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高松塚古墳について

私が30数年前に江戸に出稼ぎに来た頃に高松塚の発掘がありました。世紀の発見(発掘?)と言われ見事な極彩色の壁画がお墓の中で見つかりました。私は、その壁画の写真を大きなパネルにした額入りを購入し後生大事にしていました。その後何回か飛鳥の檜隈を訪問して高松塚と今は整備された博物館?になっています。この発掘は当時は衝撃でした、小さな古墳なのに中味が極彩色の素晴らしい世界が展開していたのです。しかし謎だらけの古墳でした。30年の時代は過ぎまたまた、近くのキトラ古墳が発掘され高松塚同様の壁画古墳でした。正確にはキトラ古墳は未だ、ハイバ-スコ-プで覗いているだけです。私は棺を安置した空間にその人物の為に何が出来るのか?四神に守られ(北の玄武、東の青竜、西の白虎、南の朱鳥)そして男子、女子の群像が描かれ、天井には星宿が描かれていた。天子の一族を表す北極五星とそれを助ける輔佐の大臣の四輔の星が描かれ二十八宿の星座が描かれていた。キトラ古墳の星宿はもっと正確に太陽の道と月の道が正確に描かれており、その星の位置関係より高句麗時代の日時と物理位置まで特定された事は皆様ご存知の事です。(昔コンテンツ時代に北海道は札幌のソフトハウスの社長とTownsでHyper Planetの教育用ソフトを出版させて頂いた。このソフトではあらゆる時代のあらゆる場所での星空をシュミレ-ション可能) 皆様ご存知の通り藤原京の中軸線の延長上に天武持統天皇稜、文武天皇稜、等聖なるラインの延長上に位置しています。当時、梅原猛先生は”黄泉の王”の書籍で私見高松塚を発表されました。私は被葬者が誰かという事よりも、死後の世界をどのように当時の人は考えていたのかに興味が有りました。エジプトのお墓、中国の地下のお墓、共通する思想が古代人にはあるように思います。しかし私が見た秦の始皇帝の陵の近くの兵馬ヨウコウでは今でも軍隊が守っている、日本の高貴な人のお墓の何と平和な美麗のスカ-トを纏った貴婦人がお守りする平和なあの世か!この違いは何でしょうか?梅原猛 ”黄泉の王(よみの おおきみ) 私見・高松塚 新潮文庫 ISBN4-10-124405-7 C0121 480円

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Comments

昨日水曜の朝、90年代製作のNHK大英博物館、エジプトをみちょりました。
 壁画は、死後の楽しい生活を描いておりました。
 死者の書は、冥界の王オシリスに会うまでのプロセスが記してありました。
 始皇帝が軍に囲まれていた。
 何重もの厳重な木棺だったろうから、壁画の余地はあったのかな?

 現世と来世とを、かくあれかしと、願った図柄なんだと思う。始皇帝さんは、死んでも、軍に取り囲まれた死後生を願ったのかな。

Posted by: Mu | 2004.04.29 01:02 AM

始皇帝さんのお墓は未だ発掘されていないけど、”史記”にはその模様が書かれていますね。水銀の川が流れていろそうやし、墓泥棒防止の為の自動防衛システムがあるらしい。陵を調べたらやはり水銀が相当検知されたそうやな。中国の人に聴いたら、この巨大な陵を覆う屋根付きド-ムが未だ今の建築技術では出来んそうやな。それが出来る時代が来たら、発掘を始めるそうです。発掘始めたら百年くらいかかるそうやから、そう言えば、兵馬ヨウコウも未だ一部の発掘しか出来てへん。建物に囲まれて今だ、作業中ですね。気の遠くなる話でんね。

Posted by: jo | 2004.04.29 11:11 AM

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