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入道雲の想いで

最近、ラジコン飛行機を再開した事で、気がついた事がある。入道雲の存在である、夏景色といえば古来、入道雲であった筈であるが・・・・・、長らく忘れていた。

(入道雲との出会い)

少年時代には夏休みといえば、近所の小川に魚をとりに出掛けたり、ザリガニを釣りに古池にでかけたものですね。
古池に近ずくと、必ず蛙がいる。これを、捕まえて皮を剥ぎ釣り竿の糸の先でグルグル巻いて池に放り込む。沢山のザリガニがこの餌に食らいつき引き上げる。

古池の鏡には入道雲が映るんですね、モクモクと成長してゆく。そうすると、危ないです、夕立と雷に見舞われるんですね。バケツ一杯に捕獲したザリガニ、しかし、重くて持てない、半分以上のザリガニは又、捨てて、バケツを引きずるように田圃の畦道を帰る。ポツポツと降り始めると、突然にドバーと空の池の底が抜けたようにずぶ濡れ。

母のお叱りが待っている。しかし、何時も一緒のメリー(犬)が弁解をしてくれるので助かっていた。

(ラジコン飛行機と入道雲)

長い間、入道雲を忘れていた。最近になり飛行機を飛ばすようになり、又、入道雲と出会うようになった。
馬力のあるエンジンを搭載した飛行機は、垂直に近い進路で入道雲を目指す事が出来る。白煙の筋を引きながら何処迄も、何処迄も上昇する。遂に、雲の中に吸い込まれたような点になった処で、エンジンを最スローに絞る。

少し、エルロン、ラダー、エレベータを切れば、そのうちに飛行機は舞い降りて来る、ご帰還である。
何か自分が入道雲の中まで出掛けて行き、帰還したような気持ちになる。

(スイスの山にも存在する)

今年の夏にスイスの山歩きをした。久し振りに入道雲を見た気分になった。当たり前だがスイスにも入道雲は存在する。学生時代、年間100日は日本アルプスにいたが、入道雲が出る時間帯にはもうテントサイトに到着していた。
入道雲は真夏に欠かせぬ存在で、これがうろこ雲になるともう秋である。

学校にゆかなくて良い、夏休みと入道雲は切っても切れない存在でしたね。楽しい想い出が一杯詰まって膨れ上がった形が入道雲なのです。

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沖川さんとその仲間たち

私の昔の会社で同期の沖川さんとその仲間たち の紹介です。

(沖川さんのこだわり)

赤とんぼは何でもかんでも、面白い事はやりますが、沖川さんの仲間にはこだわりがあります。
グライダーとサイレント・フライトしかやられません。即ち、電動飛行機であり、電動グライダーであり、ウインチによるグライダー。人さまに迷惑をかけない、静かな世界です。

(写真が素晴らしい)

ラジコン飛行機の写真としては、群を抜いた素晴らしい写真ばかりです。最近は、水上機に夢中になられているようです。馬力のないモータで離水、着水するのは難しいのです、それを見事にこなされている写真を拝見すると感動です。

是非、『赤とんぼの仲間たち』の沖川さんのホームページを参照してください。

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高句麗(コグリョ) 文明

残念ながら現在、高句麗王城、王陵、貴族墓の世界遺産申請を中国が行ない、これが審議通過し中国の世界遺産に登録された訳であるが、本件を巡り、韓国が民族の誇りをかけて中国と対立しているという報道がされている。

(高句麗と日本の関わり)

高句麗はBC37年建国、668年滅亡という事になっている。中国、東北部のツングース系遊牧民である扶余族であると言われている。中国東北部に南下し、満州、鴨緑江近辺で建国し版図を拡げ、南下し朝鮮半島に侵入し313年 洛浪郡を滅ぼし、現在のピョンヤンに都を移す。馬韓は百済へ、辰韓は新羅へ、弁韓はカヤへと半島南部に押し込む。

(1)広開土王(好太王)

・391年~412年 高句麗の絶頂期を築いた王であり、碑文には倭の国との激しい戦いの記録が残されている。本碑文については日本軍の改竄疑惑もあり、歴史的に難しい問題を抱えているが、中国 吉林省に存在する。碑文によれば新羅を倭国が攻撃したので、救援に5万の兵を派遣し打ち破るとか、数々の倭国との戦勝記録を残す。日本は河内王朝の時代、所謂 『倭の五王』の時代でしょうか。

(2)聖徳太子

・7世紀に下り、聖徳太子さまが摂政をされていた時代です。太子の師は高句麗の僧『恵慈』さんでしたね。折しも中国には統一王朝の隋が起こり、高句麗との激闘が開始されます。高句麗の軍隊は強く、遂に、3回の遠征を隋は行うが勝つことが出来なかったのですね。この戦いに疲弊して隋王朝は崩壊するんです。それほど、戦争に強い国であったわけです。

・聖徳太子さまの遣隋使に持たせた、例の有名な『日出るところの天子・・・・云々』の対等の外交交渉は、師の高句麗僧の影響があったように思いたくなりますね。

(3)高松塚古墳壁画

・35~6年前の頃でしょうか、衝撃的な極彩色壁画を持つ高松塚古墳が発掘されました。女性達のスカートとか絵画手法・様式が高句麗古墳壁画と共通する指摘がされましたね。平山画伯は現在もピョンヤン近郊の高句麗時代の壁画墳墓の保存・修復運動に東奔西走されています。藤原京の朱雀大路の聖なるラインに点在する壁画古墳です。

(4)渤海使節

・高句麗は新羅と唐の連合軍に668年に破れ、滅亡します。その後、高句麗の人々は中国東北部に渤海という国を建国して生き残るわけです。滅亡した百済の人々は数千、数万と日本に亡命し主に関東平野を開拓する事になります。司馬さんの話では、関東武士と馬の文化の基盤はこの朝鮮半島からの亡命の民の汗の結晶であると。

・渤海からの不思議な使節は日本海を渡り、何度も何度も東北日本海沿岸に辿り着きます。平城京の都の人々はこの不思議な『渤海』という国を知りませんでした。司馬さんは彼等が動物の毛皮とかを沢山持って来るそうですが、日本人には、もっと高価なもんが無いのか? 不思議な連中であると、思われていたんですね。けど、彼等の本当の渡航目的は理解されなかったのですね。

いずれにせよ、扶余族、ツングース系という歴史を踏まえ、高句麗という歴史に残る文明を築いた国の名誉を私達は大事にしなければいけないと思います。

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子供がいなくなる

本日の日経新聞 朝刊の一面は衝撃的な記事でした。日本の人口問題です。こんなに、子供を作らなくなったのか? 年金問題なんぞ、今の議論なんぞこの数字では砂上の楼閣である。

(民族の問題である)

昔、”亡国”という言葉が流行した時期があった。真剣にこの問題は考える必要があるんではないでしょうか?
国の政策も勿論必要だけど、何でこうなったんやろう。昔は、米国とか欧州が問題になっていた、まさか、日本が彼等以上に極端に短期間のうちに、米国、欧州を抜いて出生率が落ち込むとは・・・。

(インドの人口爆発)

2050年には確か、インドの人口が中国を抜いて、深刻な食糧問題が起こると警告がある。人口急増も問題やけど、人口激減も問題やね。何か日本はエリートしか育てない、エリート以外は価値が無いように考えるように、なったんやろか?であれば、エリートとは何や?今は誰でも、大學に行けるそうやね。

(暴論について)

日本が鎖国時代に欧米諸国に比べ、国民の教育レベルが極めて高い事が明治維新、その後の明治の日本を支えたと司馬さんは語る。だけど、22歳迄義務教育のように学んでばかりいて、いいでしょうか?と、最近思う。
18歳頃から22歳の頃は人間にとり一番成長する時期ではないだろうか?勉強の目的もなく、ただ親に言われて、親の見栄で子供を大學に入れるのは果たして、正しいのか?

色んな、アンケートで子供の教育費が問題になる。だから・・・・・と言う意見も聴く。確かに、欧米の大學は私学であり猛烈に金がかかる、だから金持ちしか子弟を大學にやれない。けど、本人が働いて、又、大學に行ける道筋がある。本当に学びたい人が学びたい時に大學に行ける制度があれば、素晴らしいと思う。

スイスの大学進学率が9%と聴いて驚いた。勿論、日本とは制度が異なります、けど、本田親爺、池波はん、法隆寺棟梁、・・・・別に、大學が全てではない。私は、たまたま大學を出たので、説得力は全く無い。しかし、と思う。

(危惧する近未来)

アメリカの歴史を辿るんではないか?経済力のある国に他国から民族が流入するのは必然の論理である。しかも、若い労働力が無くなれば、企業は自己防衛の為に海外に進出するか、海外から人を連れてくる。当たり前の論理である。血が混じれば優性遺伝でいい民族が出来るかもしれないが、日本人は経験が少ないので、混じらないで新たな社会問題を起こす可能性も否定出来ない。

人口問題は難しい問題なので、私の手に負える課題ではありません、けど、深刻な問題ですね。

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早朝フライト

今日は、久し振りに新横浜の鶴見川でフライトをした。約2ヶ月ぶりではないだろうか。

(様相が一変してる)

建設途中であったマンションには、もう既に皆さんお住みになり生活の匂いがする。畑であった場所に次々とコンクリートの建物が立ち並び、様相が一変してしまった。この横浜港北区も空き地を探すのは不可能である。

昔の新横浜(25年前頃か)は新幹線の駅がポツンとあるだけで、駅前は畑と空き地だらけでした。それが、今や都会の様相です。ラーメン博物館もあるし、横浜アリーナもあるし、新横浜国際競技場もあるし、税務署もあるし、連れ込みホテルも沢山繁盛してるし、外人のホステスのいる飲み屋も沢山出来たそうな。

(GeeBee を飛ばす)

前回、千葉のフライトで胴体に縛り付けてあった、電池が落下し操縦不能となりフライトメンバを恐怖に陥れた飛行機である。OS FS 30という、4サイクルのエンジンを始動し、高速回転と低速回転の安定性を確認し、各翼の動翼が正常に動作するか点検し、離陸のタイミングを待つ。

周りに犬の散歩をする人がいないか確認して、離陸させる。4サイクルの低音のエンジン音を響かせて飛行機は新横浜の駅の方角を目指して上昇する。基本的には事故に備えて、鶴見川の上空のみで飛行させる。私も上達したもんですね、”真っ直ぐ飛ぶ”。

1タンクでは今回全て、中速で飛ばしたので15分程度でしょうか?着陸準備に入り、超低速で着陸進路に入る。
気持ちよく自分の足元まで、飛行機は着陸して来ました。2 タンク目も幸い風も無いので無事飛行させる事ができた。

(後始末)

胴体、翼はエンジンから吐き出される、不完全燃焼のオイルがベトベトに付きます。洗剤のスプレーをかけて、トイレットペーパと布で丁寧に拭きます。エンジンマフラーの出口にはテイッシュで詰める。(自宅で飛行機を格納してるとそこからオイルが漏れる) 12Vのバッテリー、スタータ、プラグ・ブースター、燃料ポンプ、燃料ポリタンク、等をかたずけてリュックサックに入れる。周りを掃除して、鶴見川の河岸段丘に聳える”御神木”にお礼の挨拶をして帰宅。

昨日より、琉球に留学している馬鹿息子が帰省している。BLOGの部屋が占拠されているので、あまり出来ない。

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国家と企業

21世紀は難しい世紀になるかも知れない。それは、異なる文明同士の衝突の危険性と、今まで国家に属していた企業が国家の境界を超えて、独自に生命体として行動する可能性である。

(企業とは何か)

企業は企業理念というイデオロギーを掲げた利益追求集団である。あくなき、資本の増殖を求めて、今や世界中に活躍の場を求める。さて、将来、国家権力はこの企業の行動を制御出来るか?私は、難しいと考えている。

理由は資本の移動が自由であるからである。日本の東京証券取引所の海外の資本移入は確か、23%程度であり、一部上場企業の株式に対しては30%以上の比率で投資されている。この傾向は益々、増大するであろうから企業経営者は海外投資家の意見を聴かねば、経営が出来なくなっている。

(企業は本社を移動できる)

極端な話、企業は本社を税金の関係から、突然に本社を国外に移動するかも知れない。日本の資本主義の歴史は明治以降、貧乏・資源無し、の国でありましたので、日の丸の下に資本を集中させ、国策として企業を育てて来た歴史を持つ。従い、つい最近迄は金融資本に支配される国であり、産業資本の発達が遅れた。

今は、世界の流れより、国際会計基準を余儀なくされ、180度企業経営のやり方を変更せざるを得ない状況である。間接金融から直接金融へ、単独決算から連結決算へ、持ち合い解消、キャッシュフロー経営の徹底、持たない経営へのシフト、利益率重視の経営、・・・・等々、明治以降綿々と続けていた経営のやり方が変わらざるを得ない状況となった。

例えば、Tという自動車会社が将来、中国での自動車の市場が日本の10倍になった時に本社を中国に移動する事を国家は阻止できるのだろうか?企業の利益と国家の利益が相反したときに、事態は深刻である。

(国家は税金で成立している)

国は税金で成り立っている。企業の本社が存在するところから税金を徴収する。勿論、子会社が海外にあれば、其の分の税は海外で払う。昔、米国は西海岸で有る州が米国にある子会社の利益に対して税金を課すのではなく、本社の日本に対して、米国子会社の売上比率で要求して来た事がある。これは、昔、大陸横断鉄道の本社がニューヨークにあり、線路が引かれている各州が文句を言って、自分の敷地を走る線路の長さで税金を要求した。

(国家の役割)

国民の生命、財産を守るのが国家である。しかし、国民は何処の国に本社があるか判らん企業から収入を得ている。そこで、大事になるのが日本人のアイデンテイテイである。日本人であるという歴史と文化と人格を国家は守るのである。

(これからの課題)

少なくとも、ヨーロッパは経済圏を一つにし、米国に対抗する市場を形成した。米国は何時でも鎖国しても大丈夫な国である、それだけ、市場は大きい。中国の市場は急激に膨張している、10年以内に日本を抜く可能性がある。そこで、中華文明と日本文明が相容れない文明であるならば、新たな、長江文明と朝鮮半島、ASEAN諸国と海の文明を目指す、新たな共同体を目指すのは理に叶うと思う。

このテーマは重くて、難しいけど、大事である。

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アテネ オリンピック応援

アテネでのオリンピックが始まり、深夜の放送と日本選手の活躍で世間では寝不足のようです。

(茶髪はサッカーと野球だけ)

柔道、水泳、体操と次々と金メダルを獲得している。感動の連続である。不思議と、彼等、彼女達は黒髪である。
茶髪を見慣れた日本では珍しい人種である。勿論、丸坊主もいるので、茶髪に染めることは出来ない人もいる。
別に、茶髪が悪いとは思わないけど、何故に黒髪に魅惑されるんだろうか。

(アテネは何故禿山なのか?)

昔、ギリシャもイスラエルも森で覆われていたそうです。イスラエルのレバノン杉は有名であったそうな。文明が破壊したんですね。日本のように温帯モンスーン気候ではないので、一度禿山にすると二度と戻らない。悲しい、文明の歴史を目の当たりにする。悲しい。

(柔道は何故、世界に広まったのか?)

柔道の試合を観てると、色んな国の人々が登場する。不思議である、そもそも”道”とつく格闘技は日本文化である。外人が畳の上で挨拶してるのを観ると不思議である。礼に始まり礼に終わるのが”道”である。柔道の文化を世界に伝道した先輩諸氏に感謝したい。しかし、柔ちゃんと旦那の風景は”美しい”素晴らしい日本人を見た。単に強いだけではない、日本人の人間としての優しさが滲みでていた。

(平泳ぎは何故、日本人が得意か?)

これが、昔から不思議なのです。日本人の先祖は”かえる”なのか? 昔は、かえる泳ぎと呼んでいたですね。
私の”トンデモ説”を聴いてもらえますか?ここだけの話なので、公言しないようにお願いします。

それは”ナンバ”なのです。明治の軍隊が成立するまでは”ナンバ”歩きが普通でした。歌舞伎、盆踊り、能、相撲、柔道、あらゆる古典芸能、古典格闘技は”ナンバ”なのです。右足と右手が同時で同じ方向に出るんです。これは、実は農作業をする時に一番力がでる体の動きなのです。陸上の末つぐ選手と高野コーチは取り入れて成果を出したのは、最近の話です。

一度、BLOGにも書きましたが、引く文化なのです。(押す文化と対象) かえる泳ぎでは、クロールのように腕の回転で推進する方式ではなく、腕と脚を引くことで推進力を生みます。西欧は押す文化なので、クロールは得意ですが引く力がDNAとして存在しない。フェンシングで突くのは上手だが、日本刀で斬るのは出来ない。私の高校からの友人の一人で関西大學の柔道部の監督がいるが、柔道では引く力が一番大事だとのたまっていました。

(開会式は何故 夜するのか?)

これも何時も不思議なのです。テレビのアナウンサーが花火を使うので、昼間では花火が見えないからであると、怪説していましたが、ホンマかいなと思いますね。私の”トンデモ説”は古来、宗教行事は夜営まれるのです。
例をだせばきりが無いのでやめますが、スポーツは実は宗教行事であると私は認識しております。

サッカーに熱狂できるのは、選手が巫女さんで神が降臨するんですね、だから観客が全て信者になる。そう考えなと何故あれだけ、熱狂できるのか、そして、暴動まで引き起こすのか?これで、理解できましたね。

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日本は『海の文明』目指せ

2004年8月17日(火曜日) 日本経済新聞 朝刊 特集『21世紀アジアと文明』最終回の論文に心打たれた。

川勝平太 国際日本文化研究センター教授 (略歴) 1948年生まれ、早稲田大学卒、オックスフォード大博士、専門は比較経済史

(論文要旨)

・日本は中国など、他の文明とは構造が異なる独自の文明である。歴史的な失敗の経験を踏まえて大陸中国には深入りせず、経済的連携を深めている東南アジアなど、『海洋東アジア』の中核として、オセアニアまでを見据え、海を媒介にした『海の文明』を模索するべきである。

(中国と異なる文明の構造)

・サミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』において、現代世界には、七つの文明があると論じた。そのうちアジアには日本、中国、ヒンドウー、イスラムの四つの文明がある。その後の文明論は9.11の米同時テロや中国の富国強兵化に目を奪われ、西欧文明とイスラム・中国文明が『いずれ本格的に衝突するのではないか』という論議と、衝突を防ぐ為の文明の共存の可能性を探る論議が支配的になった。

・ハンチントン曰く、『日本文明は基本的に中国文明と異なる。日本文明は西欧文明と異なったままだ。日本は近代化したが、西欧にはならなかった。』 と指摘、一衣帯水、同種同文などの表現で日本と中国が安易に一体化できると思うのは幻想である。日本は中国とは文明の構造が異なる。日本は他の諸文明と異なる独自の文明だ、という自覚に立つべきである。

(ペリー提督 日本観)

・ぺりーは『日本遠征記』の序論にて曰く『日本は制度として他の国々の交通を禁じながら、一定の文明と洗練と知力とを有する状態に達している』と。ペリーは来航前から日本人が『知力』に満ち、日本を『洗練』された『文明』とみなしていた。

(18世紀以前のアジア評価)

・蔑視ではなく、崇拝の対象であった。オスマン・トルコ帝国はチューリップの花、庭園の文化、コーヒー文化、外交などで手本を提供し、モーツアルトのトルコ行進曲にあるように異国情緒を誘う憧れの対象であった。フランスの啓蒙主義者達が中国礼賛者であり、上級階級にはシノワズリ(中国趣味)が流行した。

・しかし、19世紀の転換期にアジアがプラスからマイナスのイメージに転落した。理由は英国の産業革命、フランスの政治革命、ドイツの文化革命、米国独立革命など一連の出来事を通じ、西洋人が近代社会文明の自意識に芽生え他の文明を見下した。

(江戸期日本は『美の文明』)

・近代文明を誇る西洋人のアジア蔑視の目に耐えられたのは日本のみである。日本は西洋諸国を『列強』すなわち『力の文明』と見た。一方、日本の華は、ペリーの洞察にもあるように、国民の『知力』と社会生活の『洗練』であって、力の誇示にあったのではない。

・日本の生活文化は19世紀末の西洋人の美意識に影響を与え『ジャポニズム(日本趣味)』の流行を生んだ。
何故日本は『美の文明』たりえたか? 中国文明を含む他の諸文明は自然破壊の歴史特徴ずけられるのに対して、日本は森や水を生かしながら文明を築いたからである。

・津々浦々という言葉は中国には無い。津(港)が浦(海)で結ばれているのが日本の景観である。

(ASEANプラス3)

・三極のうち欧州と北米は大陸である。それに、対して東アジアは日本が南北に長い島国であり、朝鮮半島の韓国は三方が海に面し、中国で発展しているのは沿岸部、東南アジアは多島海である。

・経済的連携を深めているのは陸の東アジアではなく、海の東アジアである。これを『海洋東アジア』と名付けよう。
日本は歴史上、日中戦争など『大陸東アジア』に深入りしたときには失敗した。教訓・反省と心得て、日本は海洋東アジアの中核としての自覚を持って『海の文明』を模索すべきである。

・海洋東アジアの海の南には、オセアニアが位置する。共有するものは海である。現代の海は単なる自然ではなく、人間の営為の対象であり、文化的意味合いを持つ。

(結論)

・海洋東アジアからオセアニアにかけて美しい島々からなる『西太平洋津々浦々連合』を目指した『豊饒(ほうじょう)の海の三日月弧』の海の文明構想を提案したい。

・・・・・・JoBlog感想・・・・・・・・
・私は筆者と交遊が有る訳ではないし、彼の背景を知らない。しかし、見事な論文である、是非、新聞を参照されたし。私は、海部族(あまぞく)の血筋を受け継ぐもののようですが、縄文の昔からオセアニアを含む西太平洋には縄文土器が散在しています。 縄文時代には既に私達の先祖は船に乗り縄文文明世界を築いていました。

私はこの文明論を『蘇る西太平洋、縄文文明論』と名付けたい。

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blog歴史的役割とは

blogの歴史的役割として、100年後に評価される”可能性”について考えてみたい。

(日本の文学は日記から?)

日本人は漢字を中華文明より受け継いだ。しかし、日常の大和言葉を表現する事が出来ない。漢字の輸入は562年とか7世紀とか、説は色々あるが私の生まれ育った故郷 王仁(ワニ)博士の千字文と言われている。その後、漢文による公文書は書かれ、漢文による文化咀嚼期を迎える。

平安時代になり、かなとカタカナの発明により漢字と併用することで、日常の大和言葉で表現が出来るようになった。この発明は日本の文明・文化の飛躍的発展を可能にさせた出来事でした。

土佐日記、蜻蛉日記、更級日記、和泉式部日記、紫式部日記、・・・・等々の日記文学が世界に先駆け開花しましたね。世界でも珍しい女性が文学の扉を開いたのです。

(今と共通点は?)

平安時代はひらがなとカタカナの”ツール”の発明によるが、今、blogという”ツール”の発明により日常の事を簡単に書き記し、且つ公開も可能になりました。blogの本質についてはMuBlogにて詳しく分析されていますので、それを参照して頂きたい。私は、未来において評価される可能性の高いblogの役割は新しい”日記文学”が開花するかも知れないという可能性です。

昨夜、下北沢にて梅安翁とこの課題について議論をした。私のblogを添削して頂いている御仁の一人でもあり、文学と芸術の世界については一目おいている御仁です。

(梅安翁の意見)

翁曰く、私の平安時代の新しい”ツール”の発明による日記文学の勃興とblogの新しい”ツール”の発明を歴史的に捉える視点は面白い。と評価を受けた。続けて曰く、全て虚の世界を構築できる”作家”は珍しい。稀である。日常の具象をベースに文学に昇華させるのは”joさんでも可能かもしれない?”。

(私の事例では・・・)

以前、”梅安先生アメリカを行く”の記事を書きました。書いていると、事実のみでは面白くありませんので、脚色とか、本来梅安先生はこのようでなければならない、という私の考えが”虚”を書かせました。文学からはおよそかけ離れた世界ではありますが、人間とはこのように罪深い事をさせるんだな~と思いました。


(結論)

blogはこれからもどんどん進化すると思います、しかし、確実に”新しい大衆芸術”を萌芽させる起爆剤をもつように感じます。

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オークションとは何だろう?

最近は赤とんぼの仲間が、インターネット・オークションでラジコン飛行機とかエンジンとか色んな物を購入している。

(私も挑戦)

ともかく、買うための登録が面倒臭い、何じゃらかんじゃら・・・と入力が必要。貴方だけしか知らない、KEYワードとか聴いてくる。”貴方の旅行したい先は?”と聴いて来たので、”秦の始皇帝の陵墓の水銀の海”と答えた。(冗談)

いざ、15CVA小型高性能エンジンの中古の品物に入札しようとした。そしたら、パスワードがどうじゃらこうじゃら聴いて来るし、おまけに、規約書を読めと来た。読んだら、毎月数百円かかると書いてある。辞めました、同意せず。

(もともとオークションとは)

だいたい、買い手を沢山集めてその連中に値段を釣り上げさせて、高く売る。売り手の論理と違うでしょうか?どうしても欲しいマニアとか金持ちが欲しがるものを集めて売る商売ではないでしょうか?中古のエンジンに誰かと競いあいながら値段を上げてゆく心理が阿呆らしいと、感じた。だいたい、エンジンの馬力がどれだけでるか判らん、クランクシャフトが墜落で曲がっとるかも知れん。

(だいたい、買い物は値切るもの)

だいたい、太古より、例えば飛鳥の”つば市”で物を買う時に、買う側が相手に値段を釣り上げながら買いますか?おかしいと思う。関西の人間は現代でも、値切ることに生きがいを感じている筈である。それに、あと5分で締め切りと言われると、人間は理性を失い、高い値段でも欲しいばかりに、入札してしまう。人間の欲望心理につけこんだ商売ではないか?

(私は赤とんぼメンバーから買う)

そこで、私は考えた。世の中の仕組みに文句を言っても始まらないので、赤とんぼで多量にオークションで中古の飛行機を購入している千葉の親爺がいる。この親爺は購入して、何回か飛行機を飛ばすと、自分で製作した訳ではないので気になる問題箇所が沢山出てくるそうな。

そこで、私の登場である。私は、多少の問題点は問題にしない(自分が製作したら、もっとひどい)性格なので、この親爺から払い下げて貰う事にした。

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英語であそぼ キャラクター

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フウテン娘のMISAYO(在、フランス)がデザインしたNHKさんのテレビ番組”英語であそぼ”のキャラクター。
バンダイさんか発売されたものです。孫が勝手に遊んでいます。

結構よく出来ています。ガチャガチャで買えます(200円)。でも、もう何処でも売ってなさそう・・・。トホホ(涙)
バンダイさん、もっと販売してくれ~~~。

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日本アルプス 観光立国

今回、スイスを旅行して、感じたのは日本の山々はヨーロッパのアルプスにそれ程ひけを取らない事です。
であるとすれば、観光立国として日本も欧州より学ぶ事が多いのではないでしょうか?

(何故ひけをとらないか?)

私も、学生時代は年間100日は山におりました、日本の山々については深田久弥さんに憧れ、100名山を目指したものです。日本は日本アルプスと呼ばれる、北アルプス、中央アルプス、南アルプスが日本列島の中央に位置しております。これは、3000メートル峯の山々であり氷河は残っていないが、峻険な魅力ある山々です。

先ず、バリエーションがスイスアルプスに比較して多いと思います。欧州は元々は海底でした、それが隆起して出来た山なのです。日本は火山と褶曲による山々です。スイスアルプスの岩肌はお好み焼きを何枚も重ねたような岩であり、且つ逆層になっている。日本の山の岩壁はそんな岩肌は少ない、もっと気品があります。

北アルプスはスイスの山のような峻険な山の美しさがあり、且つ、南アルプスはどっしりとした、縄文のビーナスのような女性の抱擁力溢れる美しさがあります。そして、お花畑も、花の種類はひけをとりません。

(亜寒帯から亜熱帯へ)

北海道の利尻富士に始まり、屋久島の宮之浦岳までの南北の距離は世界に誇れる自然です。そして、屋久島のように海抜零メータからいきなり、約2000メートルの山に登る醍醐味は欧州の人にとり、驚きであると思います。
日本は南北に長い列島です、世界では珍しい恵まれた地形にあります。一度で沢山の気候帯と植物に出会えます。スイスアルプスは真似が出来ませんよね。

(日本の素晴らしさを再認識)

日本の自然の美しさと多様性は欧州の人々に必ず、”受ける”と思います。日本の歴史を踏まえ、欧州のような建物を建てるのではなく、日本の古い建物で清潔なトイレ、お風呂、優しい受け入れる人々と外国語を少しばかり、訓練して話しが出来るようにすれば、スイスに負けない観光立国になります。

長野県を代表に、土木工事は海外の山を愛する人々を受け入れる、施設、インフラ、人材教育、等のソフト面に投資をすれば如何なもんでしょうか。大事な事は日本人と日本の歴史に誇りをもつ事と、背伸びをしない、自然の心で対応する自信が世界の観光立国になれる要素と、門外漢ながらえらそうですが、そう思います。

そういう意味で、富士山は私は未だ未踏の地ですが、海外旅行のプロの添乗員(日本人)さんは、もう少し、トイレとか設備に配慮が欲しいとのたまわれていました。

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宇佐神宮 幻想

宇佐神宮については謎が多い。 MuBlogでも色々と疑問が投げかけられている。昔、高校生の頃に日本史を勉強し、何故に大事な天皇さまを決める局面で宇佐神宮が突然登場し、伊勢神宮の天照大神に聞きにゆかんのか? 疑問でしたね。

(宇佐神宮の環境)

鍵を握る事実関係は、(1)豊(トヨ)の国と呼ばれる (2)秦氏の拠点である (3)河内王朝(神宮皇后、応神天皇)の発祥地
以上3点が重要だと考えます。

・トヨ(台与)は邪馬台国の卑弥呼が身罷ったあと、倭国は戦争状態になりトヨが倭国を纏めた事実。卑弥呼と関係が深い。
・秦氏は応神天皇の時代に新羅の国より移住してきた渡来勢力である。
・応神天皇は神宮皇后が朝鮮半島の戦いのさなか、お腹にいた。朝鮮半島生まれであるという、説もある。神宮皇后を支援した海部軍団がトヨの勢力である。

(大国主、出雲王朝、三輪王朝背景)

出雲はスサノオさんが元祖である。彼は一説では新羅の王子であったと、とにかく新羅と関係の深い人物である。
大国主は新羅と倭の海部族を連携させその頂点に立ち三輪王朝の礎を築く。卑弥呼は三輪の地元の代表であり卑弥呼を支えたのは大国主、出雲から侵入した勢力であった。卑弥呼を立てる事で新羅の勢力は生き延びる事が出来たと考えられる。

(崇神王朝の幕引き)

崇神王朝は吉備の国と北九州の勢力が大和に侵入し、三輪王朝を倒した。しかし、現実には『たらし』グループが勢力を握っていた。景行天皇(おお たらし)、成務天皇(わか たらし)、仲哀天皇(たらし なかつ)、そして神宮皇后(おきなが たらし ひめ)である。

神宮皇后さまが崇神王朝の幕引きをした。背景は朝鮮半島の権益に関わる(鉄生産)事情があり再度、新羅勢力と結んだと考えられます。河内王朝は『わけ』王朝とも呼ばれ、いざほわけ天皇、みずはわけ天皇と続く。この時に秦氏が大きな勢力を拡大したと考えられます。

(とよ天皇)

用明天皇(たちばなの とよ ひ)、推古天皇(とよ みけ かしきや)、皇極天皇(あめ とよ ・・)と 『とよ』系の天皇が出現する。日本は、開祖の人は誰かの豪族の力を受けないと大王になれない。『たらし』。『わけ』『とよ』は重要な豪族連合の出自を表現しているんではないでしょうか?

(当面の結論)

日本には長江下流域からの渡来、朝鮮半島からの渡来、が大陸の政治変革の嵐の度に繰り返されたと思う。
日本創成神話にはやはり卑弥呼が大事でした。出雲王朝は卑弥呼を支えた、その出雲族は新羅を祖国とする伝説があったと思う。秦氏は神宮皇后、応神天皇を支えた新羅系の渡来勢力とすれば、元祖は出雲、卑弥呼になりますね。

秦氏は676年に新羅が朝鮮半島を統一したあと、日本でも脚光を浴びてきます、平安京に桓武天皇を戴く迄に成長するんですね。京都を開拓したのは秦氏が重要な役割を果たしましたね。

この秦氏については、あまりポピュラーでは有りませんが、実は日本の歴史に重要な裏の世界で活躍したグループではないでしょうか?

私は宇佐神宮と石清水八幡宮の八幡神に興味があります。戦いの神ですよね。淀の競馬場に行く前には必ず必勝祈願をして競馬に行きました。

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スイス 雑感

スイスの旅で感じた事を記したい。

(教育制度)

初等教育は日本と同じであるが、中等教育から制度が異なる様子です。大學に進むコースと専門に進むコースに分かれるようです。ドイツの制度に似てるそうですね。特に、大学は基本が日本で言う修士と博士コースしかなく学士は存在しない。

大學に進むのは17~9%だそうですが、卒業は9%程度だそうです。皆兵制度があるので、20歳頃には一度、軍隊を経験するそうですね。日本も今は色々揺れているようですが、私は年齢に関係なく何時でも学びたい時に大學とか専門学校とか夜間とか学べるといいと思います。

(山に穴を開けていいのか)

アイガーの山の中を刳り抜いて、登山鉄道は走ります、そしてユングフラウヨッホの展望台3454メートルの標高までトンネルが続きます。日本もそうかもしれないけど、何か割り切れない気持ちがあります。

多分に、観光というよりはいざという時の軍事用と考えれば納得がゆきます。ここは欧州の真ん中の巨大な山の要塞に囲まれたトーチカかもしれない。

(トイレが清潔)

欧州の下界では意外と、トイレが不潔ですが、スイスは観光が重要なビジネスですので、トイレが清潔である。これにはありがたいでした。ただ日本のようにウオシュレットは有りませんでした。それと、男子用の朝顔は結構高い位置にあります。山の上で横に長い集団洗面台のようなものがあり、日本人の誰かが洗面台と間違いそうになりました。これは、オシッコをする場所でした。

(スイス人は男女ともに気持ちいい)

自然環境が素晴らしいので、勘違いかもしれませんが、男性も清潔で優しく気持ちいいです。素朴な感じがするんですね。勿論観光商売ですから、サービス業ですが何か皆さん自然体なんですね、これが気持ちいいです。

食べ物が少し、塩味が強い事を除けば快適に過ごせる素晴らしい国です、是非、一度皆さんも訪れて下さい。

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鏡池 マッターフォルン

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鏡池に写るマッターフォルンの映像。

知人のK氏が撮影したものです。私は生憎、雨に見舞われマッターフオルンも見えない最悪でした。

数日違いで、天国と地獄ですね。この池には鮠(はや)という小さな魚が沢山生息しています。池に近寄ると集まって来ます。

私は雨の中を山を下りました。

写真はローテンボーデンから山道を少し、下った場所です。

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氷河特急 SL版

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氷河特急には実は、SL版もあるんですね。 知人のK氏が私と同じ頃にスイス旅行をされました。
そしてこのSLで旅をされたそうです。

私も蒸気機関車に乗りたかったな~~。

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宇治,兎道、氏、うじ

MuBlogの記事では宇治上神社、宇治神社、兎道稚郎子(うじのわけいらっこ)について、思いの深い記事が掲載されています。応神天皇のご子息であられた兎道稚郎子が兄貴の仁徳天皇に負け悲劇の皇子と呼ばれている。しかし、異説が多く、宇治天皇と呼ばれていたとも言われている。(播磨の国風土記)

Muさんの疑問は何故、河内王朝が宇治の地を重要視したのか? 謎であると悩まれている。地元住民にとり興味がつきないが、Muさんの疑問には多分ご自身で確定的な結論をお持ちであるが、理由があり、今、開陳出来ないと推測する。

野次馬根性から私も、この疑問に対して推論を組み立ててみたい。何故なら私も、生まれ故郷は木津川を挟んだ南の地である北河内の招堤村である。自分の故郷に対しては興味がありますよね。しかも、和邇博士の地盤で育ちましたので、兎道稚郎子の母が和邇氏(宮主宅媛 みやぬしのやかひめ)であるところから興味あります。

宇治は昔、兎道と呼ばれていました。兎が走るような田舎の道、京都と奈良を結ぶ街道が通過する場所、宇治川から木津川、淀川を利用した奈良、飛鳥と琵琶湖から日本海へ、又、瀬戸内海から大陸への重要なサプライチェーンの拠点と・・・・ そんな思いでした。

だけど、何で兎なのか? これが、疑問です。因幡の白兎の話が気になるようになりました。大国主さんがスサノオに認められ、出雲族の大王になる話は面白いです。白兎を助けたからですね。これは、朝鮮半島の渡来人(白兎)と鮫(海部族)のいさかいを調停したという背景も考えられる訳です。

又、宇治上神社は『氏神 神社』と考えると大層重要な意味を持つ事になりますね。氏姓(うじ・かばね)のうじですね。うじの中のうじと考え氏神さんとなります。 又は、強力な氏の本拠地と考えてもいいですね。

応神王朝、河内王朝は大和の三輪王朝(崇神王朝)を打ち破り、成立したといわれるが兎道稚郎子はこの崇神王朝の血を引く重要な一族であるか、それとも、細々と崇神王朝は継続していたと考えてみると面白い。崇神天皇は何処から来られたのか、定説は有りません。しかし、以前blogで記事にしましたが、吉備の国の石上神社の十束の剣を三輪山の石上神社の庭に埋め、物部氏をして武器庫を守らせた話はしましたね。

応神天皇の背景については北九州と朝鮮半島のある勢力が関係が深いと想定されますね、さすれば、無視出来ない勢力とは崇神王朝と吉備の勢力と日本海行路を支配していた勢力の拠点が宇治にあったと考えると面白いですね。単なる和邇氏の勢力拠点としてではなく、応神天皇が尊敬される血筋が兎道稚郎子には流れていたと考えるとどうでしょうか?

これは、神話時代のロマンです、遥か叙事詩の時代に想いを馳せるのは楽しいですね。

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2004年8月1日 千葉フライト

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2004年8月1日 快晴に恵まれ、千葉にて飛行会を行う。マイフォトの写真を参考されたし。

今回はわこちゃんの、自作零戦15機が飛ぶか?、同じく、デルタ翼の輸入機が飛ぶか?、貨物機のような飛行機も飛ぶか? わこちゃんの飛行機が中心でした。

千葉の親爺も、スホーイとかネットオークションで落札したYS64エンジン搭載のスケールスタント機、そしてホクセイの入道雲でのトルクロール。

千葉の親爺は上達が目覚しく、強風の中トルクロールを決めるし、背面フラットスピンも見事に決め、ナイフエッジ飛行からのラダーによるループも決める。且つ、何とハンドリリース(右手に飛行機を持ち其の侭飛行機を離して飛行させる高度な技)もさりげなく、やった。憎い親爺である。

わこちゃんは、やはり、今回も駄目でしたね。零戦も離陸出来ず、デルタ翼の飛行機も離陸出来ず、不合格!
ただ、貨物機のような飛行機は誰でも飛ばせるので、飛びました。かっちんが懸命にサポートしたが、駄目。

私はプチGeeBee”花火”を飛ばしたが、最後に空中で旋回時に電池が落下し、操縦不能となり危険な状況になり皆さん逃げ惑う中、無事田圃の畦に激しく墜落し、機首部を大破した。阿呆やね~~、電池が無ければ飛行機は制御出来ん。おあとがよろしいようで・・・・。

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