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新茶の作り方 思い出

 夏も近つ”く八十八夜、茶摘が終わると新茶の製作ですね。子供の頃お茶の製造工場でもありましたので、思い出が多いです。
すこし、お茶の出来るプロセスを子供の目から垣間見てみましょう。

(圧力釜で蒸す)

巨大な、ガスタンクのような、球体の機械の中にお茶の新芽をほりこみます。子供の頃、この球体によじ登り途中で感電して、右手が金属に引っ付いてしまい、取れなくなり危うく大事故になる事件を起こしました。幸い、身体の中を電気が流れず右手の一部だけが、通電し命を救われました。通電すると、引っ付いて離れません。

さて、どういう仕掛けは判りませんが、とにかく、蒸していました。蒸し終わったお茶の新芽は巨大なフロアー一杯に籠の中に入れられ、空気に触れさせます。この時の香りが素晴らしくいい香りが工場の中に充満します。この香りだけは、今でも忘れる事が出来ません。皆さんが嗅ぐ焙じ茶の香りとか、新茶を飲むときの香りとか、番茶を飲むときの香りとはおおよそ異なる香りです。

(乾燥釜に入れる)

次の工程は攪拌乾燥機に、投入したと思います。ここからは、皆さんご存知のお茶の香りがします。

もともと、奈良時代に輸入された薬としてのお茶は正倉院にもあるそうですね。確か、乾燥した塊みたいなものであったと記憶します。アッサム地方から江南地方へそして日本に迄、お坊さんによりもたらされたお茶。
今は静岡が明治維新後本格的に栽培され有名になりました。

お茶畑を見ると、子供の頃の思い出がめぐってきます。あの硬いお茶の実で色んな、遊びをした記憶があります、けど、どういう遊びをしていたか?思いだせません。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

joさん
 茶業の坊ちゃんでしたかいね?
 宇治は茶所ですが、そこまで深入りして内情を知った経験はないです。
 で、どっかの茶業関係爺さんの庭先、縁側で水出し玉露を振る舞われた記憶があります。
 茶畑って、なんとなくシーンとした、田舎の丘陵の斜面に緩いカーブを描きながらありますね。
 宇治田原から信楽へ抜ける道とか、奈良北部の丘陵地帯とか、茶畑は関西に多いのだろうか。

Posted by: Mu | 2004.06.29 06:47 AM

枚方、樟葉、八幡、南山城、京阪奈丘陵、あのあたりは農家の方は必ず茶畑を持っていました。だから、至る所が茶畑でしたね。
お茶は関西ですね、元々お寺から始まったもんですからね。
高野山の高野豆腐、隠元さんのインゲン豆、沢庵和尚の沢庵、・・・皆、坊さんです~~~。

Posted by: jo | 2004.06.29 07:34 AM

 おはようございます。
 私の通っていた高校の目の前が茶畑でした。
 よく、休み時間になると、「茶畑で遊んでいる男子生徒!速やかに茶畑から出てきなさい!」などと校内放送がかかっていたのを思い出します。それにしても高校生にもなって茶畑で遊ぶとは・・。

Posted by: 羊 | 2004.06.29 09:08 AM

茶畑の畦道は全く畦道の直角方向からは見えない、
ブラインドになります。多分、博打をやっていたんと違いますか? 屈んで出来る遊びで休み時間で出来るのは、トランプで『どぼん』か花札での『おいちょかぶ』でせう。
しかし、関西から江戸の将軍さん迄、茶壺を運んでいたんですね、『茶壺でドッピンシャン・・』童謡迄ありますからね。

Posted by: jo | 2004.06.29 09:35 AM

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