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卑弥呼の鏡 2004年5月16日

読売新聞朝刊を日曜朝6時に読む。”中国製と同成分” 卑弥呼の鏡 産地論争に一石 の見出しです。これで、私はやっと卑弥呼はんも安らかに眠れると思いました。この記事に関しての詳細は浅茅原先生のMuBlogの記事を参照して下さい。私もコメントしております。最近の科学技術の進歩は凄まじいと感じております、土器編年法で三輪山ちかくの巻向遺跡も時代が特定されていましたし、箸墓古墳も卑弥呼の時代からは少し、近年にシフトするのが定説でした。しかし、ホケノヤマ古墳の発掘、桜井の古墳での発掘された木材の年輪年代法分析により50年から100年時代は遡りました。これで、卑弥呼の活躍した邪馬台国の遺跡として三輪山周辺はほぼ確定的となりました。邪馬台国、祟神王権(三輪王朝)、そして一時河内に倭の五王の時代(河内王朝)が挟まり、又、継体大王が戻り、飛鳥、平城(なら)、平安へと連なる王朝の時代が展開されたのです。卑弥呼のグロ-バルな国際外交は目をみはりますね。本日の新聞報道は極めて大事な報道でした。

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Comments

JOさん
 このとき、いつもわからなくなるのだが、神武さんの位置づけはどうなるのでしょう。

 卑弥呼→崇神→神功・応神→継体→聖武→桓武

 さて、神武と崇神さんのことは数百度考えたが、そのたびにわからなくなりました。

Posted by: MuBlog | 2004.05.17 05:15 PM

浅茅ヶ原の旦那
わちきも判らん。但し、神のつく諡号であるので、王朝を建設した大王である事だけは確かやな。(新しい王朝と言う意味)
数年待って下され。そのうち、又、何か発掘されるから!

Posted by: jo | 2004.05.17 05:20 PM

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