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大和国原望景

門脇先生の”新版 飛鳥 その古代史と風土”平成2年版が手元にあり、甘樫岡の上の眺望案内銅版の拓本を眺めています。

蘇我氏が宮殿を築いていたと言われる場所から、大和を俯瞰します。

結論は東西線から南は蘇我氏関連の都、及び歴代大王の古墳があります。しかしこの東西線より北側は鬼門に三輪山、北北西は斑鳩の法隆寺です。

そして、大和盆地水田土壌形態区分図を眺めると甘樫岡より北側は多くのグライ土壌(強湿田)で覆われています。僅かに、箸墓近辺、巻向と山之辺の道あたりは免れています。三輪山付近とか葛城、二上山付近とかは人が住めそうだけど、ほとんど、沼地ではなかったでしょうか。

飛鳥は物部氏とか葛城氏とか大伴氏などに遅れて蘇我氏は河内から入植して潅漑を行い、人が住めるように開拓したんではないかと思います。ヲホド王が27年間も大和に入らない不思議がありますが、謎は当時の大和が其れほどGDPが高い魅力ある経済圏だったんでしょうか?欽明天皇の時代になり蘇我氏の開拓は終わり、水の都が完成したのではないかと思うようになりました。

樫原考古学研究所に大和盆地のジオラマがありましたが、是非、今度それに水を入れてみたいです。

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Comments

 JOさん、最近ね、黒岩重吾さんの、蘇我入鹿ものを再読しました。板葺宮を眼下に見下ろす甘橿丘に砦のような家を、父の蝦夷、子の入鹿がつくったというのは、ものすごい話だと思いましたよ。
 そうか、GDPで当時を想像されるのですね。ただ、「まほろばの歌」http://asajihara.air-nifty.com/mu/2004/03/post_18.html
では、まず弥生時代に鍵・唐子が発展して、それからじんわりと巻向、三輪山へきて、一夜にして大都市(ここらは、中州産業大学、タモリ教授の言い方です)を創ったという説がわかりやすかったのですが。
 そうすると、鍵・唐子のあたりがもし沈没していたら話が、わかりにくくなるね。
 まあ、おいおい梅安一家で現地をあるいてみませう。ところで、梅さん、生きておられますかぁ?

Posted by: MuBlog | 2004.04.03 12:22 PM

確かにマキムクから西北方面にかけて弥生遺跡が沢山あります。門脇の旦那はグライ土壌の湿田を中心に農業生産が進み古墳時代中期、五世紀半ばまで湿田,半湿田が経済基盤であったとする。その後灰褐色土壌、黄褐色土壌郡に開発が進んだのは、朝鮮から伝わった鉄製U字形クワ、スキ、曲刀の鉄鎌による北方系の乾田農法なりと。だから、弥生時代には既に奈良盆地は水が引きしかし、湿田状態だったんでしょうね。そこで鍵遺跡とか三輪山中心に卑弥呼の時代、大国主さんの王権が生まれそして、外来勢力のミマキイリヒコに王権を奪われたのでしょうね。そして崇神王権ガ生まれたと。ところで、ふうてん親爺ですが最近、メ-ルが来まして”富士通のエンジニアとしての円環の輪は閉じた”と便りが来ました。あと2ヶ月だそうです。

Posted by: jo | 2004.04.03 04:10 PM

「弥生時代には既に奈良盆地は水が引きしかし、湿田状態だったんでしょうね。」了解。

「三輪山中心に卑弥呼の時代、大国主さんの王権が生まれそして」
 これが疑問なんです。梅原猛さんは大昔、三輪山の赤すぎをヤマタノオロチに見立てていたし(神々の流竄)、他の人も物部、「物」をコアにして、出雲と三輪の関係を論じているのだが、どうにもわかりにくい。私は物部のシャーマニズム(なにしろ、ふるふるというだけで死人が蘇生するんですもんな)と出雲、三輪山を結ぶのはとても興味深いが、スカッと脳が整理できない。
 大国主さんは、どうして、三輪に来なすったのでしょうね。

「富士通のエンジニアとしての円環の輪は閉じた」ええつ! 梅安さんって、エンジニアだったですかぁ。私はてっきり、F社の座付き芸術家という風におもっておりました。そうですか。エンジニアだったんですか。なんか、わかりにくい世の中です。

Posted by: Mu | 2004.04.04 07:12 AM

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Tracked on 2005.10.04 12:08 AM

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