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兎狩りの風土 子供の頃の想いで

家の前には大きな背丈20メ-タはあろうかと推測される巨大な栴檀(せんだん)の木ガ聳えていた。兄が何時もその木に登り遠くを眺めていました。私と四歳離れており、スポ-ツマンでしたね。何時も、根元で犬のメリ-とふたりで木の上の立派な凛々しい兄貴を眺めていた。(犬も木登りは苦手)

(溜め池で泳ぐ兄貴を眺める)

夏の季節には近くの溜池で友人と泳いでいましたね、私はいつもメリ-と池の岸で兄貴達の泳ぎを眺めていた。銀ヤンマ(蜻蛉)が群れ飛び時折、お尻を池の表面にチョンチョンと接触させて飛びます、卵を産んでいるでしょうね。溜池の樋(田んぼに水を引く為の水門)の上に登り真っ黒に日焼けした兄貴がこちらに手を振る。いつか泳げる勇気がでないものか眩しい兄でした。

池の水面には菱が沢山あるのですが、あまり食べた記憶はありません。鳥が沢山浮かんでいて、突然クルリともんどり返りお尻を上にして潜行するんですね、面白くひょうきんな鳥達でした。

(カーバイドを盗む)

小学生になり友達と雀脅しに使うカ-バイドを御百姓さまのお家から持ち出し、近くの小川に入れるのですね、魚がプカプカ浮いてきます。一度、御兄ちゃんの自転車のヘッドライト用の電気で魚が取れないか、挑戦したが駄目でしたね。一生懸命に自転車を身体を斜めにして漕ぐ(背が小さいからサドルに据わると足が届かない)が一向に魚が浮いて来ない、失敗でした。

(もんどりの仕掛けで魚を取る)

おこずかいが貯まると魚を取る名前は忘れたが、ガラス製とポリエチレン(?)製の機材を買い中にザリガニのお尻の肉とか蛙の剥いだ身を入れて近くの小川に沈めておくのです。回収に向う時は期待感と心配が交錯して畦道を走って小川に向かいましたね。しかし何時も、お呼びでないザリガニ野郎が入っているんですね。

近くの穂谷川の堤防では竹を橇にして箱を載せてグラススキ-が又楽しい遊びでした。何時も、ズボンのお尻が破け、母に怒られた記憶があります。

(全校生徒で兎狩り)

冬の二月の季節になると待ちに待った全校生徒による一大行事”兎狩り”のイベントがくるんです。男の子は手に竹の杖を持たねばいけません。この竹にも決まりがあり、黒竹の竹であり、かつ根が踝のように大きくついていなければ成りません。友人は殆ど農家の息子でしたので、自分の竹薮に入り最高の黒竹を選び根っこから掘ります。

全校生徒で里山を囲み,麓から山頂を目指し、黒竹の棒を叩いて大声で叫び行進するのですね。兎は驚くと後ろ足が大きいから必ず斜面を登りますね、下る阿呆な兎はおらんです。そうすると、仕掛けていた網にかかるんですね。次の日の昼の給食は兎汁でした。この風習について日本の中で色々と調査したが、珍しい風習である事にきずきました。

(唱歌 新解釈)

”兎追いしかの山、小鮒釣りしかのかわ・・・”これ、兎狩りの話なんですよ!知らんかった?今日は為になったね!
牧野一帯は崇神天皇さまから継体天皇さまの樟葉の宮での即位、渡来系馬飼いの氏族が支配する大陸の遊牧民の騎馬民族の血が受け継がれているんです。

注:雀脅し・・・・稲穂を雀から守るために田圃に仕掛けられた装置。竹筒を使い、カ-バイドを使い水と反応させて大きな音を出す。ドッカ-ンとね!ホンマ子供ならひっくり返る位怖い。
注: 魚を取る道具『もんどり』でした、思いだしたです。 参考サイト

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Comments

JOさん、半睡しながらも、おもしろかった。(もう、予定就眠をこえているので、半眼)
 黒タケが興味深い。
 ウサギ汁。
 兎追いの歌だった! ほんとに、ためになるな。

 一連の少年期、似たとこもおおい、同世代なんじゃ。
 スティーブン・キングは少年期描写で巨万の冨を築いた。
 このJOさんのイメージ、いつか使わせてください。
 この文章なんか、とても、イメージ豊かですぜ。

Posted by: Mu | 2004.04.24 10:50 PM

早よ寝なさい!私は5時間昼寝したんで、目が爛々としちょる。
ところで、黒竹(クロチク)と呼んでたな。何故かは今も判らんです。霊的なもんがあるんやろな。神聖な狩りの儀式やさかいな。
最近墓参りの帰路、兎狩りをした思い出の場所を車で通過したが、懐かしさがこみあげてくるな。本当に立派な教育を故郷の里山、溜池、栴檀の木、穂谷川、銀ヤンマ、田んぼの畦道、・・・全てが教えてくれた。子供の教育環境としては最高やったな!

Posted by: jo | 2004.04.24 11:25 PM

「牧野一帯は崇神天皇さまから継体天皇さまの樟葉の宮での即位」
 ここが分かりにくいのですが?
 崇神さまのあとは、何代か続きますよね、三輪王朝が。
 うむ?

Posted by: Mu | 2004.04.25 11:57 AM

京阪奈丘陵から牧野にかけて和邇氏の勢力圏です、枚方主に禁野とかは百済氏の本拠であり、朝鮮半島からの渡来勢力の地盤でした。崇神天皇の三輪王権時代も政権に協力して山城(背)の反三輪王権勢力と戦いました。継体天皇を支えたのも、牧野迄勢力をもった河内の馬飼のオビトでしたね。渡来勢力です。多分に淀川、木津川、桂川の拠点が樟葉の宮ですね。

Posted by: jo | 2004.04.25 01:55 PM

ウワナベ、コナベの盾列古墳群の領域は和邇氏の領域との説があるそうです。和邇氏は京阪奈丘陵を支配していましたし、木津川を抑えて淀川経由瀬戸内海へ、桂川経由琵琶湖、日本海朝鮮半島へのサプライチェ-ンを握った豪族でしょうね。オキナガタラシヒメ(神功皇后)さまも琵琶湖の息長氏ですからね、北を押さえた渡来豪族でしょうね。

Posted by: jo | 2004.04.25 02:10 PM

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