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サンノゼ 小学校風景

カリフォルニア サンノゼに住んでいた頃の娘の小学校の風景について、少し触れます。歩いて数分の所にある小学校でした。校長先生に御挨拶に出掛けると、いきなり質問です、”貴方の御子息の教育方針は何ぞや?学校は最大限に貴方の教育方針をサポ-トします。”と来たもんだ!ギク!日本では学校に任せきりで、親の教育方針なんぞ聞かれた事が無かったな。ここで、先ず大げさに言えば国家と家庭と個人という関係について考える事となった。教科書は学校にあり、共有である。お昼は学校のランチを頼むか、親がランチBoxを持たせる。スケボ-で通う子供もいるし自由である。英語が喋れん子供は午前中、特別な英語を勉強する教室に通う(ESL)。娘二人は約一年で米国の子供達と完全に同じ授業となった。上達は早いもんですね、子供達が自宅に遊びに来ても、話が全く理解出来ないのです。英語が判らないのではなく、彼等の世界が判らないので、理解出来ない。時折、口を挟むと向こうへ行けと言われた。進級も自由で、飛び級も幾らでも出来るし、進級しなくても良い。教室では床に座り、何かしている。とにかく、楽しい事が多そうでしたね、ハロインで仮装して学校へ、近所の子供達とハロインでお家を廻る、ピクニック、夏のキャンプ、友達の家のプ-ルで遊ぶ(この時は親が同伴)、ガ-ルスカウトでのクッキー販売、ジャズダンスの訓練と発表会、ピアノの先生が自宅に来てピアノ練習、・・・・・勉強してる所を見たこと無いし、今考えると何時勉強していたんでしょうか。私が勉強したのは、子供のアメリカの歴史教育でしたね。西洋の人種がマンハッタン島に上陸し、地元のイロコイス・インデイアンとの戦争の歴史は詳細に教えるんですね、驚きました、何故、ウオ-ル街があるか、砦の跡なんですね。(城壁跡)西洋人はイロコイスインデイアンに美味しい、メープル・シロップの作り方を教わり今ではニュ-ヨ-クの名物ですね。教育は難しい永遠のテ-マなので論評はしませんが、教育はあくまで家庭中心であり、教育方針は親が決める事、国家はサポ-トするだけなんです。左効きの子度が多いのも特徴ですね、これも個性尊重なんですね。それと、親が学校で教える事も出来るんですね、私の友人(アムダ-ル社のVP)の某氏は自宅のカ-メルの中学、高校で天文学を教えていました。面白いですね。

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Comments

JOさん
 私の理想とするような教育ですね。
 米国のそれと、今では死語化しつつある我が国の「ゆとり教育」弊害との差はなんなのでしょう。
 米国も日本も青少年の様子は、そういう教育下にあった青年の様子はどうなんだろう。

 日本は目的喪失のアパシーか、身の程しらない社会参入と挫折ですね。
 米国は意味なく銃を学校に持ち込むのかな。そして撃つのかな。

 私は最近確定的に思った。
 教育はよい想い出だけが残ればよい。
 (無論、飴も鞭も、よい記憶になる)

 で、大学はおろか高校まで行かなくて幸せになりうる良い子供は多い。
 どんな時代にもヤクザ、社会脱落者は数割いる。
 技能を身につけて食えて行ければ万々歳。
 それで身をもてあます若者こそ、blogつくるか、バイクで激突するか、武術に精を出すか。

 社会維持のリテラシーをどこにおくかだね。
 お世辞じゃなくて、企業で意味を持つ存在になるには相当な知力体力がいるね。だから、就職難というよりも、就職に適さない若者が自己誤認している節がある。

 いろいろなことをして食えて行ければよいのだが、
 給与格差がありすぎるね。
 本人達が安易な社会価値に依存してしまう。典型はブランド。
 自らをブランド化する努力も意味も知らない子がおおいなぁ。
 人様が営々として作ったブランドを、身にまとうことだけに汲々とする。服くらい、自分で作れ、と言いたくなるよ。
 ・・・
 やめときます。もっと別のこと、日曜だから、考えます。

Posted by: Mu | 2004.05.16 07:14 AM

司馬さんは米国のことを実験国家と呼ばれていました、理由はまだ歴史が浅いという事で結果がでていないと。しかし、サンノゼの小学校しか知らないけど、幼稚園みたいでしたな。これが大学に行くと猛勉強するらしい。日本と違うというか、私は大学時代勉強せずに山に年間100日はいましたので、私だけの話かも知れません。けど、大学で勉強する程度とは如何ほどでせうか?大学、大学院と学び本当に世界を切り開く人間を創ることは出来るんやろか?米国では実業の世界では明らかに、ハーバ-ド、スタンフォ-ドのMBAは威力がある。この差別は明らかであると思う。経営管理手法はベニスの商人、東インド会社、植民地支配と歴史を持つ西洋に比較して日本はその歴史が比較にならんほど経験が少ない。従い、米国では経営者になるには帝国大学でエレキテルなんぞ勉強しても駄目だ。MBAである。しかも名門で巨額の学費を払う金持ちでなければならない。明らかに、欧州は貴族社会と社会階層が残存しているが、米国にも実は違う形で存在する。日本は戦国時代に階級が破壊され焼け野原になり古代を消し去ったと司馬さんは何処かで書いていましたね。日本の問題は私は昭和の大戦後、アメリカ文化に偏り過ぎたのではないか?という心配です。(アメリカ文化が存在するかどうかは議論の余地あり)21世紀に向かい、さて、漢文が読め漢詩を吟遊する漱石・子規のような手紙のやりとりが何故今我々は出来ないのか?

Posted by: jo | 2004.05.16 08:52 AM

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