、千葉の空に挑戦である。前回はスピードコントローラの調子が悪く、又、ラダーの駆動部分に欠陥があったので、挽回である。 ラジコン歴45年の意地を見せるか?

今回は『ゴムボート』の実験もあり、年寄りが湖で溺れ死なないで機体を回収出来るか? 訓練を積まなければならない。これが、楽しそうであれば、魚釣りに趣味が変わるかも知れない。心配である。

(箱入り娘登場か?)

かっちんのファンフライ機『箱入り娘』が OS 25FXの強力エンジンを搭載して、登場予定である。この、飛行機はOS FS 30 4サイクルエンジン相当で十分なので、仕様よりは馬力がでかい仕様となる。従い、トルクロールには適しているが、水平飛行時には低速回転に落とさなければ、機体が空中分解する危険がある。ギリギリの仕様である。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

がらにもなく 音楽の話

北河内郡 大字(おおあざ) 招堤(しょうだい)村の片田舎で育った、私には、五嶋みどりさんとか龍君のような英才教育とは程遠い世界でした。

(教育環境)

NHKラジオが放送する昼の番組、”昼の憩い”を母と一緒に聴く程度です。あとは、石黒敬七(?)さんが出ている、クイズ番組である”とんち教室”でした。 あ~古いね~~団塊世代以上でないと判らんやろね。

それと、親父が購読していた”ジュリスト”(これは法律の専門書で判らん)と”LIFE"という英語の大判写真雑誌でした。これは、写真なので珍しい海外の戦争の場面とかがリアルに掲載されていた記憶があります。結構、悲惨な写真が多い記憶があります。

(バイオリンを習わされる)

小学校に入る前から、母が何を勘違いしたのか、バイオリン教室に私を通わせました。駅まで数キロもかかる鄙びた土地なのに、母は探し出して、一駅隣の町の先生を探し出し通わせました。

1/2か1/4のバイオリンを買い、練習をさせられた。これが、苦痛でしたね。日頃は犬のメリーと遊んだり、鶏の卵を回収してればいいのに、得たいの知れないバイオリン、困りました。母は、自分が死ぬときに息子にバイオリン弾いて貰うのが夢であったそうです。それは、大きくなってから姉から聴かされました。

(脱落する)

やはり、駄目でしたね、何回か演奏会にもでましたが、才能はありませんでした。あまり、言葉が喋れない事も原因にありましたが、小学生の高学年かそこらで脱落しました。ザリガニ取りの方が向いていたようです。

(歌声喫茶が流行る)

学生時代、フォークソングが流行り”歌声喫茶”のブームが到来した。山をやっていましたので、山の歌は得意になり時折、東京に出て来てからも、新宿あたりの”歌声喫茶”に仲間と顔をだしました。歌集が配られ、ロシア風の服装をしたおじさん達が歌唱指導をするんですね。今から考えると”あ~~~恥ずかしいね”。

結論から言うと、いろんな、音楽に触れはしたが、カラオケしか出来ない親父となりました。今からでも遅くない、”チェロ”でも始めようか?時折、友人が始めたので誘惑に駆られるが、ふんぎりがつかない今日この頃である。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

おわら風の盆 始まる

越中は富山支部(赤とんぼ) のTさん(昔の電気屋)より便りがありました。今日から三日間 『おわら風の盆』が始まるそうです。

(おわら風の盆)

実は越中は富山の八尾という場所に関係会社があります。ここでは、江戸は元禄時代より続いている有名なお祭りがあります。『おわら風の盆』といわれ、数年前に石川さゆりさんが『風の盆恋唄』で大賞をとり有名になりましたね。

風の盆 おわらH.P.

女性が深い編笠を被り、浴衣で町中を優雅に踊ります。三味線、胡弓の伴奏で優雅な風景であります。噂によれば、このお祭りの期間は昔の恋人に出会う事が許されるという、話を聴きました、本当かどうか知りません。

(石川さゆり)

『津軽海峡冬景色』とか『風の盆恋唄』、沢山の素晴らしい演歌が好きです。ついでに、ホームページは

石川さゆりH.P.

彼女の唄により、このお祭りも多くの人々にしられるようになりました。

(ほたるいかも有名)

富山湾は『ほたるいか』でも有名ですね。僅かな期間しか収穫出来ませんが幻想的な漁場はみなさんも、御存知と思います。何時もは、深い湾の底に生息しているんでしょうかね。

私は、山が専門でしたので、立山とか北アルプスの拠点の一つとして、馴染みの場所でした。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« August 2004 | Main | October 2004 »