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司馬遼太郎 坂の上の雲

司馬さんの評論が出来る資格はないが、私は彼が好きだ。好きな読者として勝手な思いを述べたい。先ず生い立ちが私に似ている、親近感でしょうか、葛城の麓で鏃や考古学に関する遺跡に囲まれ育った。福田少年は周りの古老より遥か昔の長脛彦が神武軍と戦った話とか、葛城の役の行者(えんのぎょうじゃ)の神がかりな山伏の話を聴いて育ったと思います。大昔に葛城の勢力が河内と飛鳥を支配していた時代を夢想したに違いないと思います。秀才ではなかった点も私と共通してるし、大学がモンゴル学科というのが又素晴らしい。河内と飛鳥の世界から、少年(青年)の夢は遥かユ‐ラシアのモンゴル草原に広がっていったのです。まさか、そこでポンコツ戦車に乗るとは考えていなかっつたでしょうが、歴史は過酷でしたね。彼の戦争体験は決定的に彼のその後の生き方に影響したと思います。さて、昨年、久しぶりに又、”坂の上の雲”を読みました。語り部(昭和の稗田の阿礼)司馬さんは松山出身の二人の兄弟の目を通して明治の日本の叙事詩を語った。司馬さんはNHKの番組によく顔を出されていましたが、著作物以上に彼の語りが好きでした。この”坂の上の雲”も琵琶法師が演奏しながら語るとどうなるか?出来れば司馬さんに生きてる間に琵琶法師の役で語って欲しかったです。平家物語、太平記、琵琶法師が音楽をバックに語る叙事詩はより一層司馬さんの作品というより、日本の宝として明治の高潔な魂を後世に伝える事が出来るような気がします。NHKが2006年にこの作品を映像化する予定と聞きました、司馬さんが何故今まで、映像化を拒んだのか、NHKには責任が大きいと思います。一度映像化するとそれが、新しい別物の”坂の上の雲”になりますね。期待と心配が交錯するのは私だけではないと思います。是非NHKさんには頑張ってもらいたいです。出来れば、松山出身の秋山兄弟には是非、松山出身の俳優さんにお願いしたい。何故か、実は私の近くに梅安さんという松山出身の御仁がおられる、生まれ育った風土は簡単には異文化で育った人には演技が出来ない。”街道を往く”の番組はす晴らしいものでしたが、如何せん、司馬さんはKansaiーJinでした。これは難しい。

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Comments

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 この文章は、よいです(いや、いままでのも良いですよ)

(しかし、ローストビーフの写真は目に焼き付いている:どうも、無関係な感想ですが、人間っていうのは、その連想は不思議なくらいに、ダイナミックですね。どうしてローストビーフと司馬さんが重なるのだろうね。たぶん、joさんの発想の妖しさに巻き込まれた結果じゃ)

Posted by: Mu | 2004.05.05 05:16 AM

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Tracked on 2004.05.05 05:17 AM

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