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北河内 少年探偵団結成

私が小学四年生になりやっと人並みに言葉が喋れるようになった頃のお話しです。

(戦後10年のあのころ・・・・なにもかも競争でした)

当時の学校生活は厳しい競争の渦中にあった。先ず学芸会で誰が主役を獲得するか、どれだけせりふのある役を獲得するか熾烈なる競争であった。真冬の二月頃に開催され殆どの親が参観し親にもプライドのかかった戦いであった。

(学芸会 チョイ役 落胆)

私が、競争に負けお爺さんの役になった時の親の落胆は可哀相なくらいであった。早朝のドッチボールの場所取りで誰より早く、学校に行き場所を確保する。兎狩りの行事では誰が獲物の兎を担ぐか、どれだけ成果をあげて衆目認める立場になり兎を担ぐか。給食では当時の米軍から支給された不味いスキムミルクから逃れるか、友人関係を制圧していなければ飲まねばならない。お腹に回虫がいなくても如何に甘い美味な虫下し用飴玉を獲得し、手にいれるか。とにかく競争激しい世界であった。

(北河内の抗争事件・・・・初めての出入り、序章)

そんな折、江戸川乱歩さんの”怪人二十面相”が流行り少年探偵団が俄かに、北河内の鄙地に蔓延した。少年探偵団を結成しなければならない!しかし、泥棒の話も聞いた事がないし、隣村の樟葉村とも特に喧嘩沙汰が起こっているわけでもない。無事平穏なる田園地帯である。しかし、これから事件が起こるかも知れない。ともかく最強の探偵団を結成する事にした。牧野村と招堤村(しょうだいむら)連合で結成する事にした。

(遂に探偵団結成する)

先ず幹部五人で結成する事になり、以下最大の総合力が発揮できる布陣をひいた。笠井君、かれは牧野村を昔支配していた神社の息子であり、何より石清水八幡宮で笛を吹いている。片岡君、通称アッチャンは室町幕府の時代から招堤村を治めている豪族の子孫であり且つお寺の息子である。明智の甚ちゃん、は招堤村一番の豪農の息子である。最後に阿呆ばかりでは戦略を立てれないので知将が必要である、小寺君を選ぶ。私を入れて五人の北河内連合少年探偵団が発足した。

先ず、手帳が必要である、隠れ家が必要である、戦闘に備えて武器の確保が必要である、合言葉も決めねばならない、そのうち手下どもを集めねばならない、問題、課題山積のまま探偵団は発足した。
・・・・続く・・・・

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Comments

梅安せんせいより、文章が読みにくいとの御指摘と添削をうけましたので、一部修正して再掲しました。読みずらく下手な文章ですが勘弁下さい。

Posted by: jo | 2004.05.19 12:32 PM

JOさんや
 小見出し付き章立てと、段落概念はあった方がよか。

 文を「。」までと仮にすると、数文よせてひとまとまりの考えになったとき、先頭に一文字の全角空白をいれ、文を連ね、そして改行する。(改行は有効オプションしてありますか?)
 段落単位で一ブロックであることが読者にパターンでわかるようになされべ、よか。

 ところでこの河内少年探偵団は出色です。下手な文章などと思ったこともないです。
 つづきが読みたい。
 JOさんは少年時から、作戦参謀だったのかな、とふと想像。まさか、鉄砲玉じゃなかったでしょう。

 一体。この少年探偵団はどうなったのか。事件を起こして、自らがそれを解決したのか(マッチポンプやね)
 楽しみです。

Posted by: MuBlog | 2004.05.19 01:20 PM

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