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巣鴨の狸村 蝦夷地のてつ坊

黒狸との出会いは35年前に逆上ります。市が尾の狸山に生息していた頃です。彼は蝦夷地の日高山脈の山奥で育ち文明に接したのは高校生になり、札幌に下宿して山を降りてきた時からなのです。
(父は分校の先生)
全校生徒で数人しかいない山奥で、あとの生徒はキタキツネとひ熊と・・・・。彼は人一倍手足が大きく、驚きました。どうやら、この山奥での生活の中で環境に適応し進化したのでした。ターザンのように木から木へ飛び移り、ひ熊の攻撃から逃げ延びたそうです。
(ランプ生活としゃけ漁)
出雲の狸と同様に彼もランプ生活でした、子供の仕事はホヤ(ガラス筒)を磨く事です。食料はしゃけです。問題は競争相手のひ熊としゃけ漁を巡り、漁場争いが絶えない日々を過ごしたそうです。本当にひ熊は難儀なやつで、お腹しか食べないし、漫画のように紐にしゃけを数匹ぶら下げてねぐらに帰るような真似は出来ない。散らかし放題! てつ坊は毎日ひ熊が散らかした漁場を掃除していたそうです。
(活動写真が村に来る)
夏になると、楽しみは巡回で映画が村に来る事です。広場に大きな幕を張り、発動機を始動させ電気をつくる。子供達は待ちきれなくて、お昼頃から手伝いをする。今日の映画は何だろう? 必ず、ニュース映像が最初にあるが、内容は判らない。(難しい世間の事やし、都会の話やから判らん) それでも、江戸川乱歩の『怪人二十面相』なんかだと、もう嬉しくて嬉しくて・・・・。一応、少年雑誌『少年』『少年画報』とかは数カ月遅れで届いていたそうだ。
野外での投影であるので、虫が沢山飛んでくる、スクリーンにへばりつく。ひ熊もキタキツネも一緒に映画鑑賞したそうです。

その後、高校生になり都会の札幌に降りてきて、電灯という文明の利器にふれ、大きな感動が原動力となり、北大の応用物理に進み、コンピュータの技術者になった。

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Comments

このてつさん私のいる事務所の2階上の会社にいるので
新横浜近辺でよく会うのですよ。
今朝もエレベータで出くわし、joさんからココログ読む
ように勧められてると言ってましたっけ。

Posted by: わこちゃん | 2004.05.27 06:15 PM

え? 黒狸はそんな場所に出没してますか?むやみに餌を与えないようにして下さい。ところで”零戦”日曜日間に合いますか?期待してるよ~。私は空中戦に備えて、”スカイリンボー・スピードJr"
買いました。

Posted by: jo | 2004.05.27 07:40 PM

JOさん
 出雲も日高も、わずかに50年前は、時果つるところだったんですね。わが父も、100年前に、福井県の山奥寒村の炭焼き小屋で祖父の手伝いをしていたらしいが。
 巡回活動写真は、小学校の頃の最高の楽しみでした。学校講堂か、嵐山の公園か、いくつか場所は決まっていました。
 夏夜は蚊とのたたかいでした。

Posted by: mu | 2004.05.28 02:29 AM

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