トルコ大紀行その7 トロイ(トロイア)遺跡

 承前 トルコ大紀行その6 ダーダネルス海峡を渡りチャナッカレへ

20101turky_184  トロイ(トロイア)遺跡の訪問です。

Photo  グーグルアース検索 トロイ遺跡

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マイフォト トロイ(トロイア)遺跡写真集 トロイ遺跡は雪で覆われていましたが、是非、写真集を参照して下さい。判る範囲で解説をつけておきましたので参考になると思います。

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トルコ大紀行その6 ダーダネルス海峡を渡りチャナッカレへ

 承前 トルコ大紀行その5 地下宮殿(地下貯水槽)

20101turky_157 イスタンブールからバスでマルマラ海の北側、即ちヨーロッパ大陸側を西に向かい325キロ走行した。夜になりましたね、これからダーダネルス海峡を渡りアジア大陸側のチャナッカレに向かいます。

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 この海峡はチャナッカレ海峡とも呼ばれるそうだが、北の黒海からボスポラス海峡を通過しマルマラ海を経由しそしてこの狭い幅1キロ程度しかない海峡を抜けるとエーゲ海、地中海である。古来、軍事的に重要な海峡だった言う。地中海方面からイスタンブールを攻めるにはこの海峡を通過しなければならない。

 又、アレキサンダー大王もこの海峡を越えてアジア、エジプトへと向かったという。

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この日は雪がちらつく天気であり、非常に寒かった。1/2トルコリラで温かいチャイを注文して身体を温めて渡峡した。

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トルコ大紀行その5 地下宮殿(地下貯水槽)

 承前 トルコ大紀行その4 オリエント急行イスタンブール駅

20101turky_1409 写真はイスタンブールにある東ローマ帝国時代にユスティニアヌス帝が地階に建造した貯水槽であります。5世紀末から6世紀になりますね。長さ138メータ、幅65メータ、高さ9メータの巨大な78000m²の水を蓄える容量です。

20101turky_1413 天井は1列12本、28列合計336本の大理石の石柱で支えています。高度なローマの土木技術を観ることが出来ますね。確かローマにもこのような地下の貯水槽が存在したと思います。

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トルコ大紀行その4 オリエント急行イスタンブール駅

 承前 トルコ大紀行その3 トプカプ宮殿

20101turky_136アガサ クリスティーの小説で有名な『オリエント急行』の終着駅イスタンブール駅です。

オリエント急行路線図オリエント急行の路線図です。ロンドンを出発し、ドーバー海峡を船で渡りフランス北部カレーの駅からパリを経由して終点、イスタンブールに到着します。パリからは80時間以上ですから1週間程度は汽車に乗る事になりますね。ヨーロッパとアジアを結ぶ鉄道でした。
オリエント急行イスタンブール駅 イスタンブール駅の場所をグーグルから引用しています、金角湾に面した場所です。詳しく知りたい方はグーグルを検索下さい。イスタンブール駅

「istanbul_train_station.kmz」をダウンロード

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 マイフォト オリエント急行終点 イスタンブール駅写真集 写真集を掲載していますので、興味のある方は覗いて下さい。

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トルコ大紀行その3 トプカプ宮殿

 承前 トルコ大紀行その2 アヤソフィア(続編)

20101turky_023  アヤソフィアの隣に15世紀に東ローマ帝国を滅亡させたオスマントルコのスルタンの宮殿である『トプカプ宮殿』がウナギの寝床のような配置で存在します。写真は宮殿の入り口の門である『帝王の門』であります。

 マイフォトで私が歩いた順番で収録されていますので、参考にして下さい。

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この見取り図では『帝王の門』がこの図の下方に存在します、そして第一の庭を経由して上記図の『挨拶の門』に至る訳です。そして、第二の庭を経由して、内廷の門である『幸福の門』を通過するとスルタンとの謁見の間の建物にたどり着きます。

 マイフォト トプカプ宮殿写真集

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トルコ大紀行その2 アヤソフィア(アギア・ソフィア)続編

 承前 トルコ大紀行その1 アヤソフィア(アギア・ソフィア)

20101turky_028 前回のアヤソフィアの記事では外観が不明でしたので、外から観た景色をご紹介します。まるで要塞のような外観をしているのは、東ローマ帝国の教会からオスマントルコのモスクに改造されていった歴史があるからでしょうか。

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トルコ大紀行その1 アヤソフィア(アギヤ・ソフィア大聖堂)

 承前 トルコ大紀行計画

20101turky_1368_3  トルコと言えば、イスタンブールですね、15世紀にオスマントルコのメフメット2世に滅ぼされるまでは、4世紀から千年間東ローマ帝国(ビザンティン帝国)の首都として栄えた都市でした。その頃は建国の皇帝であるコンスタンティヌス大帝の名前からコンスタンティノープル(コンスタンティーノポリス)と呼ばれていた事は皆さんご存知と思います。その聖地がこのアヤソフィア=トルコ語読み(アギヤ・ソフィア大聖堂=ギリシャ語読み)です。

Photo 大聖堂に入る前に、場所を確認しましょう。グーグルの写真を掲載しましたが、アジア大陸と向かい合うヨーロッパ側のバルカン半島の先端に位置し、アジアとはボスポラス海峡で隔たれています。そして、良港である金角湾を北に南にマルマラ海に開ける場所となります。詳しく知りたい方はグーグル・アースを検索下さい。グーグル・アース アヤソフィア

「ayia_sofia.kmz」をダウンロード

 ところで、現在大成建設が海底トンネルを掘削中と聞いています。ボスポラスの橋も確か大成建設さんが建設されたのではないでしょうか。日本とトルコは仲良しなんですね。(笑)

高校生の時代に世界史を勉強しましたが、コンスタンティノープル陥落の話は特に印象深く残っています。東ローマは金角湾に鉄の鎖で封鎖し、オスマントルコの軍艦が航行出来ないようにした、しかし、オスマントルコは船を脂を塗った板の上を運ばせ、山を越え金角湾に侵入した奇想天外な作戦が印象深いです。

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トルコ・エジプトから帰国しました

20101turky_690 昨日、トルコ・エジプトの旅から帰国しました。12日間という長い旅程でしたが、無事に楽しい旅をする事が出来て幸せでした。

20101turky_293 トルコは列車の旅を含め3000キロに及ぶ長い旅程でしたが、風邪もひかず体調も崩さず無事に乗り切りました。同行の人々の中には風邪を引かれたり体調を崩された人々が多くおられましたが、私たち夫婦は無事でした。

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快晴 日本晴れ

 今日の朝は快晴、富士山が綺麗に見えます。しばらく、この富士山ともお別れですね。...

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二週間ほど日本を離れます

 明日から、家内の還暦記念の旅に出ます。子供三人を育て、又、孫のサーヤも娘が獣医として働いていたので、母のように面倒をみて育てました。私、旦那は仕事人間で家庭は殆ど家内に任せっきりでした。コンピュータが急激に伸びた時代、我々会社の同僚に家庭の面倒をみる余裕は殆どありませんでした。

 アメリカ駐在時代も殆ど出張ばかりで、たまに帰還すると日本からの出張者を自宅で歓待するガーデンパーテイの連続、その度に家内は準備をして赤子の息子の面倒を見ながらの奮闘でした。考える暇のないような多忙な期間を37年間過ごしてきました。

 数年前に引退し、家内と旅にでる事が多くなりました。旅が大好きで、しかも貧乏旅行が大好きなんです。旅にでれば美味しいものを上げ膳据え膳で過ごすという常識は彼女には有りません。ともかく小田実のように、何でもみてやろうという精神なんですね。日頃は子供たちの事ばかり考え、家事に専念している人とは思えない精神を持っています。

 彼女は結婚前は大阪の枚方のある小学校の先生をしていました。短大を卒業し、通信教育で玉川大学の卒業資格を取得し私と見合いで結婚しました。私の姉が宇治の近所で姉の娘の家庭教師をしていたのが今の嫁はんです。姉が『いい娘がいるから見合いせいへんか、』と手紙と写真が送られてきました。

 その頃、寮を追い出され、同期の浅野君や、てっちゃんや、下宿の仲間の加藤ちゃん、1年先輩の(故)藤原さん、沢山の仲間が結婚するブームが訪れていたのですね。

 当時、送られて来た見合い写真はスナップ写真が数枚でした。同期の仲間に相談し見合いする事になりました。それが、還暦を迎えた嫁さんです。

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«家内も還暦迎えました